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「…………ふう」
王女殿下の誕生式典ももうそろそろお開きの頃合いだ。
久しぶりの貴族として式典に参加したが、思いの外悪くはなかった。と思う。
王室事務官だった頃の上司や先輩たちと久しぶりに話ができたし、仲良くしてもらっていた侍女やメイドのみんなとも挨拶ができた。
みんな、私を心配してくれて、元気な私の姿を見ることができて安心したと言ってくれた。あたたかい気持ちに胸が満たされる。
だというのに、式典を中座して広い庭園の片隅にある、人気のないガゼボでため息をついているのはどうしても拭えない冷たさを思い出してしまったやるせなさから。
降りしきる雨の冷たさ。
二の腕を掴む手の凄まじい力。
引き倒されて地面に転がった時の背中の痛みと湿る気持ち悪さ。
そして銀色に閃く刃の色と、そして--
「--…………」
思い出してしまったことに胸を押さえて身を小さくして固くする。
心臓が恐ろしいくらいの勢いでバクバクと鳴っている。
暑くないし、どこも痛くないはずなのに汗が滲んだ。
死刑。
そう、リックは死刑になった。
平民という身分で貴族を害した。
騎士という身分で守るべき民を脅かした。
それだけでも重罪だというのに、事情聴取では支離滅裂な供述を繰り返した彼は更生の余地なしと判断されて公開処刑に処された。
私は彼の処刑の日に立ち会うことが恐ろしくて逃げた。彼の最期を看取らなかった。
最期の日、私の姿がないことに気づいただろうリックは何を思ったのだろうか。
彼はあの日から会いにも行かなかった私を憎んだのだろうか。
今まで忙しさにかまけて考えることを止めていたはずのことが次から次に溢れてきて、恐ろしくなる。
けれども考えることを止められなくて、私は胸を押さえたまま短く呼吸を繰り返していた。
「…………レティシアさん?」
ふと柔らかな声が響く。
湖面に一石を投じて細波が起きるように、私は思考を止める。
「大丈夫ですか? 顔色が真っ青です、どこか具合が悪いのですか?」
「ルシエル、さん………」
おずおずと顔を上げた私の元へと彼が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
その姿を見て思わず泣きそうになる。
「ど、して……ここに……」
「レティシアさんがなかなか戻らないとフローラから聞いて探しにきました。レティシアさん、どこが具合悪いか口にできますか? もしそれすらも難しいようならば……」
「い、いえ、大丈夫です。すみません……具合が悪いのではなく、その……」
私と目線を合わせるようにかがみ込んだルシエルさんへ、私は慌てて首を振る。
そんな私を見つめたルシエルさんがほんの少し目を丸くして、けれどもそっと取り出したハンカチを私の頬にそっと押し当てた。
「……大丈夫ですよ、焦らないで。ゆっくりお話ください」
「…………っ、そ、の……」
頬を拭う優しい感触に胸が詰まる。
この人に治癒魔法で治療を施してもらった時。
どこの誰ともしれない男に捕まって体が竦んだ時。
リックのことを、あの事件のことを思い出してどうしようもなく泣きたくなる時にはいつもこの人がいる。
冷える心をぬくめて、優しく傷を縫う微笑みにどうしようもなく安堵した。
「--……すみません。久しぶりにリックのことを聞いて、思い出してしまって……」
ほろほろとこぼれる涙を拭われるまま、私は素直にそう白状した。
「そうでしたか」
それだけでルシエルさんは大体察したのだろう。
彼はいつものように穏やかな声音で相槌を返してくれる。
「……わたしはここにいても大丈夫ですか?」
気遣うように問う声に私は無意識に彼の袖を掴んでいた。
私の子供みたいな無作法にもルシエルさんは優しく微笑んで私の隣に腰掛けるとそっと背中をあやすように撫でてくれる。
あたたかい手のひらに小さく息を落とし、私は口を開いた。
「……ルシエルさんにはいつも甘えてしまいますね、すみません」
「いいえ、構いませんよ。わたしの方こそフローラのことでレティシアさんにはたくさん甘えているのですからお互い様です」
「フローラさんのことは仕事ですし……甘えるだなんてそんな」
「謙遜なさらないでください。あなたがフローラに真摯に向き合ってくださるから、わたしは侯爵の仕事に集中できるのです。あなたには本当に助けられているのですよ」
優しい声音に胸がぎゅうとなった。
先ほどまで恐ろしいくらいにバクバクと鳴っていた心臓が、今も同じくらいに早鐘を打っているのに心持ちが全然違う。
顔を上げると優しい微笑みがそこにあって、私は慌てて涙を拭う振りをして顔を伏せた。
リックのことが辛くて泣いていたはずなのに、この人のそばにいるとそんなことはすっかり忘れて別の感情でいっぱいになってしまう私は相変わらず現金だった。
「だからこういう時は遠慮なく甘えてください。とは言っても、わたしにできることはそう多くないのですが」
彼の優しい言葉を勘違いしそうになる。
にこやかな微笑みが私だけに向けられたものだと思い込みそうになる前に、私は必死に顔を伏せたまま言葉を探した。
「……いえ、その……気にかけていただいてありがとうございます。十分すぎるほどです」
私の言葉にルシエルさんはただ微笑んだ。
その微笑みがあまりに綺麗で、優しくて、私はただ心臓を早鐘で鳴らすことしかできなかった。




