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「ようこそいらっしゃいました、スカーレット伯爵令嬢。マゼンタ伯爵夫人からお話は伺っています」
アルビオン侯爵邸の守衛にマゼンタ伯爵夫人からの紹介状を見せ、通された邸の応接間で私を出迎えたのはやはりルシエルさんだった。
その隣には彼と同じ色のプラチナブロンドの髪をまっすぐに伸ばした美少女がいた。
彼女がフローラ・アルビオン侯爵令嬢なのだろう。
十四歳という年頃ながら、その表情には一切の隙がない無表情だ。
そのせいで少し冷たそうな印象を受ける。
その一方でルシエルさんは相変わらずの穏やかな微笑みだ。
私は一瞬尻込みをしてしまいそうになったが、自分を奮い立たせてカーテシーで応える。
「ご機嫌よう、アルビオン侯爵。アルビオン侯爵令嬢。本日はマゼンタ伯爵夫人にご紹介をいただき、アルビオン侯爵令嬢の家庭教師を務めさせていただくことになりました。どうぞ、しばらくよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げる私にルシエルさんがそう答え、私にソファに座るように手のひらで指し示す。
私が示されたソファに腰掛ければ、メイドがすぐにあたたかなお茶を私の前に置いてくれた。
「ふふ、さて堅苦しいのはこの辺りで。レティシアさん、まさかあなたが姪の家庭教師として来てくださるとは思いませんでした」
「私もまさかこんな巡り合わせがあるとは思いませんでした」
「これも神の思し召しでしょうか。フローラ、あなたにも少しお話ししましたね。こちらのレティシア・スカーレット伯爵令嬢は訳あって顔見知りなのです」
「ええ」
ルシエルさんの言葉にフローラ・アルビオン侯爵令嬢が頷く。
とても平坦で、短い返答だった。表情も相まってかなり固く冷たく聞こえる。
ルシエルさんもそう思ったのだろうか。眉尻を下げて困ったように微笑んで、改めて私へと向き直る。
「レティシアさん、こちらがわたしの姪であり、あなたに教授していただくフローラ・アルビオンです」
ルシエルさんの紹介にフローラ・アルビオン侯爵令嬢はそっと頭を下げた。
どことなく固さのある仕草ではあったが、マゼンタ伯爵夫人の言っていたように真面目な子という雰囲気は滲み出ていた。
「姪は今少し緊張をしているようで、固い態度ではありますが……本来はもう少し素直で明るい子なのです」
ルシエルさんはそう言うが、やはりフローラ・アルビオン侯爵令嬢を見ても、とてもではないがそうは見えない。
ルシエルさんもまた自分の言葉の苦しさがあると自覚があるのだろうか。困ったような微笑みのまま、こう続ける。
「フローラ、あなたはレティシアさんに何か聞きたいことはありますか?」
その問いにフローラ・アルビオン侯爵令嬢は一度ピクリと体を揺らして反応を示した。
それから逡巡するような幾ばくかの間の後、やがてこう口を開く。
「……スカーレット伯爵令嬢は私に何を教えてくださいますか?」
そう問いかけるフローラ・アルビオン侯爵令嬢の瞳はまるで抜き身の刃を突きつけるような鬼気迫るものがあった。
「私はいずれアルビオン侯爵家を継ぐためにたくさんの知識が必要なんです。程度の低い教えは受けたくありません。前の家庭教師は結局私に教えられることが何もなくなり、自ら私の家庭教師を辞しました。あなたは私に何を教えていただけるのでしょうか」
「フローラ」
「スカーレット伯爵令嬢、答えてください」
嗜めるように呼ぶルシエルさんを無視して、フローラ・アルビオン侯爵令嬢は私だけを真っ直ぐと、剣呑な瞳で見据えてくる。
固く鋭い声音は挑発的で敵意に溢れていて、どこか必死に毛を逆立てて身を守ろうとしているヤマアラシのようだった。
なるほど。これは確かに難しい生徒のようだ。
私は内心で苦笑をしながら、マゼンタ伯爵夫人からもらった彼女の成績表を取り出す。
「そうですね。確かに前任者から引き継いだあなたの成績表によれば、あなたは貴族学院の入試模擬試験は当然満点を取り、そればかりか大学院の魔石エネルギーと瘴気の因果関係の論文すら読み解いたそうですね」
正直、十四歳の子とは思えないほどの秀才ぶりで、おそらく私よりも知識は蓄えているに違いない。
だから私が勉強を教えたとしても彼女には物足りないだろう。
「正直に申し上げて、知識の面では私があなたに教えてさしあげられることはほとんどないと思います」
「では」
「ですから」
正直に告げた私に対して睨みつけるフローラ・アルビオン侯爵令嬢の言葉を遮って私は言う。
だがけれども、私はマゼンタ伯爵夫人から教えてもらった。何も教師とは知識ばかりを授ける存在ではない。
だから私にもきっと彼女に教えてあげられることはある。
「私はあなたに知識をどう使うか、という実践的なことを教えたいと思います。どうかしら? ものは試し。たった一度でいい、私の授業を受けて、私から得られるものがあるか見極めてみない?」
わざと挑戦的に問えば、フローラ・アルビオン侯爵令嬢は反論のために開いた口を閉じた。
ルシエルさんはそんなフローラ・アルビオン侯爵令嬢を見守る。
私も彼女をジッと見つめ、彼女の返答を待った。
「ーー……わかりました」
ややあって彼女はそう頷く。
「まずは一度だけ、あなたの授業を受けたいと思います。それで得るものがなければ、ご縁はなかったということでよろしいでしょうか」
「構いませんわ」
フローラ・アルビオン侯爵令嬢の返答に私はそう満足に頷いてみせた。
さあ、ここからが私の腕の見せ所だ。




