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ヘラヘラ笑っていたはずのマルクスさんは困ったように微笑んで、私を見返している。
「多分、聡明なあなたなら俺がどういう意図でこの提案をしたかわかってくださると思うんですが」
「…… …………アルビオン侯爵家を守るためね」
空白だった私の頭がようやく回り始める。
彼は倫理と感情面をすっ飛ばした貴族的な提案だと言った。
アルビオン侯爵家の妻の座が空白だからこそ、ネグロ子爵家がその座を狙い、フローラさんを亡きものにしようとしているのは前に語った通り。
だからこそ、そこを埋められたのならばネグロ子爵家は焦るだろう。
何せフローラさんがいなくなっても本家に成り代わることができなくなるのだから。それどころか見知らぬ他家の人間が自分たちの上に立つことになるのだ。
そうなれば自然とフローラさんからターゲットは外れて、アルビオン侯爵の妻が暗殺の標的になるだろう。
要するに彼の提案は囮になれと言っているようなものだった。
「ぶっちゃけ今のネグロ子爵家のキャスリンを見ていると侯爵様に襲いかかって既成事実作ろうとしかねないので、そういう意味でも早めにその芽をつぶしておきたいんですよね」
「なるほど……」
確かにその場合も妻がいる、というのは強いだろう。その場合も妻がいるなら最悪ただの不貞で処理ができる。
聞けば聞くほど彼がそんな提案をした理由に納得する。
同時にフローラさんに最も近い彼からフローラさんを守る同志なのだと信頼を得られていることを嬉しく思う。
ただ、その一方でルシエルさんの妻になるということが私にとってとても難しいことだろうとも思った。
確かにマルクスさんの言う提案は条件的には私が最も適任だろう。
私はすでにバツがふたつもついた女。いずれルシエルさんが神の道に戻る際に離縁したところでバツがふたつから三つに増えたとしても変わらない。
危険な目に遭うかもしれないが、それでも教え子が危険に遭うよりはずっとマシ。
また“魔獣寄せ”による暗殺が企てられたなら、瘴気の臭いをよく知っている私なら気がつくこともできる。
だが、けれども残念なことにマルクスさんの言う提案はとことん倫理と感情面をすっ飛ばしていた。
まず倫理。
マルクスさんの提案は必ず私に傷がつくものだ。
バツがふたつから三つに増えても変わらないとは言ったが、それでも私の経歴に新たな傷がつく。
暗殺の危機を他家の令嬢に押し付けるという意味でも倫理には反している。
そのくらい私は飲み込むことはやぶさかではないのだが、ルシエルさんはどうだろう。
あの人は世間一般の人が思い描く通りの神官らしい優しい人だ。
--……多分、あの人は飲み込めないのではないかと思う。
もしフローラさんが知ったとしたら、こちらも反対に違いない。
そしてもうひとつ。感情面。
私としてはこちらの方が飲み込み難くて如何ともし難い。
ただの契約婚。貴族によくある政略結婚。
そう割り切れないほどの邪念を私は抱え込んでしまっている。
いざあの人と結婚、となって私のこの心は暴走しないと果たして誓えるのだろうか。
多分、無理だと思う。
あの人の一番近いところに立って舞い上がらないはずがないし、それでもってこの感情を顧みられないことに勝手に傷つくことが容易に想像できた。
それにルシエルさんの気持ちもどうなのだろう。
結婚とは本来、人生の門出でもある特別な慶事だ。
政略結婚がある貴族とはいえ、やはり結婚とは特別なものだし相手をしっかりと選び、長く共にあるための相性を見るために婚約期間を設けるほどだ。
ましてやルシエルさんは神官だったのだ。神に仕えてきた神聖な人にとって、神の前で永遠の愛を誓う儀式を道具のように扱うのは憚られるものではないだろうか。
「--……でもその話は私たちだけの立ち話で進めるわけにはいかないものよね」
「それはそう。でも姐さんのスタンスを確認しておきたかったんですよ」
結局、私が口にした先送りの言葉にマルクスさんはそう答えた。
「姐さんが是と答えてくれるなら、侯爵様に提案してみようと思ってたんすよ。まあ……あの人、根が貴族じゃないから無理かなあ」
「なら何故そんな提案を?」
「言うだけはタダでしょ? 侯爵様が納得してくれて本当にそうなったら儲けだし、乗らなくてもその後の本命に頷いてもらえやすくなるじゃないすか」
「本命?」
「再来月の王家主催の舞踏会、侯爵様のパートナーに姐さんを推薦しておくんで、姐さんもしっかり心構えと準備お願いしますね!」
………まったく、この人は。アルビオン侯爵の婿として人の動かし方をよく心得てらっしゃること。




