11
そうして私が職安へと足を向けた時だ。
ふと私の行く先を靴底のすり減った薄汚い靴が遮った。
顔を上げればニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男の二人組が私の前に立ちはだかっていた。
「姉ちゃん、ひとり? 俺たちと遊んでくれない?」
二人組の男のうち、ひとりがそう問いかけくる。
低俗なナンパだ。
伯爵家を出て家の馬車を使わなくなり、使用人を連れ歩かなくなってからはこういうことにはよく遭った。
どうやら私の鮮やかな緋色の髪や目鼻立ちのしっかりとした派手な顔つきがどうにも商売女のように見えるらしい。
「あいにくとそんな暇ないわ」
私は小さくため息をつくと彼らの横をすり抜けるようにしてその場を立ち去ろうとする。
だがそんなすげなく断られたところでこの男たちは諦めなかった。
「そんなつれないこと言うなよ。一緒に楽しもうぜ、なあ?」
そうして伸びる手を私は叩き落とし、それから少し早足でこの場を逃げようとした。
が、
「痛ってぇな! このアマ、下手に出てりゃあ……!」
「……っ!」
振り払った私の二の腕を男が掴み、ぐいと引っ張った。
ものすごい力に、私はあの雨の日のリックが過って喉がひりついた。
痛いくらいの力で二の腕を掴む冷たい手のひら。
あの感触が蘇り、まるで喉に固くて大きい石が詰まったみたいに呼吸ができなくなって、体が恐怖に竦む。
「いいから来いってんだよ! そんな派手な格好してんだ、誘ってたんだろ? 選り好みしてんじゃねえよ」
嫌だ。やめて。そう悲鳴を上げたいのに声が出ない。
体が自分のものではないように固まって、私は男に引っ張られるままにたたらを踏む。
声を出さなきゃ。声さえ出せれば大通りだから誰かに助けを求められるのに。
振り払わないと。このままではどこかに連れて行かれてこの男たちに良いようにされてしまうのに。
なのに胸を穿たれた感覚が。馬乗りになったリックの憎悪の顔が焼き付くように蘇り、私は動くことができなかった。
嫌だ。誰か、助けて。
声にならない叫びで必死に祈っていると、
「失礼」
ふと二の腕を掴んでいた男の手が何者かに払われた。
は、と顔を上る前に私の体は男たちから引き離されるように引っ張られ、大きな壁が立ちはだかった。
一拍遅れて私はその壁が誰かの背中で、私を庇ってくれているのだと気がついた。
「女性の腕を強引に引っ張るものではありませんよ」
「なんだ、てめえ……」
「女の前でええ格好しいか? ええ、優男」
「おや、わかってしまいましたか。実はそうなのです」
苛立ちに睨む男たちに対して、私を庇う人は冗談を言うように朗らかな声音を返す。
「ですのでどうか退いていただけませんか? “アルビオン侯爵”の名に免じて」
「アルビオン侯爵……!?」
その人の出した名前に男たちは目を剥き、それから顔を見合わせるとそそくさと逃げ去った。
その後ろ姿にはもう一瞥もくれず、彼は私を振り返る。
「レティシアさん、大丈夫ですか?」
「ぁ……ルシエル、さん」
「もう大丈夫です。ゆっくり深呼吸をしましょう。さあ、息を吸って、吐いて……」
振り返った彼が私の背をゆっくりと撫でる。
その声に、あたたかさに詰まっていた呼吸が自由になる。
彼の声に合わせて呼吸をするだけでホッとして、自分の不甲斐なさに涙が溢れてきた。
「ご、ごめ……なさ……っ、わ、私……」
「お気になさらず。あなたが無事で良かった」
涙が溢れる顔を慌てて隠すように俯くが、ルシエルさんは変わらず私の背を宥めるように撫で続ける。
「少し歩けますか? すぐそこに我が家の馬車があります。お家までお送りいたしましょう」
泣き出してしまう私に、ルシエルさんは変わらずに優しかった。




