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断罪された侯爵令嬢は、戦場で完成した。なお中身はおっさんである  作者: 月白ふゆ


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第9話 その後処理

 王城を辞した馬車は二台に分かれて学院へ戻った。


 夜の王都は、昼間よりもむしろ音が輪郭を持つ。石畳を叩く蹄の音。車輪が継ぎ目を越えるたびに出る短い振動。通りの端に残った酒場のざわめき。閉まりかけた店の木戸が鳴る音。王城を出た直後はまだそのどれもが遠く感じられたが、やがて城壁から距離を取るにつれ、音は現実味を増していった。


 学院長たちの馬車の中では、しばらく誰も口を開かなかった。


 学院長、剣術教師レイモンド・フェルン、魔術教師クラウス・エッベル、そして記録責任者の書記官。四人とも同じ箱の中に押し込められているのに、互いの体温までがよそよそしく感じられるくらい、空気は冷えていた。


 最初に沈黙を破ったのは、クラウスだった。


「……あそこまでのことになるとは、思っておりませんでした」


 魔術教師らしい、少し響きの良い声だった。だが今はその声にも乾きがあった。

 学院長は外套の襟を指先で直しながら、すぐには返さない。

 レイモンドは視線を窓の外へ向けたまま、ぴくりとも動かない。

 記録責任者の書記官だけが、膝の上の革鞄を両手で抱え、何かに耐えるように背を固くしていた。


「“あそこまで”の線引きが、先生にはまだ曖昧らしい」


 低く言ったのはレイモンドだった。

 言葉は荒くない。

 けれど切れ味は十分だった。


 クラウスが眉をひそめる。


「皮肉ですか、フェルン先生」


「皮肉ではない。確認だ」


 レイモンドはそこでようやくクラウスの方を向いた。


「王家の婚姻に学院側の口で“妥当”などと置けば、どうなるか。その線が見えていなかったのなら、今後の会議に出る資格はない」


 書記官の肩が小さく揺れた。

 学院長は短く息を吐く。


「そこまで言うな」


「言います」


 レイモンドは一歩も引かなかった。


「俺は最初から、あの場で婚姻に踏み込む話をするのはまずいと思っていた」

「剣の話なら剣で終えるべきだった。模擬戦の運営責任なら、学院側で被るべきだった」

「それを、候補者の適性へずらした」


 クラウスが反論する。


「ずらした、ではなく、現にあの戦い方には問題が――」


「整理と裁定を混同した」


 レイモンドが切った。


 それだけで、馬車の中の空気がもう一段悪くなる。

 学院長は目を閉じた。


 その一言は、王城で第一王子から直接投げられたどの問いよりも、学院側の失態をよく表していた。

 整理が必要だったのは事実だ。

 模擬戦が三度にも及び、学院運営として放置できぬ流れになったのも事実だ。

 だが整理と裁定は違う。

 学院が許されるのは前者であって、後者ではない。

 その線を踏み越えた。


「……私も、あの言い回しは軽率だったと思っている」


 学院長がようやく認める。

 声は低い。


「軽率」


 レイモンドの声は、今度は少しだけ冷えた。


「王家から直轄地半分の割譲まで出たあとで、まだその程度の言葉で済ませるおつもりか」


 学院長は答えない。

 答えられなかった。


 エドワードが将来治めるはずだった侯爵領隣接の直轄地、その半分をヴォルディア侯爵家へ割譲する。

 あの補償案がどれほど重いかは、軍略や財務に疎い者でも分かる。

 王家が“損害が出た”と認めたのだ。

 しかも金ではなく、土地を切る。

 実利で埋める。

 それは、学院が口にした「婚約解消が妥当」という軽い一文が、もはや軽いままでは済まないことを意味していた。


 記録責任者の書記官が、おずおずと口を開いた。


「会議記録は……どう、いたしましょうか」


 その一言で、今度は全員の視線が彼へ集まる。


 書記官は慌てたように言葉を継ぐ。


「い、いえ、もちろん改竄という意味ではなく……」

「ただ、その、記録上、“婚約解消が妥当”との文言が学院長見解として明記されておりますので」

「文脈整理の余地があるかと……」


 学院長が苦い顔をする。


「修正で済む段階だと思うか」


「しかし、このままでは王家側に」


「王家はもう見ている」


 学院長が低く言った。

 それは書記官を責める声ではなく、現実を告げる声だった。


「文言ひとつを曖昧にしたところで、もう遅い」

「問題は記録の書き方ではない。あの場で、あの言葉を置いたことそのものだ」


 クラウスがなおも抵抗するように呟く。


「ですが、教育上の懸念があったのは事実です」

「ヴォルディア侯爵令嬢の戦い方は、やはり実戦的すぎる」


「だから?」


 レイモンドが問う。


 クラウスは言葉を止める。

 その先が続かないからだ。

 実戦的すぎる。

 それが事実だとしても、では学院に婚姻へ口を出す権利が生まれるのか。

 その理屈が立たない。


 学院長が外を見た。

 窓の向こうを過ぎる王都の灯りが、流れていく。


「王家は補償を出した」


 その言葉は、自分へ言い聞かせるようでもあった。


「我々は、そこまで想定していなかった」

「それが全てだ」


 誰も反論しない。

 できない。


 馬車の中に再び沈黙が落ちる。

 ただ今度の沈黙は、最初のものより重かった。

 責任の所在を擦り付け合うには、王城で見たものが大きすぎた。


 もう一台の馬車では、別の種類の沈黙が揺れていた。


 第ニ王子エドワードとセラフィナ・ルミエル。

 学院に戻るまでのあいだ、二人は向かい合うでもなく、互いに少しだけ斜めに座っていた。

 距離としては近い。

 だが、その近さがいつもの慰めにならない。


 王城では、兄にも王にも、言葉で逃げ場を潰された。

 とくに「お前は切られたのではない。教えられたのだ」という一言が、エドワードの中にまだ重く沈んでいる。

 ナタリアに負けた。

 それ自体よりも、その負けの意味を理解していなかったこと。

 そこを真正面から言われた。


 セラフィナは何度も口を開きかけては閉じた。

 何と言っていいのか分からないのだろう。

 謝れば済むとも思えない。

 かといって黙っているのも苦しい。

 その揺れが、そのまま小さな呼吸の乱れになっている。


「殿下……」


 ようやく出た声は、思った以上に細かった。


 エドワードはすぐには返さない。

 返せない、という方が近い。

 王城を出た直後から、自分の中の怒りと羞恥と困惑が、まだきちんと整理できていなかった。


「わたくし……」


 セラフィナはそこで少し唇を噛んだ。

 それから、ようやく本音に近いものを出す。


「安心したかっただけなのです」


 その言い方が、あまりに今さらだった。

 けれどだからこそ本音なのだろう。


 エドワードは窓の外を見たまま、低く答えた。


「……それで済まなくなった」


 たったそれだけの言葉が、馬車の中を冷たく通る。


 セラフィナは目を伏せた。


「わたくしが、あの時……」

「わたくしが言わなければ、ここまでには」


「いや」


 エドワードが遮る。


 短いが、今度ははっきりしていた。


「俺は、あれで止まれなかった」


 その一言で、セラフィナが顔を上げる。

 エドワードはまだ自分を完全には見られていない。

 だが、少なくとも全部をセラフィナへ押しつけるほどには軽くなかった。


「一度目で終えていれば」

「二度目も、三度目もなかった」

「……兄上の言う通りだ」


 エドワードはそこで言葉を切る。

 続きは自分でも言いたくないのだろう。

 教えられた。

 その語がまだ、胸の中でひどく嫌な重みを持っている。


 セラフィナは両手を握りしめた。


「わたくし、そんなつもりでは……」


 またその言葉が出る。

 だが今度は、自分でもそれが何の言い訳にもならないと分かっている顔だった。


「分かっている」


 エドワードが答える。

 けれど、その“分かっている”の響きは優しくない。

 責めてもいない。

 ただ、もうそこへ逃げられないと分かっている声音だ。


「それでも、結果はああなった」


 それきり二人は黙った。


 学院へ戻る頃には、夜はかなり深くなっていた。

 王立学院の正門は閉まっていたが、王家の紋章がついた馬車が着けば、宿直の門番は慌てて内側から開ける。

 二台の馬車が中庭へ滑り込むと、その気配だけで寮棟や使用人宿舎の端に、夜更けのざわめきが生まれた。


 戻ってきた空気だけで分かる。

 良くない帰り方だ。


 学院長が降りた時には、すでに宿直の書記官が待っていた。

 王家からの使いが到着し、封書を預かっているという。


 その場で開封する。

 学院長の顔が、文面を追うごとにさらに沈んだ。


 第一王子付き文官名での正式通知。

 学院側判断は差し戻し。

 翌日午後、再出頭。

 学院長、関係教師、第ニ王子、セラフィナ、ナタリア出席。

 そして最後に――


「ヴォルディア侯爵家当主も……同席」


 学院長の口から漏れた声で、周囲の空気が死んだ。


 レイモンドは短く目を閉じる。

 クラウスは露骨に顔色を悪くした。

 記録責任者の書記官に至っては、一瞬自分の足元が消えたような顔をする。


 侯爵家当主、グレゴール・ヴォルディア。

 軍閥貴族の長。

 王国へ忠誠を尽くしながらも、宮廷風の柔らかな論理ではなく、力と責任と結果で物を測る男。

 学院にいる者なら、その名くらいは知っている。

 直接会ったことがなくとも、その家の気風と圧だけは聞いている。


 学院長が封書を畳む。

 わずかに手が強張っていた。


「……明日の午後だ」


 それだけで十分だった。

 誰も軽々しく返事をしない。


 レイモンドだけが、小さく言う。


「逃げ道はないな」


「最初から、なかったんだろうが……」


 学院長の声音は、もはや疲弊に近かった。


 クラウスが乾いた喉を鳴らす。


「侯爵家当主までいらっしゃるなら、こちらも見解を整理しなければ」


 レイモンドがそれを睨むように見る。


「まだ“見解”で済ませる気か」


「では何だと言うんです」


「責任だ」


 短い。

 だが、夜の冷気よりよく刺さった。


 クラウスはそこで口を閉じるしかなかった。


 セラフィナはそのやり取りの端で、ただ立っていた。

 王城からの帰り道よりも、いまの方がむしろ堪えているように見える。

 侯爵家当主が来る。

 つまり、自分の言葉が侯爵家の家格と損害の話にまで届いたことが、ようやく現実味を持ったのだろう。


 エドワードもまた、学院の中庭に立ったまま動かなかった。

 兄と王の前ではただ“学べ”と切られた。

 だがここへ侯爵家当主が加わると、今度は自分の未熟さが家と領地の話になる。

 そこまで行くとは、本当の意味ではまだ想像できていなかったのかもしれない。


 誰もが重い足取りで散っていく中、ナタリアの部屋だけは妙に静かだった。


 荷は半分ほどまとまっている。

 衣装、教材、剣術用の軽装、私物。

 要るものと要らないものの線引きが早いのは、前世を思い出した今となっては自分でも説明がつく。

 藤堂隆幸。四十八歳。大手ゼネコン営業課長。

 閉じた案件の後始末。持ち帰る資料。廃棄するもの。次の現場へ回すもの。

 そういう整理を何度もやってきた感覚が、侯爵令嬢の部屋の中で少しも浮かない。


 差し戻しの通知を受けたあと、彼女は荷の手をいったん止め、代わりに明日用の装いを整える方へ移っていた。

 侯爵家当主も同席。

 なら、ただ学院の生徒として座るわけにはいかない。

 娘であり、元王子妃候補であり、そして今は“当事者”として立つ服を選ぶ必要がある。


 夜の終わり近く、彼女は一度だけ窓を開けた。

 冷たい空気が入り込み、机上の紙を揺らす。

 王城での会議。

 差し戻し。

 明日の再出頭。

 グレゴール・ヴォルディア同席。

 そこまで並べると、頭の中ではもうかなり整理がついていた。


 婚約破棄は、実質、覆らないだろう。


 王家が学院判断を差し戻したのは、婚約の継続を望んだからというより、学院にその裁定権がないからだ。

 形式と責任の問題。

 感情と制度の問題。

 その整理はつく。

 だが一度切られたものが、そのまま元へ戻ることはない。

 そこまでを、ナタリアはもう見切っていた。


 ならば次に必要なのは、嘆くことではなく、処理だ。


 翌日午後、王城へ再出頭。

 空気は、前日よりさらに重かった。


 謁見の間ほど大きくはないが、学院長室の小会議よりよほど重い部屋。

 王、第一王子、王家側文官。

 学院長、レイモンド、クラウス、記録責任者。

 エドワード、セラフィナ。

 そしてナタリア。

 さらにそこへ、グレゴール・ヴォルディアが加わる。


 グレゴールは硬い男だった。


 歳は五十を越えているはずだが、背の沈みがない。

 宮廷人のような滑らかな所作ではなく、戦場帰りの将がそのまま礼法を覚えたような、少し無骨な整え方をしている。

 言葉は多くない。

 だが、部屋へ入った瞬間に空気の重心が少し変わる。

 古い型の男だと、誰もが感じる。

 そしてナタリアと同系統であることも。

 ただし、娘よりもっと古い。

 正面から耐え、押し、責任を背負って進む型。


 ナタリアは父を見る。

 グレゴールも娘を見る。

 そこで交わされるものは多くない。

 だが、視線だけで足りる。

 父は娘が無事であることを確認し、娘は父が“家の当主”として来ていることを理解する。


 場が始まると、王家側が前日の詰問を踏まえ、改めて整理を進めた。


 学院側の越権は確認済み。

 補償方針は王家から提示済み。

 婚約解消を学院判断で完了扱いにはしない。

 侯爵家当主の見解もここで正式に聞く。


 グレゴールは最初、ほとんど喋らなかった。

 学院長の弁明、王家側の整理、前日の会議経緯。全部を最後まで聞いた上で、ようやく短く言う。


「確認したい」


 それだけで、場が少し引き締まる。


「娘を切る判断に、学院は何を負うつもりだった」


 学院長は言葉を失った。

 昨日、第一王子から同じ筋を問われている。

 補償主体も、責任の取り方も、何も用意していなかったことはもう露呈している。

 それを今度は侯爵家当主の口から、娘を切る判断、とまで言われる。


「学院としては……」


 学院長が何とか言いかける。

 だがグレゴールはそれを待たない。


「秩序か」

「教育か」

「品位か」


 短く、順に置く。


「どれも結構だ」

「だが、それで家に生じる損を、誰が埋める」


 その“損”という言い方が、あまりに古く、あまりに直接だった。

 宮廷ならもっと柔らかい語が選ばれる。

 不利益、影響、信用失墜。

 だがグレゴールは損と言った。

 それで十分だった。


 学院長は返せない。

 王がそこで短く言う。


「王家が埋める」


 そして改めて、補償の裁定が示される。

 エドワードが将来治めるはずだった侯爵領隣接の直轄地、その半分をヴォルディア侯爵家へ割譲する。


 グレゴールはそれを聞いても、礼だけを返す。


「過分です」


 だがその顔に、満足も謝意も大きくは出ない。

 補償は補償。

 損を埋める話であって、何かを許した話ではない。

 そういう顔だった。


 そして一通りのやり取りが終わりかけたところで、ナタリアが口を開いた。


「一つだけ、確認よろしいでしょうか」


 今まで受ける側に置かれていた女が、自分から議題を切る。

 その一言で、場が止まる。


 王が視線で先を促した。

 第一王子の目も、そこで少しだけ鋭さを増す。


 ナタリアはまっすぐ前を見たまま言う。


「婚約破棄は、もはや覆すことは難しいでしょう」

「ならば、学園は卒業ということでよろしいでしょうか」


 学院側が、そこで本気で面食らった。

 まだ婚約、越権、補償、そのあたりを巡って空気は重い。

 その中でナタリアは、もう次の処理へ入っている。


 卒業。

 退学ではなく。

 残留でもなく。

 卒業という整理。


 王がすぐには答えない。

 代わりに第一王子が、少しだけ顎を引く。


 ……そこから先を見るか。


 そういう目だった。


 学院長がようやく言葉を探す。


「卒業、とは……」


「在籍を続ける理由が薄いので」


 ナタリアは静かに答える。

 感情は薄い。

 だが、場を読めていないわけではない。

 むしろ読んだ上で、必要な処理だけを先へ進めている。


 王がそこで問うた。


「その後はどうするつもりだ」


 ナタリアは一拍置く。

 父が横にいる。

 王も第一王子も見ている。

 学院側も、エドワードもセラフィナも、全員が待っている。


「このまま家に戻っても、行かず後家になりますので」


 そこでまず、現実を置く。


 セラフィナが息を呑む。

 学院長は視線を落とす。

 エドワードの肩が目に見えて強張った。

 婚約破棄の被害者として涙を見せるのではなく、婚姻市場の現実を自分で口にする。その乾き方が、彼には一番刺さる。


 ナタリアは続けた。


「冒険者になろうと考えております」


 その一言で、場がまた別の意味で止まった。


 学院側は理解が追いつかない顔をする。

 王家へ入るはずだった侯爵令嬢が、次に選ぶのが冒険者。

 しかもそれを、投げやりでも夢見がちでもなく、次の配置として言っている。


 セラフィナは完全に衝撃を受けていた。

 婚約破棄された令嬢とは、もっと別の顔をするものだと思っていたのだろう。

 エドワードはその何倍も刺さっている。

 自分が切ったはずの相手が、すでに自分の枠の外へ出る準備を終えている。


 グレゴールはそこで初めて、娘へ真正面から問う。


「本気か」


「はい」


 ナタリアは即答した。


 父はそこで少しだけ黙る。

 驚いていないわけではない。

 だが、軽率な思いつきではないことは娘の顔を見れば分かる。


「なら、半端はするな」


 それだけだった。


 古い型の父らしい一言だ。

 止めない。

 甘やかさない。

 だが、覚悟を見たなら認める。


 王がそのやり取りを、面白く見る。

 露骨に笑うわけではない。

 だが、その目には明らかに興味があった。


「……ほう」


 短い。

 それだけ。

 けれど十分だ。


 王が見ているのは、婚約を失って泣く娘ではない。

 自分の能力と立場を見て、次の置き場を自分で切る者の顔だ。


 そして第一王子。

 彼が一番、明確に興味深くなっていた。


 ナタリアはこれまで、弟のお守りとして先に婚約が決まっていた。

 自分はまだ婚約者選定途中。

 だから彼女を“弟の婚約者”としてしか見ていなかった部分がある。

 だが今、その枠が剥がれた瞬間に、彼女は泣きも縋りもせず、自分で次の道を選んだ。


「そう切るか」


 第一王子は小さく言う。

 驚きではない。

 評価に近い。


 ナタリアはそれに答えない。

 答える必要もない。

 ただ、自分の中ではもうかなりはっきりしていた。


 閉じた案件に未練を残すほど、暇ではない。


 王城から学院へ戻る時の責任の擦り付け合い。

 差し戻し。

 父の確認。

 王家の補償。

 学籍の整理。

 進路の切り替え。


 全部、処理の話だ。

 ならば一つずつ片づければいい。


 この言葉を最後に、その場の全員が理解する。

 ナタリア・ヴォルディアはもう、婚約破棄で終わる女ではない。

 自分で次の現場を選ぶ女だと。


 そして、その理解はたぶん、これから誰より第ニ王子の胸に重く残る。

やっと、ナタリアの「冒険者への道」をここで出せました。


当初の想定より、断罪と婚約破棄、その周辺の政治的な整理までがだいぶ長くなってしまいました。書いている側としても、気づけばかなり「断罪周辺編」をしっかり歩く形になっており、少しばかりハイファン詐欺になりかけていた気もします。


ただ、ナタリアがどんな形で今の立場を失い、何を見て、どうやって次の道を自分で選ぶのかは、ここを飛ばさずに通したかった部分でもありました。婚約破棄されて泣くのではなく、状況を整理した上で「では次へ」と進路を切るところまで来て、ようやくこの子らしさがはっきり出てきた気がします。


悪役令嬢ものの話を書くことが多い私の癖かもしれませんね。気づくとどうしても「断罪の構造」や「その場で誰が何を決めたのか」、「その判断は本当に誰の権限なのか」みたいなところを掘りたくなってしまいます。今回もだいぶその癖が出た気がします。


ハイファンタジーはまだそれほど書いてきたわけではないので、この先は楽しみでもあり、少し怖くもあります。とはいえ、ここから先はちゃんとナタリアが冒険者として動き出しますので、そのあたりはどうか大目に見ていただければ幸いです。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

次話から、ようやく本番です。

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