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それから数週間後。
私は王都の仕立て屋に訪れていた。
無論、今度の王家主催の舞踏会で着るためのドレスを仕立てるためだ。
あれからマルクスさんがルシエルさんをどう説得したのかはわからないけれど、改めてアルビオン侯爵家からスカーレット伯爵家--私宛に舞踏会のパートナーとして出席してもらいたいと手紙が届いた。
私はその手紙に了承の返信を返して今に至る。
「やっぱり先生は赤かしら。でも華やかなゴールドも捨て難いと思うの。黒だとシックで知的だけれど、ちょっと重たいと思うし……」
「フローラ。レティシアさんのドレスが気になるのもわかりますが、あなたは自分のドレスを選びなさい」
ドレスの生地を選ぶフローラさんをルシエルさんが苦笑しながら嗜める。
マルクスさんを振り返れば、彼はただニコニコしながら私たちのことを眺めていた。
何故、アルビオン侯爵家の面々がこの場にいるのかと問われれば、ひとえに舞踏会で着る私のドレスがアルビオン侯爵家から贈られることになったためだ。
初め、私は舞踏会に着ていくドレスはシシリー辺りに相談して、自分で用意しようと思っていた。
けれどもそこに待ったをかけたのがマルクスさんだった。
『姐さんのドレスは侯爵様から贈ってもらうので』
と、聞いた時、私は唖然と固まった。
何せ男が他家の女にドレスを贈るなど、恋人か婚約者という間柄なのが普通だ。
だからさすがにそこまでするのはどうかと思い、固辞しようと思ったのだが……--
何をどう、マルクスさんがルシエルさんとフローラさんを言いくるめたのかはわからないけれど、ルシエルさんやフローラさんからも押し切られる形となって、私は誕生日が近いフローラさんと一緒に今度の舞踏会用のドレスを仕立ててもらうことになったのだ。
「レティシアさん、どうぞ遠慮せずにお好きなドレスを仕立ててくださいね」
「あ、ええと……はい……」
フローラさんの背中を押してマルクスさんの方へと追い返しつつ、ルシエルさんがニコニコと告げる。
この人はドレスを女に贈るという行為をどのように思っているのだろうか。
もしや随分と長く神官を務めて俗世間から離れていたためにその行為が何を意味するか把握していないのではなかろうか。
そう思い至るとなんとなく座りの悪いモヤモヤが胸中を占める。
これではまるで騙し討ちだ。
いや、けれどもドレスを贈られる意味を知るはずのフローラさんまで乗り気なのはどうしてなのか。
本当にマルクスさんは二人をどう説き伏せたのか。
「レティシアさん?」
と、グルグルと思考に沈んでいる私をふとルシエルさんが呼び戻す。
ルシエルさんを振り返るが、私は彼に対してどう声をかけていいのか思いあぐねて声を出せなかった。
戸惑うばかりの私にルシエルさんが苦笑を浮かべ、フローラさんとマルクスさんが別の試着室へと向かったことを確認してから口を開いた。
「マルクスさんはあなたにどこまでお話をなさりましたか?」
「え?」
「あの方はとても優秀なのですが、良くも悪くも貴族的な方と申しますか……あなたに対しても言葉を隠しているところがあるのではないかと思いまして」
「え、えっと……」
穏やかなルシエルさんの言葉に私は少し驚いた。そんなことを言われると思っていなかったからだ。
もしかして彼は何もかも承知だったりするのだろうか。
私はどこからどう話せばいいのか迷い、眉尻を下げた情けない顔でルシエルさんを見返せば、彼は困ったように微笑みを浮かべたままこう切り出した。
「--いえ、大事なことなので改めてわたしの方からお願いいたしましょう。レティシアさん、わたしの恋人になっていただけますか?」
「--っ!」
まるでプロポーズのような言葉に私は貴族淑女の仮面を被ることも忘れて動揺を表に出した。
ぼ、と顔から火が出たのではないかと思うくらいに頬が熱くなり、言葉が出ない。
酸素を求める魚のようにはくはくと口を動かすだけの私に、ルシエルさんはただ苦笑を浮かべ続ける。
「……動揺をさせてしまい申し訳ありません。これはそう振る舞っていただきたいという申し出になります。今、アルビオン侯爵の妻という座を狙うものは数多くいます。そういったものを牽制するため……せめてフローラの命を脅かす輩を捕まえるまでの間、あなたにはフローラの盾になっていただきたいのです」
ルシエルさんにそう乞われて、私は改めて驚いた。
おそらくこの人は正しく何もかもを理解しているのだ。
正直、誰もが想像する高潔で慈悲深い神官を思わせるルシエルさんがそれを正しく理解してなお、言い出すとは思わなかった。
「無論、あなたのことはこの身に代えても必ずお守りいたします。もし社会的な傷を気にされるのならばわたしが責任を持って娶りましょう」
「ま、ま、待ってください……!」
思いがけない言葉に私は慌てて彼を遮っていた。
「あ、あの、ルシエルさんはそれで……ええと、あの、その」
混乱して上手く言葉がまとまらない。
オロオロと困惑する私に対してルシエルさんはただ変わらず穏やかに佇んでいた。
困ったように微笑みながら、私が落ち着くのを待っている。
「…………ルシエルさんはそれでいいのでしょうか……?」
やがて私が絞り出した問いにルシエルさんは軽く首を傾いだ。
何が、と問うような仕草に私はどうにも座りが悪いままモヤモヤを白状する。
「……その……暗殺の危機を私に……無関係の他人に押し付けるようなやり方を良しとされる方には見えないので……少し驚いてしまったというか」
「そうですね、誰も危険に陥らないやり方があるのならばそれが一番です。でもね、レティシアさん、あなたはわたしを誤解なさっています」
いつもの穏やかな、虫も殺せないというような微笑みのまま、彼はこう告げた。
「わたしは神でもないのに命の選別をする傲慢で残酷な人物なのですよ」
空白。
言われた意味がわからなくて私はぽかんと呆気に取られた。
「高度な治癒魔法を扱う治癒術師が最も求められる勤め先は死が近い危険な場所……戦場だということはご存知でしょうか? そこでは数多の命が死神によって散らされる危機にあります。わたしはその中に身を置き、命に優先順位をつけて救うべきもの、見捨てるものを選別してまいりました」
「っ……そ、それ、は……」
世間話のような軽やかさで告げられた言葉に私は咄嗟に言葉を返せなかった。
「…………多くを救うために必要だったのでは……」
「ええ、その通りです。必要だからこそ幼い子供が帰りを待つ父を、年老いた両親を抱えた息子を、時には虫の息となった赤子を抱えた母親の哀哭さえも切り捨ててきました」
穏やかな声音が吐く言葉があまりにも残酷だ。微笑んで話すようなことではない。
私が絶句したままでいるとルシエルさんはさらに続ける。
「だからこそわたしはあなたが盾となることを志願してくださるならば、それを厭うことはいたしません。今、わたしが守るべき最優先はフローラなのですから」
そう締めくくる声には一切のブレがなかった。
静かに佇む姿はいつもの穏やかな優しく慈悲深いルシエルさんと同じなのに……いや、同じだからこそ私は戸惑った。
私は本当にこの人のことを何も知らなかったことを思い知らされる。
ただ、天使のように心の優しい純真な人だと思っていた自分が少し情けなかった。
この人は私が思っているよりもずっとたくさんのものを飲み込み、覚悟をして立ってきた大きな人だった。
「…………ルシエルさんにとって、フローラさんは本当に大切な方なのですね」
やがて私が絞り出せた言葉はそんなもの。
けれども彼はただ穏やかに微笑んだまま首肯した。
「はい、大切な兄の忘れ形見ですので」
そう告げるルシエルさんの声音から彼が兄を想う気持ちが滲んでいる。
端的とはいえ、亡くなった兄に対する言葉を彼から聞くのも初めてだった。




