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--正直、私は多分ルシエルさんのことを侮っていた部分があるのだと思う。
心優しく慈悲深い方だから他者を巻き込むことを厭う甘さがあるのだろう、と。
けれども甘かったのは私の方。
フローラさんを守ろうとする彼の覚悟は私よりもずっと強く、固いものだった。
その覚悟を前にすれば迷いのあった私の覚悟など塵芥にも等しくてあまりにも恥ずかしい。不純だ何だと浮ついて覚悟も何もなかったのは私の方だ。
だからこそルシエルさんの覚悟に触れ、私も改めてフローラさんを守るために自分のできることをしたいと思ったのだ。
「--お前な、少しは考えてものを言え」
散々父や母に叱られ、義姉を心配で泣かせてしまった場の後に、わざわざ私を部屋まで追いかけてきた兄の呆れた声に私はムッとして兄を睨みつけた。
「何よ、お説教ならもう散々お父様とお母様にされたからお腹いっぱいなんだけど」
「それでも響いた様子がねえから俺からもする羽目になってんだ、バカ」
喧嘩腰の私に対して買い言葉のように兄は深いため息を落とす。
「お前、さっきの話は本当に何なんだ? 自分が何を言っていたのか、わかってんのか?」
「わかってるわよ」
「いーや、わかってないね。わかってたらあんなバカなことを言い出すはずがねえ」
私の言葉に兄がそう断じた。
散々な言われように私はいつもの調子で言い返そうとしたが、それ以上に兄が私を睨みつける眼光が鋭くて思わず押し黙った。
「何がフローラ・アルビオン侯爵令嬢の暗殺のターゲットを自分に逸らすためだ。たかがそんなことのために婚約なんぞするもんじゃねえ」
たかがって何よ。全然たかがじゃないし。
そう反論したかったが、兄の眼光は生半可な私の反論を許そうとはしなかった。
……父と母も同じ目をしていた。
ルシエルさんの覚悟に触れたあの後、私は色々と考えた。
ルシエルさんは“恋人”だとやんわりと立場を濁して私の経歴を慮るような提案をしていたけれども、やはりマルクスさんの言うようにきちんとアルビオン侯爵の妻という立場を埋めておくべきだと私も思ったのだ。
だからこそルシエルさんと正当に婚約を結び、フローラさんが成人してアルビオン侯爵を継ぐまでは婚約期間だと称すればフローラさんの正統後継者としての立場も揺るがない。
私がそう提案すればルシエルさんも頷いてくれた。
ただ婚約を結ぶとなると家同士の正式な取り決めが必要になる。
そのために私はスカーレット伯爵家に話を通そうとして実家に戻ってきたのだが、まさかこっちで家族総出の大反対に合うとは思わなかった。
「……お前は単純に“教え子を守りたいから”だとか、“恩人が困ってるから力になりたい”とか思ってるだけだろ。お前は昔からそうだ、誰かの助けになりたいと思った時は脇目も振らずに全力で突っ走る。そこを悪いとは言わんが、もう少しやり方ってもんがあるだろ」
「やり方って」
「自分ごとだから大した事ねえと思ったんだろうが、家族からしたら十分事なんだよ。ましてやスカーレット伯爵家は一度愛する家族を失いかけたばかりなんだからな」
兄の言葉には、と私は息を呑んでいた。
「………そこを救ってもらったアルビオン侯爵には大恩がある。“魔獣寄せ”の流出問題を抜きにしても彼を、彼の大切なものを助けるために全力を尽くすことは俺たちだって異論はない。でもその大切な家族が犠牲になるって話になりゃ別だ。いくらお前が納得してようが俺たちは賛成できない」
兄の言葉に私は視線を落とし、そっと自身の胸に手を当てた。
文字通り、一度失いかけたもの。ルシエルさんに繋いでもらったもの。
家族からすればこれがまた失われるかもしれないという恐怖には過敏になっていてもおかしくない。
父と母が激怒し、義理姉が泣いて反対した理由を今ようやく理解した私は何も言えなくなる。私ももっと配慮するべきだった。
「…… ……………で、こちらが納得できない理由は理解したようだが、それでもまだお前はバカな事を言い出すんじゃないだろうな」
俯き沈黙した私に兄がそう言った。
見透かされている。さすが二十余年、私の兄をやっているだけある男だ。
そう。私はこれほどに家族に心配されて止められているにも関わらず、まだどうにかしてフローラさんの盾になれないかと考えている。
ただフローラさんに寄り添い支えるだけではなくて、もっとルシエルさんの力になりたいと思っているのだ。
そのためにできることがあって、それを危ないからと止められたからってやらないなんて嫌だ。
兄はもっと他の方法を、とはいうけれどもそれじゃあ私に他に何ができるのだろう。
通いの家庭教師って身分だけではやれることなんて少ないのに。
「……… …………好きな人の力にもっとなりたいって思うのは、そんなにいけないこと?」
思わず私がぽつりと呟いた言葉に兄がぴくりと反応した。
兄は眉間に深いシワを刻み、しばらくの間考え込むようにまぶたを固く閉じた後、やがて深い、本当に深いため息をついた。
「………お前……あ゛〜〜〜、お前、本当にさあ」
ぼやきながら天を仰いだ兄を私は俯いたままそっと見た。
「いい加減にしろよ。バカ正直すぎるわ。お前、本当そういうところ………あ〜〜〜もう、クソッ」
私の言葉の何かが兄を思い切り悩ませてしまったらしい。
けれどもそれが何かわからなくて私が眉をひそめていれば、兄はやがて頭を抱えてこう言った。
「お前、マジで言い方考えろ、もっと欲出せ。“命を賭けてでもあの人の妻の座が欲しいの。それでもってあの人の一番近いところからあの人を振り向かせるの”くらい啖呵切れや。そっちの方が親父もお袋もまだ反対しても悩んだはずだわ」
「…………えっ?」
今まで完全反対というスタンスを翻してそんなことを漏らした兄に私はぽかんと呆けた。
兄は頭を抱えたまま、低く唸り続けて葛藤を続けている。
「……ええと、兄様? もしかして許そうとしてくれてる……?」
「全っ然許したかねえわ」
恐る恐る問いかけた私の問いに兄はピシャリとそう言い切る。
だが、
「……お前が危ない目に遭う上に経歴さえも傷つけるのにお前が得られるものが何もないことに首突っ込ませるのは変わらず反対しかねえよ。でもな……体も心も傷つく失恋をした出戻り妹が新しい恋をして、好きな奴のために必死になってるんだって聞いたらなあ……」
「兄様……」
「はあ………なんだかんだお前に甘い自分が嫌になるよ」
頭を抱えた兄はそう呟くと「ちょっと考えさせてくれ」と言って私の部屋を出ていく。
その背中に私は何も声をかけられなかった。




