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グリューン伯爵領はアルビオン侯爵領の隣にある領だ。
広大な穀倉地帯の隣にあるグリューン伯爵領もまたアルビオン侯爵領と同じくらいに肥沃で豊かだが、その領地のほとんどが森林で占められた林業が盛んな領地だ。
その深い森林はグリューン伯爵領に恵みをもたらす一方で、魔獣の駆除を阻む厚い壁でもあった。
「--…………」
私の隣に座るフローラさんが私の手をきゅ、と握る。
グリューン伯爵領に入った途端に魔獣が出たと足止めを食らった私たちは今、領境近くの宿場町の宿にいた。
この場所は元からグリューン伯爵領で切り出した木材の販路として商人たちが行き来する場所だ。故にそれなりに栄えており、この宿は従業員の教育が行き届いた貴族も宿泊できるそれなりの宿だった。
ここならばアルビオン侯爵家の一人娘であるフローラさんも安全だろう。
「大丈夫よ、フローラさん」
固い表情のままのフローラさんの手を握り返し、私は言う。
「きっとすぐ魔獣は駆除されるわ。魔獣駆除を担う王国騎士団は優秀なんだから」
彼女を安心させるように私は微笑んで見せたが、彼女に響いた様子はない。
おそらくマルクス・グリューンのことで気が急いているのに、思うように動けないことがもどかしくてたまらないのだろう。
私はそのまま彼女の肩をぎゅっと抱いてさすった。
「先生、何を……」
フローラさんが驚いて声を上げる。
「フローラさん、大丈夫。大丈夫よ」
「こ……子供扱いしないでください。私はもう十四歳なんですよ」
「あら、十四歳の女の子なんて子供もいいところよ。いいから素直に先生に甘えなさい」
私に肩を抱かれてさすられるフローラさんは釈然しないように憮然とした表情を浮かべるも、抵抗して逃げるようなことはしなかった。
「ねえ、フローラさん、いい機会だから今のうちにマルクス・グリューンに言いたい文句を考えておきましょう」
「今のうちに、文句を……?」
「ええ。何にも備えないで、いざ対面した時に言いたいことの半分も言えなかったら悔しくない?」
私がそう告げれば、彼女は「確かに」と呟いて視線を落とした。
「例えば……そうねえ。“トライ・ローゼスに会いにこないなんてどういうことよ!”とかどう?」
「……“私は手紙を出していたのに返信もくれないなんて冷たい”って怒りたいです」
「いいわね。“贈り物の感想くらいよこしなさいよ!”とかは?」
「“両親の葬儀には駆けつけてくれたのにその後来なくなるなんてひどい。私のことを蔑ろにしないでよ!”」
そうして二人で思いつく限りの文句を言い合う。
最初は遠慮するようにモゴモゴしていたフローラさんも言葉に出すうちに胸に詰まったものが次から次に言葉が出るようになってきた。
「“一番心細い時にどうしてそばにいてくれないの!”、“勉強とか言わないで今は寄り添っててよ!”、“あなたがいてくれれば少しは不安じゃなくなるのに!”」
やがて私が相槌を打たなくても彼女は内側にある気持ちを吐き出すようになった。
彼女の素直な気持ちを聞く私はただ肩をさすり続ける。
気持ちを吐露していたフローラさんは感情の昂りから顔を覆って泣き出す。
「………マルクスに会いたい……マルクスまでいなくなっちゃやだ……」
私は彼女の肩をさすり続ける。
と、フローラさんが啜り泣いている声を割って、控えめなノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします。魔獣駆除が終わりましたのでいつでも出発ができるようになりました」
私の声にアルビオン侯爵家から共に来た使用人が部屋に入ってそう告げた。
私はフローラさんの肩を改めてさする。
フローラさんは涙に濡れていた顔を拭い、使用人に向けてこう言った。
「では今すぐにグリューン伯爵家へと出発します」
「かしこまりました」
フローラさんの言葉に使用人はすぐさま頷いて、馬車の準備をしに部屋を出た。
私たちもすぐに出れるように準備をし、表に出る。
表にはすでにアルビオン侯爵家の家紋が入った馬車の準備ができていた。
さすが侯爵家。仕事が早い。
私は感心しつつ、フローラさんと馬車に乗り込もうとして、
「ーー………っ」
ふと鼻につく甘い匂いがかすかに香ったことに動きを止めた。
「先生?」
思わずフローラさんの腕を引いて止めた私にフローラさんが怪訝そうに問いかける。
眉をひそめるフローラさんに私はしばらく言葉を悩んだ後にこう言った。
「ごめんなさい、フローラさん。一晩だけ時間をくれないかしら」
「? それはどうしてでしょうか?」
「今日の予定、あまりにも急だったでしょう? ちょっと大事なものを忘れていたから実家のものに届けてもらいたくて」
「???」
フローラさんが怪訝そうにする。
けれども私はまっすぐと彼女を見据え、重ねてこう言った。
「本当に大事なものなの。お願い、フローラさん」
「………………先生がそうおっしゃるなら」
私があまりにも真剣に頼み込むからだろう。
彼女は渋々といった顔だったが、それでも頷いてくれた。
「ありがとう、フローラさん。急いでいるのにごめんなさいね」
私は彼女に感謝しつつ、急いで宿に引き返すと二通、手紙をしたためて速達で送った。




