商会の値踏み、踏み荒らされる水路
広場の空気が、静かに冷えていく。
ついさっきまで、そこには小さな喜びがあった。
薬草と豆が交換された。
ロウが直した鍬と干し魚が交換された。
村人たちは、久しぶりに外の集落の者と笑い合っていた。
ヴァルゼアは、まだ終わっていない。
レインはそう感じていた。
けれど、見慣れない馬車から降りてきた男の一言で、その温かさは薄れていった。
「この土地には、まだ取引の余地がある」
男は穏やかに言った。
怒鳴ったわけではない。
奪うと宣言したわけでもない。
だが、村人たちは黙った。
王都。
商会。
取引。
それらの言葉は、この村にとって救いだけではなかった。
高い物資を売りつけられた記憶。
安く買いたたかれた薬草。
水も食料も足りないのに、帳簿の上では価値がないと決めつけられた年月。
そういうものが、村人たちの顔に影を落としていた。
レインは一歩前に出たまま、男を見た。
足が少し震えている。
王都の者と話すのは苦手だった。
実家で、何度も値踏みされてきたからだ。
使えるか。
役に立つか。
家名にふさわしいか。
そういう目で見られるたび、レインは言葉を失ってきた。
目の前の男も、似た目をしていた。
ただし、彼が見ているのはレインだけではない。
泉も、水路も、薬草も、村人たちの働きも。
すべてを、利益になるかどうかで測っている。
「失礼。名乗りが遅れました」
男は胸に手を当て、軽く頭を下げた。
「私はマーゼル・クロウ。王都の商業ギルドに出入りしている商会の者です」
「……レイン・アルヴェルトです。ヴァルゼアの管理補佐をしています」
「ええ。先ほど聞きました」
マーゼルは柔らかく笑う。
「管理補佐、とのことですが。正式な代官ではないのですね?」
その言葉に、レインの胸が詰まった。
痛いところを、最初から突かれた。
「それは……はい。僕は、正式な領主でも代官でもありません」
「なるほど」
マーゼルはうなずいた。
責める口調ではない。
むしろ丁寧だった。
だからこそ、レインは言い返しにくかった。
「では、この土地の水源や交易路に関する契約権限は、どなたがお持ちで?」
「契約、ですか」
「ええ。辺境に物資を流すには危険があります。道も不安定で、魔物も出る。商会が継続して品を運ぶなら、当然ながら見返りと権利の確認が必要です」
言っていることは、間違いではない。
安全な道がなければ、商人は来ない。
利益がなければ、物資は流れない。
レインにも、それは分かる。
けれど、マーゼルの視線は冷たかった。
「まずは、泉を見せていただけますか」
老人が眉をひそめる。
「泉は村の命です。売り物ではありません」
「もちろんです。今すぐ買うなどとは言っていません」
マーゼルは笑顔を崩さない。
「ただ、安定して水が出る土地には価値があります。村のために使うにせよ、交易に使うにせよ、正確な量を知る必要がある」
老人はレインを見る。
レインは小さく息を吸った。
「……見るだけなら」
「ありがとうございます」
マーゼルは泉へ歩き出した。
村人たちが道を空ける。
だが、その目には警戒があった。
レインも後に続く。
泉は、今日も細く水を湧かせていた。
まだ豊かとは言えない。
けれど、底に水が溜まり始めている。
マーゼルはしゃがみもせず、上からのぞき込んだ。
「報告では、完全に枯れていると聞いていました」
「少しだけ、戻りました」
「あなたが?」
「土地の声を聞いて……流れが詰まっている場所を、少し」
言ってから、レインはしまったと思った。
土地の声。
王都の人間から見れば、また笑われるかもしれない。
だがマーゼルは笑わなかった。
ただ、目を細めた。
「興味深い」
「……信じるんですか?」
「商人は、利益になるものを頭から否定しません。たとえ、それが奇妙な話でも」
その言い方に、レインは胸の奥がざわついた。
信じられたわけではない。
利用できるかもしれないと判断されただけだ。
マーゼルは泉から離れ、今度は水路へ向かった。
ロウが一歩前に出る。
「水路はまだ修理途中だ。崩れやすいところもある。勝手に踏み込まれると困る」
「君は?」
「ロウ。村の修理屋だ」
「なるほど。君が直したのですか?」
「俺だけじゃない。村の連中が石を運んで、泥を押さえた。レインが流れを探して、俺たちが形にした」
マーゼルは水路の石を見下ろした。
「素人仕事にしては、悪くない」
ロウの眉がぴくりと動く。
「褒めてるつもりか?」
「ええ。辺境の現場で、ここまで戻せるなら十分です。ですが、商会が扱うには規格が必要になる。石幅、水量、荷運びの導線、維持管理の責任者……」
「責任者?」
「当然でしょう。水路が壊れれば、交易も止まる。品が腐れば損失になる。水が増えれば薬草も増える。薬草が増えれば取引量が増える」
マーゼルは淡々と言った。
「そこに管理者が必要です」
レインは言葉を探した。
管理。
契約。
責任。
どれも、間違ってはいない。
でも、この水路は村人たちが泥だらけになって直したものだ。
ロウが石を組み直し、老人が水を運び、村人たちが何度も崩れた泥を押さえた。
それを、数字だけで測られるのは嫌だった。
「この水路は、まず村のためのものです」
レインは言った。
声は小さかった。
それでも、言った。
マーゼルは視線をレインへ戻す。
「もちろんです。ですが、村を維持するためにも取引は必要でしょう?」
「……それは」
「善意だけでは、冬は越せません。薬草も水も、外へ出して初めて価値になります」
レインは唇を結んだ。
反論できない。
実際、村は食料不足だ。
交換会が成功したといっても、豆袋と干し魚が少し入っただけ。
冬を越すには、もっと必要になる。
そこへ、ミラが軽く肩をすくめて口を挟んだ。
「価値がどうこうの前に、道の安全確認が先だろ」
マーゼルが彼女を見る。
「冒険者の方ですか」
「ああ。ミラだ。少なくとも今の採集道に大人数を入れるのは無理だ。荷車も通れない。魔物の足跡もある」
「護衛を雇えばよいのでは?」
「護衛を増やせば安全になるとは限らない。足音が増えれば、魔物を呼ぶこともある」
ミラの声は軽い。
だが、目は森を見る時と同じように冷静だった。
「道は、踏めば広がる。でも、踏み方を間違えると壊れる。水路も森も同じだ」
ロウがうなずく。
「水路もな。石組みを知らないやつが勝手にいじれば崩れる」
老人も前に出た。
「交換条件は、村で決めた。薬草も水も、村人が生きるためのものだ。外へ出す量は、こちらで決める」
レインは目を見開いた。
さっきまで、言葉に詰まっていた。
自分が何とかしなければと思っていた。
けれど、ロウがいた。
ミラがいた。
老人がいた。
村人たちも、少しずつレインの後ろに集まっている。
守らなければ。
そう思っていた場所に、今、自分も支えられている。
胸の奥が熱くなった。
「……僕も、同じ考えです」
レインは言った。
マーゼルの目が戻る。
「水も薬草も、村の暮らしを壊してまで取引するものではありません。外とつながることは必要です。でも、村の人たちが飢える条件なら、受けられません」
声はまだ震えていた。
けれど、途中で止まらなかった。
マーゼルはしばらく黙った。
やがて、ゆっくりと微笑む。
「なるほど。若いのに、なかなか芯がある」
褒め言葉に聞こえる。
だが、レインには油断できなかった。
「では、今日はここまでにしましょう。正式な契約については、改めて話し合いの場を設けます」
「正式な契約……」
「ええ。この土地の権利関係を確認する必要もあります。アルヴェルト家の管理地であるなら、そちらにも話を通すべきでしょう」
レインの体が固まった。
アルヴェルト家。
実家の名が出ただけで、胸が冷たくなる。
父の顔。
広間の冷たい目。
外れスキルと判断された時の笑い声。
それらが一瞬でよみがえった。
マーゼルは、その反応を見逃さなかったようだった。
「どうしました?」
「いえ……」
「いずれにせよ、商会としては前向きに考えています。危険な辺境に投資する以上、こちらにも保証は必要ですが」
彼は水路の先、森の方を見た。
「それと、古い鉱山道があると聞きました。閉じたままなのは惜しい」
老人の顔がさらに険しくなる。
「あそこは危険だ。近づくべきではない」
「危険だからこそ、調査が必要なのです」
「村では、まだ許可しておらん」
「もちろん。今日は見るだけです」
マーゼルはそう言って、馬車へ戻った。
従者らしき男たちが、彼の後ろに続く。
交換会の広場には、重い沈黙が残った。
◇
マーゼルたちが広場から離れたあとも、交換会の空気は戻りきらなかった。
近くの集落から来た者たちは、小声で話し合い、少し早めに帰り支度を始めた。
「王都の商会と揉めたくはないな」
「でも、薬草は助かる」
「次も来ていいのか?」
村人たちは不安そうにレインを見る。
レインはすぐに答えられなかった。
次も来てください。
そう言いたい。
でも、王都の商会が本格的に関わるなら、今まで通りにはいかないかもしれない。
「来てください」
言ったのは老人だった。
「交換条件は、村で守ります。今日決めたことは、急には変えません」
近隣の女がほっとしたように息を吐く。
「なら、また来るよ。豆は多くないけど、薬草は本当に助かったからね」
「こちらこそ」
レインは頭を下げた。
その言葉に、少しだけ広場の緊張が和らぐ。
それでも、マーゼルの残した影は消えなかった。
ロウが低い声で言う。
「気に入らないな」
「ロウさん?」
「水路を見た目だ。直し方じゃない。どこを押さえれば取引を握れるか見てた」
ミラも腕を組む。
「森の道も同じだ。あの手の連中は、安全確認より先に人を入れたがる。危険が出たら、冒険者を追加で雇えばいいと思ってる」
「でも、商会の言うことも全部間違いではないんです」
レインはつぶやいた。
「物資は必要です。冬を越すには、外との取引も必要で……」
「だからって、全部任せる理由にはならねえだろ」
ロウが言った。
「水路を直したのは俺たちだ。ここで暮らすのも俺たちだ。外のやつが勝手に測って、勝手に値をつけるのは違う」
その言葉に、レインはうなずいた。
「はい」
小さな声だったが、今度は迷わなかった。
◇
夕方近くになり、交換会は片づけに入った。
村人たちは疲れていたが、顔には少しだけ誇らしさがあった。
豆袋が一つ。
干し魚が数束。
布も少し。
大きな成果ではない。
それでも、昨日までなかったものだ。
レインは広場の隅で、空になった木箱を運んでいた。
ロウが修理した机を解体し、ミラは帰る集落の者たちを道の入口まで送っている。
その時だった。
足元から、細い声が聞こえた。
――やめて。
レインは箱を落としかけた。
「……今の」
――いたい。
――そこは、だめ。
――はずれる。
泉の声とも畑の声とも違った。
もっと奥。
地面の深いところから、鋭い痛みが突き上げてくる。
「レイン?」
ロウが気づいて駆け寄る。
「どうした」
「土地が……痛がっています」
「場所は?」
レインは目を閉じた。
声の方向を探る。
水路。
森に近い崩れた場所。
その先。
古い鉱山道へ続く、使われなくなった石組みのあたり。
「水路の奥です。森側の……前に魔物の足跡があった方」
ロウの顔色が変わる。
「まさか」
そこへミラが戻ってきた。
「おい、村の外れで馬車を見た。昼間の商会のやつらじゃない。護衛か調査員みたいなのが、森の方へ入ってる」
「許可は?」
「取ってるようには見えなかった」
老人も駆けつける。
「何事だ」
レインは震える手を握った。
「水路の奥で、何か壊されているかもしれません」
「なんだと……!」
老人の顔が怒りに歪む。
レインは森の方を見た。
日が傾き、木々の間が暗くなり始めている。
怖い。
昼間のマーゼルとの会話だけでも、胸がまだ苦しい。
その商会の者たちが、許可なく奥へ入ったかもしれない。
もし問い詰められたら。
もし実家の名を出されたら。
自分はまた、何も言えなくなるかもしれない。
けれど、足元から声が続く。
――いたい。
――くずれる。
――あつい。
聞こえてしまった。
なら、放っておけない。
「行きます」
レインは言った。
ロウが道具袋を取る。
「俺も行く。石組みなら見れば分かる」
ミラは短く息を吐き、腰の短剣を確認した。
「私は前を見る。魔物が出たら逃げるぞ。戦うためじゃなく、生きて戻るためにな」
老人が村人たちへ振り向く。
「明かりを用意しろ。だが、大勢で行くな。道を荒らす」
「はい!」
レイン、ロウ、ミラ。
それに狩人が一人、少し遅れて続いた。
森へ向かう道は、昼間より冷えていた。
けれど、足元から伝わる熱は強くなっていく。
――あつい。
――おされる。
――ふさがる。
レインは額に汗をにじませた。
声が多い。
水路の声。
土の声。
何か古いものが軋むような声。
それらが混ざって、頭の奥で鳴っている。
「無理すんなよ」
ロウが横から言う。
「顔、真っ青だぞ」
「大丈夫です。まだ……聞こえます」
「それ、大丈夫って言わねえ」
ミラが前方で手を上げた。
「止まれ」
全員が足を止める。
木々の間から、人の声が聞こえた。
「入口の記録だけでいいと言われたんだろう?」
「外から見ただけじゃ、何も分からん。証拠を持ち帰れなきゃ、調査にならない」
「だが、石組みを外して崩れたらどうする」
「少しだけだ。光っている石片を一つ取るだけなら、問題ない」
レインたちは木陰からのぞき込んだ。
そこには、昼間見た商会の馬車とは別の荷車があった。
男たちが数人、古い水路の先に立っている。
手には鉄の棒や小さなつるはし。
足元には、外された石が転がっていた。
マーゼルが直接いるわけではない。
ただ、彼らは商会の調査員か雇い人だろう。
命じられた範囲を越えたのか。
それとも、最初からこうするつもりだったのか。
今のレインには分からなかった。
ロウが低くうなる。
「何やってんだ、あいつら……!」
そこは、ただの石組みではなかった。
水路のさらに奥。
土に半分埋もれた、古い石の輪のようなもの。
ロウは目を細める。
「普通の水路じゃない。石のかみ合わせが違う。誰が作ったんだ、こんなの」
「分かるんですか」
「分からねえ。だからまずいんだ」
男の一人が、光る石片を無理やり引き抜こうとしていた。
その瞬間、レインの耳の奥で悲鳴が弾けた。
――だめ。
「やめてください!」
レインは思わず飛び出していた。
男たちが振り向く。
「なんだ、村の者か」
「そこを壊さないでください!」
「こちらは商会の調査だ。危険確認のために必要な作業をしている」
「村の許可は取っていないはずです」
男の一人が気まずそうに視線をそらした。
別の男が、焦ったように口を挟む。
「危険地帯なら、早めに確認すべきだろう。君たちでは何が危険か判断できない」
「だからって、勝手に石を外していい理由にはなりません!」
「石片を一つ持ち帰るだけだ。王都で調べれば、この土地の価値も分かる。村にとっても悪い話ではない」
レインは言い返そうとした。
しかし、男の後ろで別の調査員が鉄棒を差し込むのが見えた。
「待って――!」
間に合わなかった。
硬い音がした。
石組みの一部が、ばきりと割れる。
次の瞬間、地面が低く震えた。
「っ!」
レインは膝をつきかける。
地面の奥から、熱い風のようなものが吹き上がった。
目に見える炎ではない。
だが、空気が歪む。
割れた石組みの隙間から、黒ずんだ魔力のようなものがにじみ出した。
「何だ、これは……!」
調査員たちが後ずさる。
ミラが叫ぶ。
「離れろ! 全員、石組みから離れろ!」
ロウがレインの腕をつかむ。
「立てるか!」
「まだ……奥に、何かあります」
「今見るな!」
「でも、声が……!」
レインの手首の刻印が、淡く青緑に光った。
割れた石組みの奥。
土が崩れ、古い壁面が姿を見せていた。
壁には、見たことのあるような文字が刻まれている。
泉の底で一瞬だけ光った、あの古代文字に似ていた。
だが、今は読めない。
文字の間を、細い光の線が走る。
線は一つではなかった。
泉へ向かう線。
畑へ伸びる線。
水路と森の縁をなぞる線。
そして、閉じた鉱山道の方へ沈んでいく線。
それらは別々ではない。
ヴァルゼアの土地そのものを、古い仕組みが内側からつないでいる。
レインには、そう見えた。
そして、その一部が黒く染まっていた。
黒い点は、壊された石組みのすぐ奥で脈打っている。
まるで傷口のように。
――つまる。
――われる。
――にげる。
――くる。
「くる……?」
レインがつぶやいた瞬間、森の奥から咆哮が響いた。
低く、重い。
獣の怒りではない。
追い立てられたものの悲鳴に近かった。
ミラの顔が険しくなる。
「魔物だ。しかも近い」
調査員の一人が尻もちをついた。
「お、おい、護衛はどこだ!」
「逃げるぞ!」
「待て、荷を――」
「荷なんか捨てろ!」
男たちは混乱し、荷車へ向かって走り出した。
その足元で、黒い魔力が水のように広がる。
地面がまた震えた。
レインは壁面の光を見つめる。
これは、ただの水路ではない。
ただの鉱山道でもない。
ヴァルゼアの地下には、何かがある。
そして今、それを無理やり傷つけてしまった。
「レイン!」
ロウが叫ぶ。
レインははっとする。
森の奥で枝が折れる音がした。
一つではない。
重い足音が、こちらへ近づいてくる。
魔物は村を狙っているのではない。
地下から漏れた熱と黒い流れに追われて、押し出されている。
このままなら、水路沿いに村へ向かう。
レインの背中を冷たい汗が伝った。
商会の問題だけではない。
契約や権利だけの話でもない。
この土地は、もっと深いところで壊れかけている。
レインは震える手で、土に触れた。
声があふれる。
――まもって。
――ながして。
――そらして。
――まだ、こわれていない。
怖い。
怖いけれど。
ここで聞こえないふりをしたら、村へ流れ込む。
レインは唇をかみ、顔を上げた。
「ミラさん、魔物はどの方向から来ますか」
「森の北側。足音は二つ、いや三つ。大きいのが混じってる」
「ロウさん、水路の脇に、古い谷筋はありますか」
「ある。水はもう流れてねえが、地形は残ってる」
「なら……そこへ流れを逃がせるかもしれません」
ロウが目を見開いた。
「おい、何をする気だ」
「分かりません。でも、このままなら村へ行きます」
「無茶するな」
「無茶でも、やらないと」
手首の刻印が、さらに熱を持つ。
レインの耳に、遠い声が重なった。
泉。
畑。
水路。
交換会で人が行き交った道。
全部が、細い線のようにつながっていく。
レインは初めて、その線に触れようとしていた。
聞くだけではない。
ほんの少しだけ、流れをずらす。
その瞬間、頭の奥に焼けるような痛みが走った。
「っ……!」
「レイン!」
膝が崩れる。
それでも、地面から手を離さなかった。
森の奥から、黒い影が現れる。
魔物の咆哮が、夜のヴァルゼアに響いた。
そして崩れた壁面の光は、黒く染まり始めた一点を中心に、さらに強く脈打った。




