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「……ここが授業に必要な場なのですか」
私が初めての授業に選んだ場にフローラ・アルビオン侯爵令嬢は怪訝に眉をひそめた。
ここは王国美術館だ。
美術品が映えるように真白の大理石で組み上げられた白亜の宮殿の如き美しい場所。
今の時期は特別展示もなく、人もそこまで多くはない。だがそれ以上に美術館という特性上、人がいてもひっそりと静かな場所だった。
「そう。フローラさん、今、あなたは現国王陛下についてどれほどのことをご存知ですか?」
「国王陛下……ジュリアン・アレクサンドロス・ド・グレイリッシュは五年前に戴冠し、第三十一代国王として即位しました。陛下は外交よりも内政を重視し、現在貧困層の救済のため救貧院制度の見直しや税収の改革を進めているところです」
「お見事!」
教科書を読むようなフローラさんの説明に私はそう褒め、それから彼女にこう告げる。
「さすがはフローラさんね。よく勉強してるわ。国王陛下の動向についてはまさしくその通り。でも今回の授業で教えるのは、国王陛下の趣味に関わるお話よ」
「国王陛下の趣味……」
「陛下は麗しい絵画や美術品に目がない蒐集家でもあるの。そのために今、国内の貴族は国王陛下に倣って同じように美術品の蒐集をしているものも多いの」
「……それが?」
「あなたもアルビオン侯爵家を継ぐ事になるなら、きっとそういった方々と交流をすることになるでしょう。そうした方々とお話しするために色々と知ることは大切だと思わない?」
「…………審美眼を磨けということでしょうか?」
「違……わないけれども、それ以上に話のタネにするのよ」
私がそう告げれば、彼女は理解ができないとばかりに眉間にシワを寄せた。
「私は娯楽の話をする必要を感じないのですが……」
「娯楽は大事よ。例えば魔石を産出している領がある。その領主は魔石を融通する代わりに食料が欲しいと思ってる。その領主に二つの領が交易をしたいと名乗り出たけれど、片方としか取引ができない。名乗り出た領ふたつに差があまりなければ、最終的に領主はどちらが付き合いやすいか、という感情で判断するものよ」
「感情……」
「人の感情って思った以上に強いものよ。時に自分が不利益を得たとしても“あいつは嫌いだから取引したくない”なんて人もいたりする」
「それは……幼稚が過ぎませんか」
「そうかもしれない。でも嫌な人と付き合うというのは想像以上に精神がすり減るものなのよ。自身の身を守るためにもそういう選択を取る人は決して少なくないし、その逆に好ましい人と付き合うことは活力にもなる」
私の説明にフローラさんは沈黙する。
私の言葉を推し量っているようだった。
「だからね、私があなたにする授業はあなたが味方を作るためのきっかけ作りのひとつになればいいと思うの。まあ、そうではなくても、古い美術品はその時代のことを知るための手がかりにもなる素晴らしい教材にもなるからね」
そうして私はひとつの絵の前で足を止める。
そこにあるのは木炭のみで描かれた風景画だ。
他の色とりどりの絵の具で描かれた絵画と比べるとどうしても白と黒だけの風景は侘しく見える。
「例えばこのシェーラ・モエーギーの絵。あなたはどう思う?」
「どう、とは……」
「この絵を見て何を感じたか……端的でも、難しいことを言わなくてもいい。『白黒だな』とか、『あまり好きじゃないな』でも何でも」
私がそう告げると彼女は戸惑うような仕草を見せ、けれども素直におずおずとシェーラの絵を眺めた。
そうしてしばらくしげしげと絵を眺めた後、絵につけられたネームプレートの年代を見てこう呟く。
「この絵は……大戦乱時代の真っ只中で描かれた絵なんですね。だから木炭だけで描かれたんですか?」
「あら、いいところに目をつけたわね」
フローラさんの言葉に私は微笑む。
「ふふ、そうなの。大戦乱時代、絵の具なんて高級品で庶民には手が届かなかった。だからシェーラ・モエーギーは火を焚くための木炭で絵を描いた。当時の懐事情の厳しさがわかるわね」
私の言葉にフローラさんは改めてシェーラ・モエーギーの絵を眺める。
私も彼女に倣って絵を見た。
白黒の侘しさがある絵には確かに当時の苦労が滲み出ている気がする。
けれども、
「でも、それでも絵を描こうなんてとても絵が好きだったのね、シェーラ・モエーギーは。絵が彼女の活力で、絵を描くための道具がなくてもそれでも描きたいなんて逞しいわ」
「……そうでしょうか。厳しい時代を忘れたい現実逃避だったのでは」
「なるほど、確かにあなたの解釈も一理あるわね」
頷いた私にフローラさんはただ眉をひそめた。
その表情は正解がわからない問題に戸惑っているような顔だった。
「じゃあ次の展示も見に行きましょうか」
そんなフローラさんへ私はそう促す。
そうして私たちは王立美術館の展示をたっぷり一日使って見て回ったのである。




