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シシリーの言う通り、リックとは王宮事務官になって三年ほど経ってから出会った。
彼は魔獣の多い国境沿いに数年派遣され、そこで手柄を挙げて王都へと戻ってきた騎士だった。
爵位はない。それでもその腕を、真面目な態度を買われて王宮の守護を任されるほどに優秀な人だった。
そんな彼と出会ったのは本当にひょんなこと。
国境沿いの辺境地から戻ったばかりの彼は慣れない華やかな王都で道に迷っており、王宮に向かっていると聞いたので私は彼を案内した。
初対面の印象は爽やかな好青年だけれども、物腰が柔らかすぎて騎士というには少し頼りないな、だった。
困ったように笑うと眉が八の字になって、純朴さが滲み出るのが不思議と魅力的だった。
最初の案内をきっかけに私と彼は交流するようになり、それがそのうち二人で食事をするような仲になり、恋人という仲に進むにはあまり時間はかからなかった。
その頃には私の実家も祖父から父に実権が移っており、私の恋に対して家からは何も言われることなかった。
リックが平民だろうと、家族は「お前が幸せになれるなら好きになさい」と寛容だった。
まあ、そもそも公の場で大立ち回りをやらかして自分の経歴にバツをつけた女など、貴族令嬢として扱いづらいことこの上なかったこともあったせいだろう。
そうして私はリックと婚約を結び、具体的に籍を入れる日を詰める段階まで関係を進めた。
だが、けれどもその頃からリックに対してわずかな違和感を感じるようになった。
「これがマリッジブルーってやつなのかしら」
「あら、何か悩み事?」
私のため息にシシリーがそう問いかける。
仕事のための資料を二人で運びながら、私は胸の内に抱えたモヤモヤをシシリーにこぼす。
「リックのこと。なんていうか……すごく心配性で。過干渉って言うのかな……私がどこに行くにも誰に会うのにも逐一報告しないとリックの気が済まなくて」
「それだけ愛されてるってことじゃない」
「前の休日だってシシリーと買い物に行くだけって何度も言ってるのについてこようとするし、仕事も残業で少しでも遅くなるとすごく怒るの」
「それは心配性ねえ」
私の言葉にシシリーは軽い返答をよこす。
その軽さに私は私のモヤモヤがうまく伝わっていないように感じてますますモヤモヤした。
でもそのモヤモヤをシシリーに上手に伝えられるような言葉を私は持っていなかった。
何せリックは前の婚約者に比べて、いや、休憩室や茶会で侍女や女友達から聞く恋人や旦那と比べても一途で良い人のはずなのだ。
事あるごとに私のことを送り迎えをしてくれて、買い物などでは重い荷物は率先して持ってくれる。私のことを愛していると言葉にし、行動でもそれを示してくれる。
はたから見たらとにかく溺愛されているように見えるだろう。お姫様のように大事にされているのだろう。
でもその一方で私はなんだか妙なプレッシャーを感じるのだ。
愛しているから離れたくない。愛しているから心配になる。
そう告げられる度、その感情をぶつけられる度になんとなく疲れてしまう。
その疲労がなんなのかわからなくて、モヤモヤする。
周りに言っても、先ほどのシシリーのように「愛されているのね」で微笑まれてしまう。
それ以上言い募れば、きっと私の方が贅沢な悩みだと叱られてしまうのがなんとなく察せたからさらにモヤモヤが降り積もる。
悪循環。
「あら、噂をすればなんとやら」
「レティシア!」
シシリーの声に顔を上げれば、主人の姿を見つけたわんこのように一目散に駆けてくる男の姿があった。
騎士服を纏った彼こそがリックだった。
「リック? どうしてここに?」
「ちょっと空き時間ができたんだ。だからレティシアに会いたくて」
私の問いにリックはニコニコと笑って言う。
隣のシシリーが資料を抱えたまま器用に私を肘でつついた。
ニヤニヤしたシシリーの笑みにほんの少し居心地悪く感じながら、リックに「そう」とだけ返す。
「レティシア、重そうだね。手伝うよ」
「あ、ちょっと……!」
「これをどこに運べばいいの?」
と、不意にリックが私の手から資料を攫った。
戸惑う私に構わずにリックはシシリーからも資料を受け取るとそう問いかけてきた。
「リック、そういうのいいっていつも……」
「いいから。俺がそうしたいんだよ。それでどこ?」
私の言葉を遮ってリックはそう言った。
「第三文官室よ。室長に資料を取ってくるように頼まれたの」
「わかった」
私の代わりに答えたシシリーにリックは頷いて、私に行こうと促した。
そうなると私も何も言えず、リックとシシリーに挟まれるように歩き出すしかなかった。




