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翌朝。
日が昇る頃合いの早朝に早馬を飛ばして駆けつけてくれたのは私の兄だった。
「よう、レティ。スカーレット伯爵家の次期当主を手紙ひとつで呼び出してこき使おうなんざずいぶんと偉くなったな」
「はいはい、兄様ありがとう、ご苦労様。可愛い妹の知らせにすぐ来てくれて涙が出るほど嬉しいわ」
兄の軽口に私も軽口を返す。
だが冗談を言い合うのもそこまでだ。
「で、例の馬車はどこだ?」
「こっちよ」
すぐに真剣な顔をした兄へ、私はアルビオン侯爵家の馬車が停まる場所へと兄を案内する。
宿の近く。馬車を停めるための一画に置かれた馬車は何も変わった様子は見えなかったが、近づくとあの時感じたかすかな甘い香りがまだした。
女性のつける香水のようにも、草花の香りのようにも香る甘い匂いはそうと知らねばきっと誰も気に留めないだろう。
だが私は知っている。
「私の杞憂ならいいの。でもこの匂い……瘴気の臭いに似ていて」
そう。王都や普通の領では嗅ぐことはできないはずの瘴気の臭い。
瘴気は濃い魔力が生む毒ガスのようなものだ。
それを私が何故知っているかといえば、我が生家スカーレット伯爵領ではしょっちゅう瘴気が吹き出しているからだ。
濃い魔力を含む土壌のあるスカーレット伯爵領は魔石が豊富でそれを採掘して生計を立てている。
けれどもその恩恵をもたらす魔石は瘴気を生み、そして瘴気は魔獣をひきよせる。
瘴気が魔獣を引き寄せることを突き止めた我がスカーレット伯爵家は瘴気を独自の製法で煮詰めて液体にし、“魔獣寄せ”を作り出した。
これは本来、魔獣退治のために魔獣をひとところに集めて罠にかけて一網打尽にしたり、魔獣が出てほしくない場所に魔獣を寄せつけないため魔獣を別の場所に引き寄せるために使っている劇薬だ。
王国からも取り扱いを厳しくするように厳命されており、ほとんど我が家から門外不出。
だというのに、
「……これが本当に“魔獣寄せ”なら事だわ」
「わかってる。だから俺が来たんだ」
心配する私に向けて、兄はそう返して瘴気計測のための魔導具の準備を始める。
そうしていると宿の前に馬に乗った男たちが今度は二人ほど現れた。
「おい、お前たち。そこの馬車に何をしている」
そのうちのひとりはアッシュグリーンの髪をした若者。
帯剣をして革鎧を纏ってはいるが騎士や兵士のようには見えない。背筋をす、と伸ばしている姿はまさしく貴族子息だった。
「それはアルビオン侯爵家の馬車だ。何か細工でもしようものなら打首ものだぞ」
「マルクスさん、その方々は大丈夫です」
その若者をもうひとりがやんわりと制した。
朝日を受けて白銀に輝くプラチナブロンド。天使のように麗しい中世的な男はルシエルさんだった。
「彼女はお話ししたスカーレット伯爵家のレティシアさんです。そのお隣りは……」
「失礼、お初お目にかかります。私はレティシアの兄。スカーレット伯爵家の次期当主セオドアと申します」
ルシエルさんとも初対面の兄が紳士の礼で自己紹介した。
「ああ、あんたがあの手紙の……」
彼は私を見てそう呟き、それから馬上から降りて深く紳士の礼を取った。
「失礼しました。俺はグリューン伯爵家が三男、マルクス。アルビオン侯爵家の令嬢、フローラの婚約者でもあります」
「あなたが……」
名乗った男に私は思わずしげしげと彼を眺めてしまった。
彼がフローラさんの婚約者。まさかこんなところで出会えるなんて思わなかった。
「何故あなたがここに? フローラさんと私はあなたに会うためにグリューン伯爵領まで向かう予定だったんです」
「それを話すとちょっと長くなるんで、後でフローラと一緒に説明いたします。--……それで今、フローラは?」
「宿の部屋にいます。まだぐっすりと眠っているはずです」
「そうですか……それならあの子が起きてくる前に早く調査を終えてしまいましょう」
私の言葉にルシエルさんがそう言った。
その言葉に私たちは頷いてアルビオン侯爵家の馬車へと目を向けた。




