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アルビオン侯爵家を取り巻く問題が垣間見えたあの日以降、取り立てて事件は起こっていない。
変わらず穏やかな日々が続き、私も何事もなくフローラさんの元へ家庭教師として通っている。
その間にも少しずつ何かが進展しているのだろうか。
アルビオン侯爵家の使用人の顔ぶれが少し入れ替わったり、フローラさんから聞くアルビオン侯爵家が懇意にしている貴族家の名前が少し変わったりしている。
ルシエルさんはアルビオン侯爵として忙しそうにしているし、兄を通じてスカーレット伯爵家とも連携しているようだ。
マルクスさんもルシエルさんを補佐するように色々動いていると聞く。
ようだ。そう聞いている。と曖昧なのはフローラさんのそばにいることの多い私にはほとんどその進展が知らされることはないからだ。
そりゃあそうだ。家庭教師なんて教育に関わるくらいのものでほとんど部外者なのだ。
私も直接内情に関わるわけでもないので、フローラさんから聞く以上のことは踏み込むのも憚られて積極的に尋ねはしなかった。
ルシエルさんに近づくことが怖かった、というのもある。
あの人がそばにいてくれるだけで心が安らぎ、あの人のことだけでいっぱいになってしまう私は間違いなくルシエルさんに対して不純な気持ちを抱いている。
シシリーに言えばきっと「バッカねえ、それは不純って言わないのよ!」と叱られるのだろうが、それでもこの気持ちは不純だろう。
何せルシエルさんははっきりと言っていたのだ。
アルビオン侯爵をフローラさんに継がせた時、自分はまた神の道に戻るつもりだ、と。
また神官の道に戻ろうとする彼に私のこの気持ちを押し付けることは、きっと彼を困らせるだろう。
あの人が困って顔を曇らせるなら私のこの気持ちはやっぱり不純なものだと思うし、どうにかして悟らせたくないものだった。
「あ、姐さん」
「あ……姐さん? それ、私のこと?」
フローラさんの授業を終えて帰ろうとアルビオン侯爵邸の門をくぐったところで、アルビオン侯爵家を訪ねてきたマルクスさんと行き合った。
「え、ダメすか? 王女殿下の誕生祭での冷静でどっしりと構えていた態度がカッコよくて素敵だったので敬意と親しみを込めて」
「ううん……」
へらりと笑うマルクスさんに私は唸ることしかできなかった。
なるほど。お調子者で女性に対して多少軽薄なところがある。フローラさんが前にこう評したところはこういうところなのだろう。
「姐さん、フローラの授業が終わったところすか」
私が了承する前に彼がまた再度呼ぶ。
なんかもう、それでいいわ……とため息をつきたくなっても不快な気持ちにはならない辺りにマルクスさんの人柄が表れている気がした。
「……ええ、ちょうど今帰るところなの」
「じゃあちょっと俺の立ち話に付き合ってもらっても大丈夫ですかね」
「あなた、フローラさんかルシエルさんに用があるのではなくて?」
「それはそうなんですけど、ほら、姐さんにも色々報告しておこうと思って」
「報告?」
「前に馬車にイタズラされた件とか、フローラの手紙の件の顛末とか、姐さんだって気になるでしょ」
「それ、立ち話で終わる?」
「まあ、かいつまんで話すんで」
と言ってマルクスさんは本当にここ最近のことをかいつまんで話してくれた。
今のところ、前侯爵夫妻の暗殺事件、フローラさんの暗殺未遂事件の進展はないらしい。
スカーレット伯爵家の“魔獣寄せ”の管理も、廃棄品までさらったのに問題があるところが見つかった気配もない。
フローラさんを孤立させようと郵便を止めていた使用人や配達人は突き止めたものの、そこから黒幕を引き摺り出すには至らなかった。
けれども尻尾は出さずともこれらの行為はすべてネグロ子爵家が糸を引いていたのだとルシエルさんもマルクスさんも睨んでいる。
何せアルビオン侯爵家が揺らいで大きく利があるのはネグロ子爵家だからだ。
前アルビオン侯爵夫妻が斃れ、フローラさんがルシエルさんを呼び戻す前は分家筆頭のネグロ子爵家がフローラさんの後見人の第一候補だったという。
ルシエルさんがアルビオン侯爵になった今はフローラさんが亡くなれば、アルビオン侯爵家の地盤を固めるという名目で無理矢理に妹をルシエルさんに嫁がせ子を作れば分家から本家へと成り代われる。
だが、けれどもここまで怪しくてもまだその尻尾を掴むには証拠が圧倒的に足りず、今ネグロ子爵家を締め上げれば顰蹙を買うのはこちらの方だ。
「--なので今は警戒しつつ、向こうがまた仕掛けてくるまで静観ですね。後手後手になっちゃってどうにも座りが悪いんですが」
「そう……色々と教えてくれてありがとう、マルクスさん」
「どーいたしまして。で、姐さん、もうひとつ聞きたいことあったんですけど、今いいですか?」
「? 何かしら?」
「今、姐さんって恋人とか婚約者とか、気になってる男とかいます?」
………… …………………は? なんだって?
マルクスさんの唐突な質問に私は思わず呆気に取られて固まった。
怪訝に顔をしかめた私に対して、マルクスさんはヘラヘラと笑ったまま私を見返している。
「……それは、どういう意図の質問なのかしら?」
「やだぁ、姐さんってばただの世間話で流そうとしてくれない。さすがフローラの家庭教師。そういうところ、好感高いですよ」
「マルクスさん」
ヘラヘラと笑ってはぐらかそうとするような態度を咎めれば、彼は眉尻を下げて苦笑をした。
「…………倫理と感情面をすっ飛ばした至極貴族的な提案のお話ですよ。レティシア・スカーレット伯爵令嬢、あなたはアルビオン侯爵の妻になる気はありませんか?」
その言葉に私は一瞬、何を言われたのかわからなくて真っ白になった。




