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トライ・ローゼスから数日後。
いつもの授業で訪れたその日、フローラさんはどことなく元気がなかった。
トライ・ローゼスの贈り物は上手くいかなかったのだろうか。
「先生」
私が元気がない原因を問う前にフローラさんの方が口を開く。
彼女の声音は平坦だったが、この短い付き合いの中で彼女のこの声音が自身の感情を抑圧している時の声音だと知っている私は改めて彼女に向き直る。
「どうしたの、フローラさん」
「……前に婚約者に平手打ちをして婚約破棄だって啖呵を切ったお話をしてくれましたよね」
「ええ……それがどうかした?」
私が問い返せば、彼女は口ごもって俯いた。
何かただ事ではないかもしれない。
私はフローラさんが喋り出せるまでアレコレと考えながら待つ。
そうして、
「……………先生、浮気をした婚約者には……平手打ちをしても、許されますよね?」
「浮気!?」
やがて目に涙をいっぱいに溜めたフローラさんの言葉に私は驚いて声を上げてしまった。
フローラさんがボロボロと涙をこぼしながら少しずつ事情を話してくれる。
グリューン伯爵家の三男、マルクス・グリューン。
フローラさんよりも五つ年上の青年で、フローラさんとは幼馴染の仲だという。
両親が生きていた頃は婚約者だからか何かとフローラさんのことを気にかけ、気さくな兄のように接してくれていたらしい。
貴族学園を卒業した今は隣国へと留学し、フローラさんが成人するまで日々研鑽を積んでいるというマルクス・グリューンはフローラさんの両親が存命中の頃は筆豆で手紙を欠かさずに送ってくれたし、節目や記念日の贈り物も忘れることはなかった。
フローラさんの両親の葬儀の時も知らせを受けてすぐに隣国から駆けつけてくれた。
だが、けれども。
それからだ。彼の手紙が滞って一切届かなくなり、トライ・ローゼスの贈り物も届かなかった。
こちらから贈った品に対する手紙もなく、何かあったのかと心配していた矢先に同年代の子達で開いた茶会で久しぶりにアルビオン侯爵領から王都に遊びに来たはとこから知らされたらしい。
「……マルクスが浮気しているって……」
両親の葬儀後にまた隣国へと渡っていたはずの彼がグリューン伯爵領で女と遊び歩いていたのだと。
元々お調子者なところがある彼は女性に対して少々軽薄なところはあった。
でも、それでもそれは冗談の域を超えなかったし、婚約者に対して誠実であってくれた。
だからはとこの話は信じられなかったのだが、はとこの話はやけに詳細で、フローラさんの両親が亡くなって本性を現したのではなどと言われてしまうと否定がしきれなかった。
何せマルクスには常に年下の妹のような扱いしかされなかった。そしてフローラさんはずいぶんと彼相手に可愛げのない態度を取り続けていたのだ。
他の女に目移りしても仕方ないのではないか。
「でもだからってこんな不誠実なことをするなんて」
そう泣きながら語るフローラさんに私はただただ彼女の肩をさすって慰めることしかできなかった。
「ーーねえ、フローラさん」
やがてフローラさんが落ち着いた頃合いを見計らって、私は声をかける。
「……信じられなくなったのはわかる。でも、一度彼と会って見極めてみない?」
その言葉にフローラさんが涙に濡れた顔を上げた。
彼女の話は少し引っかかるところがあった。
彼女が言うように手紙や贈り物が届かなくなったのは事実なのだろう。
でも浮気をしていたという部分に関しては伝聞でしかないのだ。
「彼が隣国から帰ってきているのなら、グリューン伯爵家に行って友達の話が本当かどうか確かめてみましょう?」
けれどもフローラさんは浮かない顔で俯く。
踏ん切りがつかないような様子だった。
おそらくそれが真実だったらと思うと恐ろしいのだろう。
でも、だから私はなおさら確かめるべきだと思うのだ。
「大丈夫よ、フローラさん。私もついているし、もし本当に浮気をしていたのなら思いっきり平手打ちをかましましょう」
そうして私がフローラさんの手を握れば、彼女はもう一度私の顔を見て、それから私の手を握り返して小さく頷いた。




