第34話 まとめてやってきてくれ
朝のギルドは、いつも通りに騒がしかった。
扉を開けた瞬間に、木の床の軋み、朝酒の残り香、湿った外套の匂い、金具の擦れる音がまとめて押し寄せてくる。依頼票の前にはすでに人が群れていて、受付の前では三組ほどが順番を待っていた。王都の朝は早いが、ギルドの朝はそれよりさらに早い。街が本格的に動き出す前に、面倒ごとの芽も動き出すからだろう。
ナタリアは人の流れをひとつ避け、掲示板の前へ寄った。
その足元を、ポンタが当然のようについてくる。
「今日は早いの」
「普通でしょう」
「主基準ではそうかもしれぬが、人間はそうでもないぞ」
「貴方、最近は人間側の顔をして言うわね」
「便利だからの」
掲示板の前は混んでいたが、少し横へ流れるだけで上位寄りの票は見える。C、D、E、F。依頼の紙そのものは変わらないのに、そこへ集まる人間の顔は少しずつ違う。余裕があるというほどではない。ただ、自分がどのあたりに立っているのかを知っている顔が増える。
その時、横から影が差した。
「いた」
レオナだった。
今日は普段通りの冒険者装束だが、肩の力の抜け方が少しだけ軽い。まだ票を取っていないのだろう。掲示板の前に立つ姿が自然になってきた気がした。
「早いわね」
「あなたも」
ナタリアがそう返すと、レオナは少しだけ笑う。
「今日は何かある気がしたのよね」
「勘?」
「半分くらいは」
そのタイミングで、奥の机からバルドが顔を上げた。
こちらを一度見て、すぐに手元の票を四枚まとめて持ち上げる。呼ばれるより先に、ああそういう日か、と分かる持ち方だった。
「おい」
短く呼ばれて、ナタリアとレオナは同時にそちらへ寄る。
ポンタも当然のように一緒だ。
バルドは票を机へ並べた。
「Cが一本、Dが三本」
その上で、指先でざっと位置を示す。
「郊外の境目周りだ」
「方向が一緒なんだわ」
「人いねえから、まとめてやってきてくれ」
レオナが票を覗き込みながら、わずかに眉を上げる。
「もう完全に二人で回す前提なのね」
「終わる方へ投げてるだけだ」
バルドは悪びれない。
ナタリアは並べられた票をざっと読む。
一枚目。
街道脇のキラービーの巣撤去。D。
二枚目。
外れの水場のジャイアントトード処理。D。
三枚目。
境目寄り排水路のジャイアントラット処理。D。
四枚目。
古い荷置き場と半放棄倉庫群に広がりかけたコボルト小群れ処理。C。
なるほどと思う。
どれも単発で見ればそこまで重くない。だが、散らして投げれば誰も喜ばない面倒ばかりだ。しかも方向が揃っている。まとめて回る方が早い。
「順番はこちらで切っていいの?」
ナタリアが聞くと、バルドは即答した。
「終わるなら好きにしろ」
「雑ね」
「細かく言うより、お前が切った方が早いだろ」
そこへ、窓口の方からミリアが小さく言葉を挟んだ。
「境目の実務側からも、できればお二人でお願いしたいと来ています」
レオナがそちらを見る。
「そこまで言われるようになったのね」
「前の荷隊の件と、その前の複数処理の件で」
ミリアは少しだけ口元を緩める。
「報告が読みやすいと」
「あと、喋る従魔付きのCの方なら、話が早いだろうと」
ナタリアは一瞬だけ目を細めた。
「その覚え方なのね」
「通っているなら十分じゃない?」
レオナが面白がるように言う。
ポンタは胸を張った。
「妾の功績が広まっておる」
「半分もないでしょう」
「半分はあるぞ」
バルドが机を指で叩く。
「で、どうする」
ナタリアはもう順番を頭の中で切っていた。
朝のうちに蜂。往来が増える前に処理したい。
次に水場。馬と人足が本格的に動く前がいい。
排水路は戻りでも間に合う。
最後に本命のコボルト群れ。倉庫群でまとめて締める。
「最初にキラービー」
ナタリアが言う。
「次に水場」
「戻りで排水路」
「最後にコボルト」
レオナは票を一度見てから、すぐに頷いた。
「蜂は人が増える前」
「水場は昼前」
「鼠は戻りでいい」
「コボルトは最後にまとめる」
「ええ」
「分かったわ」
バルドはそれで十分という顔になる。
「報告はまとめていい」
「分けた方が早けりゃ分けろ」
「だが読む側が詰まる形で返すな」
「読む側を詰まらせたことはないわ」
「自覚があるやつほど一回はやってるもんだ」
そのやり取りを聞きながら、ミリアが別の帳面へ控えを書き込んでいる。
手際がいい。こちらの順番を信じている動きだ。
「では、境目側にはその順で動くと伝えておきます」
「お願い」
「お気をつけて」
ギルドを出る頃には、王都の朝はもう明るくなっていた。
人通りも増え始めている。荷車が多い。街道へ出る前から、今日のうちに片づける意味が分かる流れだった。
境目周りは、王都から隣街へ抜けるには少し半端な位置にある。
完全に王都管理でもない。
だからこそ面倒が溜まる。
大きくはないが、物流と往来に確実に響くものが、誰にも大事にされきらないまま残る。そういう場所だ。
最初の現場は、街道脇の木立だった。
低い枝に、灰がかった大きめの巣がぶら下がっている。見た目は普通の蜂の巣に近い。だが巣穴の数が多く、周囲を飛ぶ羽音も少し高い。街道の片側を歩く人間が、明らかにその木立だけを避けている。
境目側の見張り番が一人、木立の少し手前で待っていた。
まだ若い男だ。槍は持っているが、近づく気はなかったらしい。こっちを見て、少しだけほっとした顔になる。
「助かります」
最初にそう言った。
無駄な見栄がないのはいい。
「このままじゃ荷車がもう一本外へ寄るしかなくて」
「人はどのくらい通るの?」
ナタリアが問うと、男はすぐ答える。
「今はまだ少ないです」
「でも、あと一刻もすれば一気に増えます」
「なら先にやるわ」
木立を見る。
巣はひとつ。
だが、外に回っている個体が見える。
ポンタが耳を立てた。
「枝の裏、まだおる」
「上に回りかけが二つ」
「巣の内にも多い」
レオナが剣の柄へ手をかける。
「どうする?」
ナタリアはフォルティウスへ手を伸ばした。
鞘から抜く。朝の光を受けて、細身の刃が静かに返る。
見張り番が、その剣へ一瞬だけ目を止めた。
ただの細剣ではないと感じたのだろうが、そこまで考える余裕はないらしい。蜂の方が切実だ。
「人は左へ寄せて」
ナタリアが言う。
「街道の幅をひとつ空ける」
「通す人間は止めないで」
レオナがすぐに見張り番へ向き直る。
「ここから先、しばらく近寄らせないで」
「左へ通すわ」
「馬もそっち」
「は、はい」
言葉の通し方が早い。
ナタリアが切った線を、そのまま現場の人間が動ける形へ落としていく。
フォルティウスの刃に、薄く風が乗る。
派手な揺らぎではない。
光が少しだけ乱れる程度。
切っ先を払う。振り抜くのではない。空気の流れだけを整えるように、短く、鋭く。
次の瞬間、枝の裏に回り込んでいたキラービーの軌道がまとめて乱れた。
高く散らず、下へ落ちる。
巣の前へ固まる。
レオナがそこでわずかに目を見開いた。
「……普通に飛ばすのね」
「飛んでるでしょう」
ナタリアは視線を巣へ置いたまま返す。
残り二つ。
ひとつが高く抜けかけたのを、今度は刃へ薄い雷を這わせて切っ先から弾く。
細い光が走り、羽音が一度だけ高く裂けて、個体が落ちた。
もうひとつはレオナが取る。
一歩踏み込み、跳ね上がるような斬撃で落とす。
地面へ落ちたところへ、ナタリアが巣を払った。
巣そのものを焼かないのは、街道脇の木立を余計に荒らしたくないからだ。
刃と風で外殻を崩し、落ちたところを短く処理する。
羽音が止まる。
周囲の空気が一段だけ軽くなった。
見張り番が、思わずという顔で言う。
「早……」
「通して」
ナタリアがそれだけ言うと、男は慌てて街道の方へ向き直り、待たせていた人足と荷車を左へ流し始めた。
レオナが巣の残骸を見ながら小さく息を吐く。
「できるなら、最初からもっと使えばよかったんじゃない?」
ナタリアはフォルティウスを拭いながら答える。
「できるけど、寄せてなかっただけよ」
「剣で足りる相手なら、その方が早いもの」
「なるほどね」
レオナの声は少し楽しそうだった。
「飛んでる相手には、普通に使うのね」
「飛んでるでしょう」
「さっきと同じ返し」
「同じ理屈だもの」
ポンタが足元で胸を張る。
「主はやればできるのじゃ」
「偉そうね」
「偉いからの」
見張り番が戻ってきた時には、もう街道の流れは戻り始めていた。
「本当に助かりました」
「巣の位置が悪かっただけよ」
「それでも、こっちじゃ手が出せなくて」
「次に作らせない方が大事ね」
「枝を少し払って、陰を減らしておいて」
「分かりました」
そこで終わる。
見張り番の顔には、助かった以上のものがあった。強い人間を見た顔ではなく、面倒ごとを止めずに消していく側を見た顔だった。
次は外れの水場だった。
街道から少し外れた低地。小さな石組みの井戸と、馬に水を飲ませる浅い槽がある。周囲の土はぬめり、足跡が深く残っていた。ジャイアントトードが出るには、たしかにちょうどいい。
水場番の老人が、槽の向こうを指差す。
「朝に二匹、昼前にもう一匹見た」
「石の陰に潜るんだ」
ポンタが先に水際へ鼻を向けた。
「左の石裏、一つ」
「奥のぬめりの中に二つ」
「もう一つは水の縁じゃ」
「見てるわ」
ナタリアは水場の足場を一度見る。
正面はぬめる。
右は深い。
左の乾いた筋だけがまともだ。
「右は踏まない」
「レオナ、奥をお願い」
「私は石裏から取る」
レオナはすぐに頷く。
「左を使うわ」
「水際へ寄らせない」
言葉が短い。
それでも足りる。
もう説明を重ねなくていい段階に入っている。
最初のジャイアントトードは石裏から跳ねた。
大きいが、鈍い。
ただしぬめりの上だと、その鈍さが逆に嫌になる。足を取られる。
ナタリアは自分から深く踏み込まない。
フォルティウスを半身のまま振り下ろし、喉の下を短く裂く。
水際の二匹はレオナが横から処理する。
剣を大きく振らず、逃げる筋だけを塞いで落とす。
その間に、最後の一匹が水槽の陰から出た。
「右下」
ポンタの声。
ナタリアが半歩だけずれ、刃ではなく蹴りで向きを変える。
そこへレオナが入って終わる。
短い。
だが、水場の処理はそれで十分だった。
老人が、ぬめりの残った石を見て眉を寄せる。
「倒して終わりじゃないんだろう?」
「ええ」
ナタリアはそう言って、水場の縁に溜まった粘液を見た。
「ここも落とす」
「滑るから」
レオナが桶を借りて水を流し、ナタリアが石を削る。
戦闘の後始末というより、場所を戻す作業に近い。
老人はそれを見て、少しだけ笑った。
「助かるのは、そういうところだ」
「使えなきゃ意味がないでしょう」
レオナが横で水を払う手を止めずに言う。
「この人、そういう考え方なのよ」
「見てれば分かる」
老人は答えた。
その返しが、奇妙に腑に落ちた。
排水路へ着いたのは、日が少し高くなってからだった。
境目近くの石壁沿い。
流れは弱く、湿り気が強い。
ジャイアントラットが居着くには十分な場所だ。
荷道からも近い。放っておけば、いずれ荷袋の方へも来るだろう。
ここは派手さがない。
だが放置した時の面倒はよく見える。
排水路脇の管理人が、こっちを見るなり安堵した顔になる。
「まとめて回ってるって聞いてたが、本当に来たか」
「そのつもりで出てるもの」
ナタリアが答えると、男は苦笑した。
「こういうの、後回しにされがちでな」
「今日は戻りでちょうどよかっただけよ」
ポンタが先に潜みを拾う。
「壁の裂け目に二つ」
「水の縁に一つ」
「奥へもう一つおる」
ナタリアは排水路全体を見る。
鼠そのものより、逃げられた後が面倒だ。
ここは狭い。レオナが人の導線を見て、ナタリアが潰す方が早い。
「通る人、止めて」
ナタリアが言うと、レオナがすぐ管理人へ向く。
「少しだけ空けて」
「今、人を通すと鼠が散る」
「分かった」
短いやり取りの後、ナタリアは壁沿いへ入る。
ジャイアントラットは普通の鼠より硬く、動きも早い。だが、見えているなら処理は難しくない。問題は見えない奥だ。
一匹目を壁へ押し付けるように切る。
二匹目は水際へ逃げる前にレオナが落とす。
奥へ回った個体は、ポンタの声で位置を拾い、ナタリアが短剣で止めた。
フォルティウスを抜く必要もない。
こういう場所は、手に合った方が早い。
終わる頃には、排水路の空気そのものが少し変わっていた。
獣臭が消え、湿りの嫌な濃さも薄れる。
管理人が素直に言う。
「こういうのをまとめて終わらせてもらえると、本当に助かる」
「溜まると面倒でしょう」
「面倒どころじゃない」
「こういうのは一件ずつ小さいから、余計に残る」
その言葉はよく分かった。
大きいものは誰かが見る。小さいものほど、細かいものほど、面倒の総量は増えるくせに、誰の仕事か曖昧になる。だから残る。
「報告には、水路の流れは戻ったと書いておくわ」
ナタリアがそう言うと、管理人は少し驚いた顔をした。
「そこまで書くのか」
「読む側が分かる方がいいでしょう」
「……ああ」
男は納得したように頷いた。
「やっぱり、お前さんか」
「あの喋る従魔付きの、まとめて終わらせる方」
ナタリアは顔をしかめた。
「その覚え方、定着してるのね」
レオナが小さく笑う。
「通ってるなら十分じゃない?」
「そういうものかしら」
「そういうものよ」
最後が本命だった。
隣街との境目寄り。
古い荷置き場と、半ば使われなくなった倉庫が並ぶ一角。
完全な廃墟ではない。時々物を置く。だからこそ面倒なのだ。人が消え切らない場所ほど、小さな魔物は根付きやすい。
革紐の切れ端。
齧られた木箱。
干し肉の包みが破られた跡。
コボルトらしい散らかり方だった。
「数は?」
レオナが低く聞く。
ポンタが鼻を上げる。
「表に三」
「中に四」
「奥にもう少しおるな」
「散る気満々じゃ」
「そう」
ナタリアは倉庫の配置を見る。
表から入れば散る。
奥へ抜ける筋が二つ。
右の崩れた壁、左の荷置き場の陰。
表の三体は囮に近い。
「右から削る」
ナタリアが言う。
「左へ散らせない」
「奥は私が見る」
レオナはすぐに位置を変える。
「左は見てる」
「外へ出るのは取る」
ポンタがさらに言う。
「奥の一つ、少し大きいの」
「頭か」
「そんなところじゃ」
ナタリアはフォルティウスを抜いた。
ここで魔法は使わない。倉庫が近すぎるし、必要もない。
剣で足りる。
足りる場面で足りるものを使う。それだけだ。
表の三体がこっちに気づいた瞬間に散った。
右へ二、左へ一。
左へ向かった一体はレオナが取る。
右の二体へナタリアが入る。
切るより先に、逃げ筋を潰す。
一体を壁へ追い込み、もう一体の向きが変わったところへ刃を入れる。
奥からさらに二体が出る。
ポンタが声を飛ばす。
「奥、来る!」
「見てる」
ナタリアが短く返し、そのまま一歩深く入る。
この倉庫群は、追えば散る。
だから追わない。
出させる位置を先に決める。
レオナが左から回り込み、荷置き場の陰を塞ぐ。
その動きで、奥のコボルトが外へ出る筋をひとつ失う。
そこでナタリアがさらに一体落とす。
大きい個体が出たのはその後だった。
頭格と呼ぶほどではない。
だが他より少しだけ体格がよく、目つきも違う。
そいつが奥へ戻ろうとしたところへ、ポンタが鼻先で示す。
「右!」
ナタリアは一息でそこへ入る。
フォルティウスの切っ先が、逃げる向きの肩口へ浅く入る。
深くはない。
だが十分に止まる。
止まったところを、レオナが横から締めた。
残りはもう散れない。
倉庫の奥でぐるりと回るだけだ。
ナタリアは追い込まず、出る位置を狭める。
レオナがその外側を見ている。
ポンタが奥の死角を拾う。
「左の箱裏、まだ一つ」
「梁の下にもおる」
「見てるわ」
最後の一体が飛び出したところで終わった。
戦いそのものは長くない。
だが、散らさず、戻らせず、根付きかけの場所をまとめて締めるには、単純な討伐よりずっと順番が要る。
静かになった倉庫群を見渡し、ナタリアは短く息を吐いた。
「終わり」
レオナが剣を払う。
「ええ」
「戻りもなさそうね」
「奥、もうおらぬ」
ポンタがそう言って、いかにも自分の手柄だという顔をする。
「ここから先は撤去と確認ね」
ナタリアが言うと、レオナもすぐに動いた。
切れた革紐、齧られた袋、散った干し肉の残り。完全には片づけなくていい。だが、すぐ使う場所だけは戻す。再発しやすい隙も見る。
仕事は討伐だけでは終わらない。
倉庫番の男が少し離れたところからそれを見ていた。
処理が終わったのを見てから近づいてくる。
「……早いな」
「散らさなかったから」
ナタリアが答えると、男は頷く。
「前に来たやつは、追い回して余計に奥へ潜らせた」
「結局、次の日また呼んだ」
「そういうやり方だったのね」
「だが、お前さんたちは違う」
男はそこで少しだけ目を細めた。
「ああ、あの喋る従魔付きのCか」
「まとめて終わらせるって聞いてたが」
「その覚え方、本当に便利そうに広がるわね」
ナタリアが言うと、男は笑った。
「仕事が終わるなら、呼ぶ側は細かいことを気にしないもんだ」
それは、妙に腑に落ちる言葉だった。
ギルドへ戻った頃には、日が傾きかけていた。
朝に出て、四件をまとめて回って、それでもまだ街の明るさは残っている。順番が良かったのもある。だが、二人で動く形が噛んでいたのが一番大きい。
窓口へ寄ると、ミリアがすぐに顔を上げた。
「お帰りなさいませ」
「戻ったわ」
「どうでしたか」
「全部終わった」
ナタリアは票を机へ置き、そのまま報告の順に入る。
「最初に街道脇のキラービー」
「通行再開済み。低枝の処理も指示済み」
「次に外れ水場のジャイアントトード。ぬめりも除去」
「戻りで境目排水路のジャイアントラット。流れは戻った」
「最後に荷置き場と倉庫群のコボルト小群れ。根付き前で処理完了」
「再発注意は、倉庫裏の干し肉管理と革紐の保管」
「あと、水場は今日明日でもう一度人に見させた方がいい」
ミリアの手が途中で一瞬止まり、すぐにまた動く。
「……全部終わった上に、そこまでまとまってるんですね」
「読む側が詰まるでしょう」
「助かります」
その声は、本気でそう思っているものだった。
奥の実務机にいた男が、こちらを見て小さく呟く。
「やっぱり早えな」
その隣の別の人間が返す。
「喋る従魔付きのCだろ」
「細けえのまとめて終わらせるってやつ」
ナタリアはそれを聞こえないふりで流した。
訂正するほどでもない。
機能として通っているなら、いまはそれでいい。
レオナが横で小さく息を漏らす。
「もう完全に、その呼ばれ方で固まってきたわね」
「不本意だわ」
「でも便利」
「便利ならいいの?」
「呼ぶ側はそういうものよ」
ミリアが帳面を閉じる。
「実務側からは、次も境目周りで何かあればまず声をかけたいと」
「早いわね」
「今日の分を見れば、そうなると思います」
ナタリアはそれにすぐ返事をしなかった。
だが、断る理由も思いつかない。
使われるうちは、まだ使い道があるということだ。
レオナがそこで、少し肩を回しながら言った。
「もう完全に“この二人で”になってきたわね」
ナタリアは報告票の端を揃えながら答える。
「終わるなら、別に構わないわ」
レオナが笑う。
「そういう返し方すると思った」
「何て言えばよかったの」
「少しは嬉しそうに」
「難しいわね」
「知ってる」
その会話の間にも、ギルドの空気は動いている。
新しい依頼票が貼られ、別の冒険者が窓口へ呼ばれ、実務机にはまた細かい紙が増える。軽い依頼が多かったのではない。軽いものを軽いまま放っておかず、まとめて片づける側へ回り始めているだけだ。
ナタリアはフォルティウスの柄へ、無意識に一度だけ触れた。
今日使ったのはほんの一度、蜂に対してだけだった。
だがそれで十分だった。
必要な時に必要なだけ使う。それでいい。
ポンタが足元で満足そうに耳を動かす。
「主よ」
「何」
「今日も妾が有能じゃったな」
「貴方もね」
「“も”とは何じゃ」
「そこまで欲張るの」
「当然じゃ」
レオナが笑いをこらえきれない顔で言う。
「ほんと、目印としては完璧ね」
「不本意だわ」
「でも便利」
「今日それ、二回目よ」
ギルドの扉の向こうでは、王都の夕方が少しずつ深くなっていた。
細かい依頼は、明日もまた増えるだろう。
そして、きっとまた誰かが言うのだ。
あの二人で回してくれ、と。




