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「……先生、あの」
ある日のこと。
珍しくフローラさんの方からおずおずと話しかけてきた。
私はきょとんと目を丸くしながらも「なぁに?」と問い返す。
フローラさんは言葉に悩むような間の後に、思い切ったようにこう言った。
「今度……買い物に、付き合っていただけないでしょうか?」
「買い物? いいわよ」
二つ返事で了承した私にフローラさんはホッとしたように息をつく。
けれど、
「何を買いたいの?」
という私の言葉に改めて言葉に詰まった。
恥ずかしそうに押し黙ってしまったフローラさんに私は少しだけ考え、それからにんまりと笑ってこう問いかける。
「当ててあげましょうか? ずばり婚約者への贈り物じゃなくて?」
「何でわかったんですか……!?」
「簡単なことよ、もうすぐトライ・ローゼスだもの」
トライ・ローゼスは通称、恋人の日だ。
その昔、暴君の横暴で国民の結婚がすべて一部の特権階級の手によって定められて畜生のように管理されていた時代に、ローゼス家を中心とした恋愛騒動が起こった。
その小さな騒動はやがて国を巻き込む戦いとなり、やがてその戦いは特権階級の意思だけで決まってしまう結婚の制度を愛の名の下に取り戻し、国民は結婚の自由を、そして人間の尊厳を取り戻した。
その結婚制度を正した戦いの立役者。恋愛騒動の中心、美しきローゼス家の娘。娘と恋に落ち、愛を勝ち取ったローゼス家に婿入りした青年。そして娘の父親であり、娘の幸せのために奔走したローゼス家の当主。三人のローゼスが名前の由来だ。
以来、トライ・ローゼスは愛し合う恋人の日として恋人や婚約者に贈り物をしたり、互いの愛に感謝を伝える日となっている。
私が笑めばフローラさんは恥ずかしそうに口ごもった。
俯くと前髪が落ちて顔は見えなくなるがそれでも俯いていても見える耳が真っ赤に染まっていて、私は微笑ましさにクスクスと笑う。
「ふふ、素敵な贈り物を探しましょうね」
私がそう告げれば、フローラさんはますます縮こまるように俯いた。
・ ・ ・ ・ ・
そうしてフローラさんとの買い物を約束した当日。
アルビオン侯爵家の馬車で私たちは買い物に出た。
トライ・ローゼスが近いだけあって、街はとても華やかに彩られていて恋人の贈り物はもちろん。プロポーズや告白をする時に持参する贈り物なんかも並べられている。
私の隣に腰掛けるフローラさんは初対面の頃のような固い表情ではあったけれども、どことなくソワソワしていてあの時とは違って微笑ましい緊張をしていた。
「……何ですか、先生」
ふとニコニコしている私に気がついたフローラさんがジロリと私を睨みつける。
「ふふ。いえ、あなたがとても可愛らしいから」
「からかわないでください」
私の言葉にフローラさんはつんとした態度を返してくる。
けれどもそのツンツンとした尖った態度も可愛らしくて私は笑みを深めてしまう。
「あなたは婚約者のことが大好きなのね」
「だ、大好きっていうか……」
私の言葉にフローラさんはきゅ、と唇を強張らせて、それから恥ずかしがるように視線を伏せた。
「なんだか危なっかしくて頼りないんです。いっつもヘラヘラしてるし、何でもいい加減だし、言うことも全部適当だし」
「あらあら」
「で、でも……アルビオン侯爵家に婿入りするために少しは頑張ってるから、労ってあげないと……って、それだけです」
「ご馳走様」
「何ですか、その言い方。私、何も変なことは言ってないのに……ああ、もうっ。先生、その顔をやめてください!」
私がクスクス笑うと彼女は頬を赤らめたまま抗議してくる。
それでも私がクスクスと笑んでいれば、
「……そういう先生の方はどうなんですか」
フローラさんがそんな反撃をしてきた。
私は急な反撃につい言葉に詰まる。
トライ・ローゼスには悪い思い出も良い思い出もあった。
最初の婚約者とはまるで心が繋がらなくて、私も婚約者の義務で贈り物をして、けれども向こうからは何も返ってこなかった。
もはや彼とは没交渉で婚約者がいたのにトライ・ローゼスに何にもないことが苦い思い出で、今では笑い話だ。
リックとは一度だけトライ・ローゼスを過ごした。
彼は自分の気持ちを表現したかったと言って抱えたリックの顔が見えなくなるくらいに大きな花束を贈ってくれた。
私はそれがとても嬉しかったし、私は彼の贈り物とはささやかすぎる手料理が恥ずかしかった。
それでもリックはものすごく喜んでくれて、幸せいっぱいになった。
次のトライ・ローゼスは結婚して夫婦として過ごそうと約束して、それは結局叶わなくなった。
甘やかだったはずなのに、今では私の胸を突き刺す苦しい思い出だ。
「…………先生?」
押し黙ってしまった私を不安に思ったのだろう。
フローラさんがおずおずと問いかけてくる。
それに私はハッと我に返ると慌てて取り繕うように笑った。
「ごめんなさい。私はトライ・ローゼスの思い出に良いものがなくて」
「そう、なんですか……?」
「フローラさんがそんな顔をすることないわ。もう吹っ切った話だからね。聞く? 私が婚約者に平手打ちして婚約破棄でいいわねって啖呵切った話」
私は暗い雰囲気を振り払うように努めて明るく言った。
最初の婚約者の方は本当に吹っ切っているから明るく笑い飛ばせる。
けれどもリックのことだけは、フローラさんに話すことはできなかった。




