18
それから私はフローラさんに授業をするために何度かアルビオン侯爵邸を訪れた。
正直なところ、授業と言い張ってはいるし、時折それらしいことを講釈垂れたりもしたが、私のやっていることは彼女と友達になるためのものだった。
絵画の解釈や流行りの小説について互いに感想を述べ合ったり。
式典などのTPOのある場所でのドレスは伝統と流行りのバランスをどう取るべきかと論争したり。
茶会を主催するとして茶や菓子の予算と参加客に対して配慮をどう取るべきかと共に考えたり。
そんなことを通じながら、彼女の好きなことを知り、私の好きなものを知ってもらい、互いの価値観がどういうものかと擦り合わせる。
それは元々信頼関係を構築するためにしていたことだが、数度の授業を通してそれが彼女にとって一番必要なことだと思った。
何故なら、彼女には今、信頼できる大人がいない。
ルシエルさんが彼女にとって信頼できない大人だというわけではない。
けれども彼女はどうやら出家していたルシエルさんを還俗させたことに負い目があり、いずれ神の道に戻るだろう彼を素直に頼ることに抵抗があるらしかった。
だからこそひとりで気負ってしまって、冷たく頑なな態度だったのだ。
それを知ってから、私はますます彼女の信頼を勝ち取るため、彼女にとっての頼れる大人であろうと臨んだ。
その甲斐あってかフローラさんは少しずつ態度を軟化させ、私に色んな話をしてくれるようになってくれた。
「お疲れ様です、レティシアさん」
今日もフローラさんの授業を終えて、月謝を受け取って帰ろうとした矢先にルシエルさんが声をかけてきた。
思わず心臓が跳ね、私は慌ててそれをねじ伏せる。
正直なところ、フローラさんと仲良くなるために必死でルシエルさんのことは頭からすっぽ抜けていた。
そもそもルシエルさんは侯爵としての仕事が忙しく、あまり私の前に現れることもなかったからというのもある。
「ごきげんよう、アルビオン侯爵」
「どうぞ前と同じようにルシエルと呼んでください」
私の挨拶にルシエルさんは朗らかに言う。
その言葉に私は戸惑ってしまう。
彼に対して不純な気持ちを隠しているからだ。
だからこそ名前ひとつ取ってもきちんと線引きしておくべきという気持ちと、彼が詰めてくれた距離の配慮を無碍にしてしまうことを悩んでしまう。
「レティシアさん、今日のフローラの授業が終わりましたか?」
「ええ。フローラさんはもう少し他領の特産物を調べてみたいと図書室にいますけれど」
「そうでしたか。それならなおさらちょうどいい」
「え?」
「レティシアさん、少しだけわたしとお話をする時間をいただけませんか?」
ルシエルさんがそんな切り出し方をするものだから、私はひそかに動揺した。
隠そうとしたつもりでも、けれどその動揺が滲んで身構えてしまったのだろう。
ルシエルさんは私の様子に少しだけ苦笑して、こう言った。
「フローラのことについて、少しだけあなたにお話ししたいことがあるんです」
その言葉に私は思わず身構えてしまった自分が恥ずかしかった。




