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断罪された侯爵令嬢は、戦場で完成した。なお中身はおっさんである  作者: 月白ふゆ


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第7話 結論の確認

 会議室の扉が閉まった時点で、もう大方は終わっている。


 ナタリア・ヴォルディアは、その種の空気を知っている気がした。


 知っている、という言い方が正しいのかどうかは、自分でもまだ分からない。けれど少なくとも、初めてではない、という感覚だけはあった。

 結論が先に置かれ、あとから理由が整えられる場。

 誰も露骨に怒鳴らない。

 誰も露骨に責任を引き受けない。

 けれど、裁定だけは進んでいく。

 そういう場所だ。


 学院長室の隣にある小会議室は、王立アルビオン学院の中でもひときわよく整えられていた。壁には余計な装飾がなく、重すぎない木の机が中央に置かれ、椅子の高さも揃えられている。窓は高い位置にあり、昼の光を柔らかく落としているのに、室内の空気は少し乾いていた。空調が効きすぎているのだ。

 机の上には水差しと薄いグラスが人数分。手をつける者は少ないだろうと分かる程度に、すでに並べ方がきれいすぎる。

 書類も同じだった。

 誰の前に何が置かれるか。

 誰が先に話し、誰が最後にまとめるか。

 そういうものが、席に着く前から決まっている。


 はい、これね。


 心の中でそう呟き、ナタリアは案内された席に腰を下ろした。


 席順が答えの半分を物語っている。

 正面に学院長。

 左右に剣術教師レイモンド・フェルンと魔術教師クラウス・エッベル。

 学院側記録役の若い書記官が壁際。

 王家側からは第一王子付きの文官が一人。

 そして向かい側にエドワードとセラフィナ。

 ナタリアはそこから半歩だけ外された位置に置かれていた。


 主座でも補佐でもない。

 説明させられる側の席だ。


 座席でだいたい終わってる。


 そう思っても、表情には出さない。出したところで何の得にもならないし、そもそも驚くほどのことでもない。形式を好む人間は、たいてい最初に配置で意味を作る。


 学院長が咳払いをひとつした。

 年齢は五十を越えているはずだが、背筋はまだ伸びている。厳格さと穏当さを同時に身につけたような男で、ふだんであれば生徒たちからの信頼も厚い。今の彼もまた、中立の顔をしていた。


「本日は、先ほどの模擬戦に関わる件について、学院として整理を行いたいと思います」


 整理。

 便利な言葉だ。

 曖昧なものを整える顔をして、すでに方向だけは定めている時に、よく使われる。


「誰かを糾弾するための場ではありません」


 さらに便利な一言が続く。

 糾弾ではない。

 そう前置きする時は、大抵そうだ。


 ナタリアは手元の書類へ目を落とした。

 表紙だけは丁寧だ。

 模擬戦に関する経緯整理。

 学院規則に基づく臨時協議。

 王子妃候補としての適性に関する確認事項。


 確認事項。

 確認、ね。


 紙の匂いが少し乾いている。

 新しく刷ったばかりなのだろう。インクの匂いは薄いのに、繊維の乾いた匂いだけが鼻へ残る。

 それも妙に覚えがある気がした。

 白い紙の束。

 誰かがそれを机に揃える仕草。

 紙を一枚めくる音だけが、やけに響く部屋。


 そこまで意識して、ナタリアは思考を止めた。

 今ここで引きずられる必要はない。

 先に進めば、おそらく向こうから勝手に繋がってくる。


「まず、事実確認から始めます」


 学院長の声で、会議は動き出す。


 剣術教師レイモンドが、訓練場での三度の模擬戦について簡潔に述べる。

 一度目。学院規則に則った剣術模擬戦。

 二度目。同じ条件下での再確認。

 三度目。出力制限付き攻性魔術を認めた上での模擬戦。

 結果はいずれもナタリア・ヴォルディアの勝利。

 教師の目から見ても異論の余地はない。


 そこまでは、公平な報告だ。

 だからエドワードの顔が、少しだけ硬くなる。

 勝敗そのものを否定するのは、さすがにここではできない。それくらいの分別はまだ残っている。


「その上で」


 学院長が言葉を継ぐ。


「本件は単なる勝敗だけで片づけられるものではない、と学院としては考えております」


 きた、と思った。

 横で魔術教師が手元の紙を整える。

 セラフィナは小さく息を詰める。

 王家付きの文官は無表情のまま筆を用意する。


 結論が置かれた。

 今、置かれたのではない。最初からそこにあったものが、ようやく言葉になっただけだ。


「ヴォルディア侯爵令嬢は、極めて高い戦闘能力を示しました」

「ですが、その戦い方が王子妃候補として適切であるかについては、別途の検討が必要であると判断します」


 はい、採点表の差し替え。


 ナタリアは、心の中でだけそう言った。


 模擬戦の勝ち負けから、妃としての適性へ。

 強さそのものではなく、その使い方や場との整合性へ。

 評価項目を増やすのは簡単だ。結果が動かない時には、たいていそれが一番早い。


 学院長の視線がエドワードへ向けられる。


「殿下。本件について、まずお考えをお聞かせいただけますか」


 エドワードは一瞬だけ口元を引き結んだ。

 まだ若い。十七歳という年齢にしては、礼の形も言葉の選び方も身についている方だ。だがそれは、逆に言えば形の中でなら立ち回れるということでもある。今の彼は、形の内側に逃げようとしている。


「勝敗自体に異論はありません」


 最初にそう置くのは、賢いやり方だった。

 そこを否定すれば、教師たちが先に切る。だから認める。認めた上で、別の話へ移る。


「ナタリアの力量が高いことも、私としては十分理解しています」

「ですが――」


 その“ですが”のあとに本音が来る。


「王子妃候補として見た時、あの戦い方は適切とは思えません」


 やはりそこへ来た。

 ナタリアは目を伏せることもなく、正面から聞く。


「王族に向けるべきではない間合いでした」

「模擬戦でありながら、まるで実戦のような圧があった」

「婚約者として共に立つべき相手から向けられるものとして、私は――正直に申せば、受け入れ難いと感じました」


 受け入れ難い。

 便利な言い方だ。

 怖い、でもなく。

 嫌だ、でもなく。

 受け入れ難い。

 自分の側の問題に見せながら、相手の側に欠陥があるように響かせられる。


 エドワードは続けた。


「強さと、妃としての適性は別です」

「勝てるかどうかではなく、どう支えるか、どう共に立つかが問われる立場だと思っています」

「その意味で、私には……未来が見えませんでした」


 そこまで言って、王子はようやく少しだけ息を吐く。

 言いたかったのはたぶんここだ。

 三度負けたことそのものではなく、そのあともなお自分の立場を保てる言葉。

 “私は勝てなかった”ではなく、

 “この相手は妃に向かない”。

 そう言い換えることで、ようやく立っていられるのだろう。


 学院長は頷き、次に教師陣へ視線を移した。

 剣術教師レイモンドはすぐには口を開かない。

 代わりに魔術教師クラウスが先に言葉を選んだ。


「力量そのものについては、私も異論はありません」

「ただ……三度目の模擬戦における魔術の扱いを見ても、ヴォルディア侯爵令嬢は極めて実戦寄りの判断をなさっている」

「学院での教育、あるいは宮廷で求められる様式とは、やや方向が異なるように感じました」


 方向が異なる。

 これもまた便利な言葉だった。

 危険だ、向かない、相応しくない。そう断じるにはまだ足りない時、よく使われる曖昧でよく切れる刃。


 高位貴族の令嬢の一人が、学院長の許しを得て意見を述べる。


「失礼ながら、わたくしも殿下のお考えに近い印象を持ちました」

「ヴォルディア侯爵令嬢の実力は確かに素晴らしいものです」

「ですが、それがそのまま妃としての資質と一致するかと申しますと……」


 言葉の置き方が丁寧すぎる。

 だから余計に分かりやすい。

 切る時の言葉は、たいてい丁寧だ。


 別の男子生徒――王子に近い子爵家の嫡子が続く。


「王族に必要なのは、勝つことだけではありません」

「周囲へ与える印象や、立場に応じた振る舞いもまた重要です」

「その観点から見た時、ヴォルディア侯爵令嬢は少々、武が立ちすぎるのではないかと」


 武が立ちすぎる。

 軍閥の家の娘へ向けるには、ちょうどいい偏見混じりの言葉だ。

 それをそのまま会議の文脈へ滑り込ませるあたり、彼もまた貴族社会にうまく適応している。


 はい、所見の読み上げね。


 ナタリアの中で、乾いた笑いに似たものがひとつ浮く。

 まだ表には出さない。

 出さなくても十分に見えているからだ。


 学院長がセラフィナの方を見る。


「ルミエル伯爵令嬢。あなたは模擬戦の発端にも立ち会っております」

「率直な所感を聞かせてください」


 セラフィナは肩を揺らした。

 呼ばれると分かっていたはずなのに、実際に視線が集まると怯んでしまう。

 それでも、逃げるわけにはいかない。

 逃げたところで、自分が無関係になれるわけでもない。


「わたくしは……」


 声が少し掠れる。

 水差しの方へ目をやり、でも手を伸ばさない。

 ああいう時に手をつけると余計に注目を集めることを、本能的に知っているのだろう。


「最初に拝見した時、とてもお強いのだと思いました」

「その……少し、怖いとも感じました」

「けれど、悪い方だと思ったわけではありません」


 言い方が曖昧だ。

 責めたくない。

 でも自分の最初の感覚も否定したくない。

 責任は取りたくない。

 けれど完全に無関係でもいたくない。

 そういう時の喋り方だ。


「ただ……王子妃として考えた時に、あの強さがそのまま望ましい形なのかは、わたくしには……」


 言い切らない。

 そこを誰かに埋めてもらうような言い方をする。

 場慣れしているのか、していないのか、そのどちらとも言えない。

 たぶん彼女は、そうやって上位に判断を委ねることで自分の立場を保ってきたのだろう。

 柔らかく見えて、かなり序列に忠実な喋り方だった。


 ナタリアはようやく口を開いた。


「よろしいでしょうか」


 学院長が頷く。


「もちろんです。ヴォルディア侯爵令嬢」


 会議室の空気が、そこでわずかに張る。

 全員が待っている。

 取り乱すか、怒るか、泣くか。

 少なくとも、少しは感情を見せると期待している。

 そういう期待があるのが分かる。


 ナタリアはそれを外す。


「ご安心ください」


 第一声がそれだった。


「流れは理解しております」


 学院長の目がほんの少しだけ細くなる。

 エドワードは眉を寄せる。

 セラフィナは息を詰めた。


「模擬戦の勝敗それ自体では通らなかったため、妃としての適性審査へ移行なさったのですね」

「大変分かりやすい整理だと思います」


 静かな声だった。

 けれど逃がさない。

 “整理”という言葉を使いながら、その実、論点の差し替えだと明言している。


 子爵家の嫡子が顔をしかめる。


「そういう言い方は――」


「違いますか?」


 ナタリアはすぐに返す。


「殿下の求めに応じ、三度の確認を行いました」

「剣術のみ。一度目」

「同条件での再確認。二度目」

「魔術を含めた条件変更。三度目」


 事実を机の上へ並べる。

 それだけだ。

 だが並べられると、どこから適性の話へ移ったのかが急にはっきりする。


「その全てが終わった結果として、いまここで問われているのは勝敗ではなく適性です」

「ですので、勝敗では否定しきれなかったという理解でよろしいのかと」


 会議室が少しだけ凍る。


 学院長は咳払いもできず、魔術教師は手元の紙を押さえ、セラフィナは下を向く。

 エドワードだけが、そこで苛立ちを隠しきれなくなった。


「私はそんなことを言っているのではない!」


「もちろんでしょう」


 ナタリアは即座に頷く。


「そのようにおっしゃってしまっては、格好がつきませんもの」


 それで完全に室内の空気が変わる。

 皮肉が強くなった。

 だが怒鳴っているわけでもなく、礼も崩していない。

 だからこそ一番痛い。


 エドワードは言い返そうとして、少しだけ言葉に詰まった。

 負けた直後に言っているのではない。

 三度負けたあとで、なお“適性”の話をしている。

 その事実をそのまま見せられると、正面から否定しにくい。


 学院長がそこで割って入る。


「ヴォルディア侯爵令嬢。本件は、あなたの模擬戦での行動が、王子妃候補として望ましいかどうかを――」


「ええ、承知しております」


 ナタリアは言葉を重ねた。

 止めるというより、先回りする。


「結果が動かない時には、評価項目を増やすのが一番早いでしょうね」

「強さではなく、品位。適性。支え方。どれも便利な項目ですわ」


 便利な項目、という言い方に、高位側の令嬢が露骨に嫌な顔をした。

 その反応を見て、ナタリアの中でまた既視感が深くなる。


 結論は先にある。

 それを通すための“評価項目”だけが増えていく。

 言葉を変え、書類の見出しを変え、誰も責任を取らないまま、裁定だけが進む。

 ああ、本当に知っている。

 紙コップのぬるいコーヒーまで思い出しそうなほどだ。


 セラフィナがそこで、小さく首を振った。


「わたくしは……そんなつもりでは」


 やはりそこへ来る。

 ナタリアはそちらへ視線を向ける。


「そうでしょうね」


 否定しない。

 むしろ肯定してあげる。


「そのつもりではなかったのでしょう。分かっています」


 セラフィナの顔に、一瞬だけ救いを見たような色が差しかける。

 だが、ナタリアは続ける。


「そのつもりではない方が、始末が悪いだけで」


 今度は本当にセラフィナが沈黙した。

 責められたからではない。

 あまりに正確だからだ。


 学院長が深く息を吐く。

 彼もまた、もう十分分かっているはずだ。

 この会議が、ナタリアにとってただの会議でしかなくなっていることを。

 だからこそ彼女は、泣きもしないし縋りもしない。

 資料の並び方、席の配置、言葉の選び方。

 全部を処理している。


 ここで王家側の文官が初めて口を開いた。


「学院長」

「一点、王家側として確認したい」


 細身の男で、感情の出し方が非常に少ない。

 彼が口を挟むだけで、場の空気が少しだけ締まる。

 学院内の問題だったものへ、王家の視線が正式に入るからだ。


「どうぞ」


「殿下は、婚約の維持が困難であると判断なさっているのですか」

「それとも、なお改善の余地を前提とされているのですか」


 かなり冷たい聞き方だった。

 好悪の感情ではなく、分類の確認。

 ここでもまた、ナタリアの胸に奇妙な既視感が広がる。

 責任者がはっきり言わない時、横から“分類だけ”を問う声。

 ああ、やっぱり知っている。


 エドワードは、その問いで初めて逃げ場を失った顔をする。


 維持が困難か。

 改善の余地か。

 つまり、切るのか、残すのか。

 そこを王家側に明言させられる。


 王子は少し黙り、それから、視線を逸らさずに言った。


「……私には、ナタリア・ヴォルディアと共に立つ未来が見えません」


 それが答えだった。

 改善ではなく、不適。

 再教育ではなく、解消。

 言い換えれば、ここで婚約を切るということ。


 文官は頷き、それ以上の感想を一切挟まない。


「承知しました」


 ただ、それだけ。


 学院長は目を閉じるようにして一拍置き、それから言った。


「学院としても、このまま婚約関係を維持するのは適切でないと判断します」

「殿下とヴォルディア侯爵令嬢の婚約は、本件をもって解消するのが妥当かと」


 とうとうそこまで来た。


 会議室は不思議なほど静かだ。

 誰も泣かないし、怒鳴らない。

 むしろ静かすぎる。

 それがかえって、裁定の重さを際立たせる。


 セラフィナは青ざめたまま、何も言えなかった。

 高位の令嬢たちはほっとしたような、怯えたような、複雑な顔をしている。

 教師たちは苦い顔。

 王家側の文官だけが最初から最後まで変わらない。


 ナタリアはその全部を見て、それから一礼した。


「承知いたしました」


 たったそれだけ。

 崩れもしない。

 縋りもしない。

 抗議もしない。


 そのあまりの淡々さに、逆に何人かが息を呑んだ。


 ナタリアの中では、もうかなりはっきりした感覚があった。


 はい、閉じ。


 そう考えた瞬間、胸の奥で何かがひっくり返った。


 婚約終了。

 王家との関係再整理。

 学院在籍の扱い確認。

 実家への報告。

 次の居場所の確保。


 そこまで自然に並んでしまったことで、逆に既視感が限界を超える。


 これは初めてじゃない。

 知っている。

 閉じた案件のあとに来る、あの妙に静かな整理。

 撤収。

 再配置。

 次工程。


 会議室の空調が少し乾いている。

 机の上のグラスには誰も手をつけていない。

 紙の匂い。

 コピー紙。

 紙コップ。

 誰かが言う、「課長、これ今日中で」。

 別の誰かが「一応確認なんですけど」と前置きする。

 朝のホーム。

 押し合う人波。

 右肩に食い込む鞄。

 安全靴の重さ。

 金属の匂い。

 ブレーキ音。

 黄色い線。

 足が空を踏む。


 ――藤堂隆幸。


 名前が、突然落ちてきた。


 四十八歳。

 大手ゼネコン営業課長。

 通勤中、満員のホームから押し出され、転落。轢死。


 記憶が雪崩れる。

 現場。

 図面。

 説明会。

 値切り。

 差し戻し。

 理不尽なやり直し。

 謝罪。

 工程表。

 安全靴。

 会議室。

 ぬるいコーヒー。

 「君のためを思って」。

 「先方も悪気はないんだよ」。

 「こっちでうまく吸収して」。


 ああ、そういうこと。


 ナタリアはようやく、ほんのわずかに息を吐いた。


 その小さな変化に気づいた者は、この場には誰もいない。

 会議はもう終わりつつあり、学院長は形式的な終結の言葉を述べ、文官は記録を閉じ、エドワードは自分の言葉の重みをようやく感じ始めている。


 ナタリアは席を立ち、最後にもう一度だけ礼をした。


「失礼いたします」


 声はまだ、侯爵令嬢のものだった。

 だが中身は、もう完全に繋がっている。


 会議室の扉を開ける。

 乾いた空気が切れ、廊下の少し冷たい気配が肌を撫でた。


 数歩だけ歩いて、止まる。


 婚約は終わった。

 そしてようやく、自分が誰だったのかまで繋がった。


 ナタリア・ヴォルディア。

 藤堂隆幸。

 どちらかが消えるのではない。

 今まで薄く混ざっていたものに、ようやく名前と履歴が通っただけだ。


 彼女は壁へ軽く指を触れ、その冷たさを確かめるように目を閉じた。


 終わった。

 次は撤収と再配置。


 その考え方が、あまりにも自然だった。


 悲しみがないわけではない。

 だが先に来るのは感情ではなく、整理だ。

 どう動くか。

 どこへ行くか。

 何を切って、何を持っていくか。


 閉じた案件のあとに残るのは、次の現場だけだ。


 ナタリアは目を開け、まっすぐ前を見た。

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