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断罪された侯爵令嬢は、戦場で完成した。なお中身はおっさんである  作者: 月白ふゆ


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第31話 Cの最初の仕事

 Cの依頼票は、紙の色こそ他と大差なかったが、並ぶ文言の匂いが少し違った。


 朝のギルドはいつも通りうるさい。酒の残りを引きずった笑い声、木靴の硬い音、椅子の脚が床をこする嫌な擦れ。依頼票の前では朝一番から肩のぶつけ合いが起きていて、受付ではミリアがもう三人まとめて捌いている。何も変わらないように見える。けれど、手に取る紙の内容だけは少しずつ違った。


 広さ。

 責任。

 戻りの処理。

 誰が死ぬかより、誰を死なせないで済むか。

 そういう言葉が、FやEや軽いDより明らかに増える。


 ナタリアは依頼票の列を見て、手を伸ばしかけ、止めた。

 まだ慣れていない。

 迷っているわけではないが、手が一拍だけ慎重になる。

 前より上へ来たのだから当然だ。置かれる場所が変われば、見るべき文字も変わる。


「悩んでおるの」


 足元からポンタの声がした。


「悩んでないわ」


「その顔は少し考えておる顔じゃ」


「考えてるだけよ」


「世ではそれを悩むと言うのではないか」


「貴方の“世”の基準は信用してないの」


 ポンタは仔犬めいた姿のまま耳をぴくりと動かした。最近はギルドの床へ座っていても、ほとんど誰も「犬が喋った」といちいち止まらない。見られはする。だが、驚きの質が変わった。珍獣を見る目ではなく、ああまたあれか、くらいの慣れが混じり始めている。その変化もまた、ナタリアにとってはギルドが少しずつ自分の居場所になっている証拠だった。


 少し離れた掲示板の前に、レオナがいた。

 今日も長身がよく目立つ。鍛えられた身体の線は服の上からでも分かり、立っているだけで妙な圧がある。だが、その圧に近寄りがたさだけがあるわけではないのがレオナの不思議なところだった。元騎士らしい硬さはある。けれど、声をかけるなと言っているわけでもない。だから若い冒険者が少し離れたところからちらちら見ていても、不思議と誰も苛立たない。


 ガレスの姿は今日は見えなかった。

 というより、見えない日が普通なのだろう。必要な時だけいる。必要な時以外、何をしているのかよく分からない。そういう男だった。


 ナタリアがもう一度Cの依頼票へ目をやった時、横から影が差した。

 バルドだった。


 何も言わずに、一枚、票をこちらの胸元へ雑に押しつける。

 受け取らなければ落ちる角度だったので、ナタリアは反射で指を伸ばした。


「ほら」


 バルドが言う。


「Cの最初の仕事だ」


 ナタリアは票を見た。

 依頼内容を一息で読み切る。


 近郊林縁。

 低危険度小型魔物討伐。

 同行引率。

 対象、Eランク昇格直後の初心者パーティ。

 単独出撃不可案件。

 補佐監督付き許可。


 少しだけ眉が動いた。


「最初の仕事がそれなの?」


 バルドは即答した。


「だからだ」


「強いだけじゃ足りねえ」


 そういう返しだろうと思った。

 思ったが、思った以上にそのまま来た。


「一人ならまだ出せねえが、パーティだから簡単な討伐までは受けられる」


 バルドが続ける。


「受けられるが、まだ危ねえ」

「E上がりのガキどもの面倒を見てこい」


 依頼票には四人分の名前が並んでいた。

 年齢までは書いていない。だが、バルドの言い方からして、十五か十六か、その辺だろう。ギルドで何度か顔を見ている可能性もある。まだ背の伸びきっていない少年少女が、ぎこちない連携で林の小型を追う姿が頭に浮かんだ。


「育成まで仕事になるのね」


「なる」


 バルドは少しも揺れない。


「あとは下の育成もCの役割だ」


 その一言で、依頼票の見え方が少し変わる。

 Cになったということは、ただ重い討伐へ行くだけではない。下を連れて、死なせず、崩れさせず、戻らせる側にも入るということだ。

 厄介な話だった。

 だが、嫌ではない。

 たぶん、そこが一番面倒だ。


 バルドが顎でレオナの方を示した。


「暇そうなレオナも連れてけ」


 レオナは、暇そうと言われた瞬間にこっちを見た。

 聞こえていたらしい。


「お前も先の仕事だ。見てこい」


 バルドがさらに言う。


 レオナが近づいてきながら、少しだけ笑った。


「ずいぶん雑に巻き込まれるのね」


「雑に呼ぶのはいつものことだ」


 バルドが言い切る。

 そこに悪びれはない。

 レオナは諦めたように肩をすくめた。


「内容は?」


 ナタリアが依頼票を少し上げて見せると、レオナはそれを横から読んだ。


「E上がりのお守り」


「引率付き簡易討伐、だそうよ」


「言い換えが綺麗すぎるわね」


「お守りで十分でしょう」


「そうでもない」


 バルドが短く差し込む。


「放っとけば死ぬ」

「だが、一生見張っても意味がねえ」

「自分で動かせ」

「その加減を見てこい」


 それはもっともだった。

 全部奪えば育たない。

 全部やらせれば死ぬ。

 その中間を取る。

 言うのは簡単だが、実際にやると一番難しい。


 ナタリアは依頼票を見たまま、ふと別のことを思い出した。

 壁にもたれているだけに見えたガレス。

 妙なところで投げてくる短い助言。

 必要な時だけこちらの失敗を先回りするような一言。

 いまになって、その全部の輪郭が少しだけ繋がる。


「……あの頃、変に助言くれてたのはそういうことなのね」


 口に出してから、その相手がいないことに気づいた。

 だが、ちょうどその時、入口の方からガレスが入ってきた。


 聞こえたらしい。


「今さらかよ」


 すぐに返ってきた声は、いつも通りだった。


 ナタリアは視線だけ向ける。


「いたの」


「いま来たんだよ」


「でも聞いてた」


「聞こえたからな」


 ガレスは手を上げるでもなく、そのまま柱の近くへ戻った。

 戻ったが、前みたいにただの壁飾りには見えない。Cになったと知ったあとでは、あの無愛想な立ち方の裏に、何を見ていたのかが少しだけ分かる。


「優しくない言い方するのね」


 ナタリアが言うと、ガレスは鼻を鳴らした。


「助言ってほどでもねえ」

「死なれんのは面倒だっただけだ」


「でも外してなかったわ」


「そりゃ見りゃ分かったからな」


 そのやり取りを、レオナが横で面白そうに見ていた。


「あなたたち、思っていたより前から会話してたのね」


「会話と言えるほどの量はないわよ」


「十分してると思うけど」


 バルドがそこで手を打つ。


「おしゃべりは道でやれ」


「行くぞ」


 それで話は終わった。


 初心者パーティとの合流場所は、王都外れの林道入口だった。

 そこまでの道中、ナタリアとレオナとポンタは並んで歩く。


 今日は軽い。

 少なくとも依頼票の上では。

 小型討伐。

 低危険度。

 ただし初心者同行。

 だからこそ、軽いとは言い切れない。


「どう見る?」


 レオナが訊く。


「子どもたちの方?」


「ええ」


「まだ会ってもいないから」


「そうね」


 レオナは少しだけ髪を払い上げた。


「でも、ああいう子たちって二種類いるでしょう」

「自分たちだけでできると思ってる子と、自分たちだけじゃ無理だと思ってる子」


「両方いる方が面倒ね」


「たいてい両方いるわよ」


 その通りだった。

 前に出すぎる子と、引きすぎる子。声を出しすぎる子と、黙る子。集団はそれだけで歪む。しかも若いならなおさらだ。


 ポンタが足元から言う。


「主は面倒を見られるのか」


「見られるでしょうね」


「自信があるの」


「ないわよ」


 ナタリアは即答した。


「でもやるの」


「それでいいのか」


「仕事なんてだいたいそうでしょう」


 レオナがそこで少し笑う。


「好きよ、その言い方」


 合流場所には、四人が先に来ていた。


 やはり若い。

 十五、六といったところか。

 前衛らしい少年が一人。体格はまだ細いが、肩に力だけは入っている。

 その隣に、勝ち気そうな少女。短めの髪を後ろで結んでいて、視線が鋭い。

 後ろには杖持ちの少女。落ち着いて見えるが、視線が忙しい。

 最後に、補助寄りだろう少年。道具袋の持ち方が慎重すぎる。


 四人とも、こちらを見た瞬間に微妙に固まった。

 ナタリアとレオナの見た目がまず強い。そこにポンタまでいるのだから無理もない。


 最初に口を開いたのは前衛の少年だった。


「えっと……今日、同行してくれる人、ですか」


「そう」


 ナタリアが答える。


「ナタリアよ。こっちはレオナ」


「レオナです。よろしくね」


 レオナは少しだけ柔らかく言う。

 その柔らかさに、後衛の少女が少しだけ息をついたのが分かった。


 前衛の勝ち気そうな少女が、ポンタを見て目を丸くする。


「その子……」


「従魔よ」


「喋るんですか」


「喋る」


 そう言った瞬間、ポンタが胸を張るように前へ出た。


「ポンタじゃ」


 四人の空気がまた少し止まる。

 前衛の少年が一瞬だけ変な顔をしたが、必死に整えた。


「よ、よろしく……ございます?」


「そこは好きにせい」


 ナタリアは小さく息を吐いた。

 こういう時だけ、こいつは妙に嬉しそうだ。


「依頼内容はもう聞いてる?」


 ナタリアが問いかけると、補助寄りの少年が慌ててうなずいた。


「はい。林縁の小型三種、定着前の駆除と確認です」

「角ウサギ系と、小型狼、それから穴潜り系が少し」


「覚えてるのね」


「そのくらいは」


 いい。

 全部が駄目なわけではない。

 むしろ、基本はちゃんとやってきた子たちなのだろう。


 前衛の少年が少しだけ顎を上げる。


「俺たちだけでも行けます」


 言うと思った。

 ナタリアはそこで怒らない。


「そう」


 一拍だけ置いてから続けた。


「じゃあ、死なない程度にやってみなさい」


 その返しに、少年の顔が少しだけ引き締まる。

 軽くいなされるより、ずっと効いたらしい。


 勝ち気な少女が横から言う。


「見られてるってことですよね」


「ええ」


「口出されるんですか」


「必要なら」


「必要なければ?」


「しない」


 少女はそれを聞いて、少しだけ目を細めた。

 不満げではない。値踏みしている顔だ。


 レオナが横から入る。


「今日は見張りじゃなくて、帰るための補助と思ってちょうだい」

「自分たちでやるのは前提」

「でも、死ぬのは前提に入ってないわ」


 その言い方の方が、四人には入りやすかったらしい。

 後衛の少女が小さく頷いた。


 林へ入る前に、ナタリアは四人の装備をざっと見た。

 前衛の少年の剣は少し長い。体格に対して一回りだけ無理をしている。

 勝ち気な少女は短槍。悪くないが、構えが前に寄りすぎる癖がありそうだ。

 後衛の少女は杖と投石具。

 補助寄りの少年は短剣と索敵用の小道具。


「前だけ見ないこと」


 ナタリアは歩き出しながら言った。


「倒したと思ったあとが一番危ない」

「声は早く」

「分からない時は止まりなさい」


 勝ち気な少女が少しむっとしたような顔をする。


「分かってます」


「ならいいわ」


 ナタリアはそれ以上は重ねない。

 最初に長々と言っても、若い子は半分しか聞かない。実際に一度危ない思いをしたあとでやっと、言葉の重さが入る。


 林縁は朝の湿り気をまだ残していた。

 低い草、足首に絡む細枝、乾き切らない土。

 今日の相手は強くはない。だが、初心者にとっては一拍の遅れがそのまま怪我へ繋がる程度には嫌な相手だ。


 ポンタが足を止める。


「前、二つ」


「左にもう一つ」


 ナタリアは四人へ視線をやる。


「聞こえた?」


「はい」


「じゃあ、前衛二人で前を取る」

「後衛は左右見る」

「補助は後衛を見て」


 前衛の少年が少しだけ不服そうに口を引いた。


「俺が前、一人でも」


「二体見えてるでしょう」


「でも――」


「前だけ見ない」


 ナタリアは短く切る。


「いまその癖を直さないと、あとで死ぬわよ」


 それで少年は黙った。

 若い。だが、聞けない子ではない。


 最初の角ウサギは予想より速かった。

 地を這うように飛び出し、前衛の少年が一体目へ意識を取られた瞬間、二体目が斜めへ入る。


「二体目」


 ナタリアが声を飛ばすより早く、勝ち気な少女が槍を振った。

 良い反応だ。

 だが半歩深い。

 踏み込みすぎる。


 角ウサギが槍の外へ抜ける。

 そこへナタリアが一歩だけ入り、フォルティウスの刃先で首元を落とす。浅く、だが十分に。


 血が飛ぶ前に、ナタリアはもう後ろを見ていた。


「前だけ見ない」


 少年へ向けて言う。


「一体目を倒したあと、そこで止まらない」

「次を見る」


「……はい」


 返事は悔しそうだった。

 だが、ちゃんと入っている声だ。


 レオナがすぐ横で補う。


「いまのは悪くなかったわ」

「でも止まったのがまずかった」

「剣を振ったあと、足まで止めないで」


「はい」


 その一言で、少年の肩の硬さが少しだけ抜ける。

 ナタリアにはそれが少し羨ましくもあった。

 自分が言うと、どうしても削る方へ寄る。レオナは同じことを少しだけ受けやすく言える。


 その後も、小さな乱れは何度かあった。


 勝ち気な少女は思った通り前に出すぎる。

 後衛の少女は見えているのに声が一拍遅い。

 補助の少年は慎重すぎて、自分の道具を信じ切れていない。


 だが、どれもまだ修正の範囲だった。


「下がって」


「前だけ見ない」


「倒した後」


「声を先」


 ナタリアの言葉は短い。

 説明より先に、まず止める。

 レオナはそのあとで少しだけ噛み砕く。


「大丈夫、いまのは見えづらい」

「でも次はもう半歩だけ早く」

「いいわ、そのまま」


 その繰り返しで、四人の空気が少しずつ変わっていく。

 最初は“見張られている”だった。

 だが任務の中ほどには、“見られているから崩れずに済む”へ変わり始める。


 小さな穴潜り系が地面の裂け目から二つ同時に出た時、後衛の少女が今度は一拍早く声を上げた。


「右下、二つ!」


 補助の少年も続ける。


「左、戻ります!」


 前衛の二人が同時に向きを変える。

 完全ではない。

 だが、最初よりずっといい。


 ナタリアはその時、手を出さなかった。

 出さなくても届くと分かったからだ。


 前衛の少年が一体を切り、勝ち気な少女が二体目を槍で押し返す。少し崩れたが、今度は止まり切らなかった。後ろの声が早くなったぶん、前も少しだけ速くなる。


「……そう」


 ナタリアが小さく呟くと、レオナが横で目だけ笑った。


「最初より良くなってるでしょう」


「ええ」


「あなた、褒める時も声が同じね」


「そう?」


「そうよ」


 任務後半、林の奥に少し広い空き地が出た。

 そこに最後の小型狼系が三体いる。

 数としては大したことはない。だが、初心者が気を抜くには十分な数だった。


「最後ね」


 ナタリアが言う。


「前二人が一体ずつ見る」

「後ろは中央を見る」

「抜けたら言う前に切る」


 勝ち気な少女が息を吐く。


「言う前に切るって、難しいですね」


「難しいわよ」


「じゃあ言わないでくださいよ、簡単みたいに」


「言葉は軽い方が入るでしょう」


 その返しに、少女が少しだけ笑いそうになる。

 その瞬間、林の空気がわずかに緩んだ。


 そして、その緩みの中で、女の子の一人がぽろりと口を滑らせた。


「ナタリアお姉様、右――」


 声が出た瞬間、本人が自分で目を丸くする。

 続けて、後衛の少女が慌てて言う。


「レオナお姉様も、左見えてます!」


 今度はナタリアの方が一瞬だけ止まった。


「……ここでもなのね」


 思わず口に出る。

 レオナが肩を揺らして笑う。


「もう諦めた方がいいんじゃない?」


「あなたまで巻き込まれてるじゃない」


「悪くない気もするけど」


「私はいま、そこを考えてる余裕ないの」


 そう言いながら、ナタリアは右へ抜けようとした小型狼の鼻先を蹴って向きを変えた。前衛の少年がその隙に切る。勝ち気な少女は自分の相手を押し返し、後衛の少女は今度は一拍遅れずに声を重ねる。


「左、もう一つ!」


 補助の少年が短剣で足を止める。

 レオナがそこへ滑り込み、危なくなる前だけをきっちり切る。


 ほんの短い戦闘だった。

 だが、終わったあとの空気は最初よりずっとまとまっていた。


 前衛の少年が息を切らしながら言う。


「……今の、自分たちで」


「半分はね」


 ナタリアが答える。


「でも最初よりはずっといい」


 勝ち気な少女が槍を下ろしながら、少しだけ眉を寄せた。


「褒めてるんですか、それ」


「ええ」


「分かりづらいです」


「そうかしら」


 レオナが横で笑う。


「この人にしてはかなり褒めてる方よ」


「レオナお姉様基準でもそうなんですか」


「ええ」


 “レオナお姉様”と言われても、レオナはもう特に止めなかった。

 ナタリアだけが少しだけ諦めきれない顔をしている。


 任務を終えて戻る道すがら、四人の空気は最初とまるで違っていた。

 前衛の少年は黙り込んでいたが、あれは拗ねているのではなく、自分の遅さを反芻している顔だ。勝ち気な少女は悔しさを表へ出しているぶん、まだ楽だ。後衛の少女は何度かナタリアを見てから視線を逸らしている。補助の少年は逆に、ポンタへ妙に興味を持ち始めていた。


「その……」


 後衛の少女が少しだけ勇気を出して口を開く。


「私たち、やっぱりまだ危なかったですか」


 ナタリアは少しだけ考えた。


「ええ」


 正直に言う。

 そこで誤魔化しても意味がない。


「でも、最初より良くなった」

「だから次も行ける」


 少女はその言葉を、一度胸の中で受けてから小さく頷いた。


「はい」


 レオナが続ける。


「今日の範囲なら、次はもっと落ち着いてやれるわ」

「でも、自分たちで全部できたって思わないこと」


「はい」


「それと、ナタリアお姉様に怒られる前に声を出すことね」


 勝ち気な少女がそこで吹き出しかけた。


「やっぱり怒られてるって感じだったんですね」


「そりゃそうでしょう」


 ナタリアが言うと、少女は肩をすくめる。


「でも、分かりやすかったです」

「短いけど」


「長く言っても戦闘中は半分しか入らないわよ」


「いまのは全部入りました」


「ならよかった」


 ギルドへ戻る頃には、陽は少しだけ傾いていた。

 戦いそのものは軽い。

 だが、見て、止めて、やらせて、戻らせる。その繰り返しは、重い掃討とは別の疲れ方をする。


 四人を窓口へ送り出し、ナタリアとレオナは少し後ろへ下がった。

 ミリアが初心者パーティの報告を受け、簡単に質問を返し、最後にこちらを見た。


「どうでしたか」


「生きて帰れたから合格、ではないけれど」


 ナタリアは答える。


「最初よりはだいぶまし」


「それなら十分ですね」


 ミリアが言う。

 その“十分”は、甘い意味ではない。むしろ、最初の一歩としては十分に重い。


 バルドも奥から出てきた。


「どうだった」


「一人ならまだ出せない」


 ナタリアが先に言う。


「でもパーティなら行ける」

「ただ、戻りが遅い」

「二体目と、倒した後をまだ見落とす」


「そこまで見たか」


「見る仕事でしょう」


 バルドは短く頷く。


「そうだ」


 レオナが横から足す。


「でも、最後はちゃんと自分たちで締めました」

「形はまだ粗いですけど、伸ばせると思います」


 バルドは四人の背を一度見て、それからこちらへ戻した。


「ならいい」


 それだけだ。

 だが、これ以上長く言われても困る類の仕事でもあった。


 報告が終わり、四人の初心者たちは一礼してから去っていった。

 その時、後衛の少女だけが一瞬振り返り、小さく頭を下げた。


「ナタリアお姉様、ありがとうございました」


 レオナの方にも、少し遅れて声が飛ぶ。


「レオナお姉様も!」


 ナタリアはまた少しだけ眉を寄せた。


「……本当に、ここでもなのね」


 レオナが肩を揺らす。


「もう定着してるんじゃない?」


「嫌ってほどではないの」


「でも困ってる」


「少し」


 ポンタが足元から当然みたいに言う。


「主はもうそういう顔なのじゃ」


「どういう顔よ」


「年下が勝手に寄ってくる顔じゃ」


「雑ね」


 レオナが少し笑いながら言う。


「でも、外れてないわ」


「あなたまでそう言うの」


「だって、実際そうだもの」


 ギルドのざわめきは、もう元の調子へ戻っていた。

 重い案件の前でも後でもなく、ただ日常の依頼が回っている音。

 その中でナタリアは、手元へ残った依頼票の切れ端を指先で揃えた。


 強いだけでは、上へは行けても、下は連れられない。

 Cというのは、たぶんそういう場所なのだ。


 その考えは、思ったより静かに胸へ落ちた。


 レオナが横で訊く。


「次もこういうの、来そうね」


「でしょうね」


「嫌?」


「面倒」


「でも」


「必要」


 即答だった。


 レオナはそこで、少しだけ目を細める。


「そういうところ、好きよ」


「何が」


「面倒って言いながら、必要なものを切らないところ」


 ナタリアはそれにすぐ返せなかった。

 褒められているのか、少し違うのか、判断が一拍遅れたからだ。

 ポンタがそこで鼻を鳴らす。


「主はそういうのじゃ」


「あなた、今日そればっかりね」


「事実ばかりだからの」


 バルドが奥へ戻りながら一言だけ投げてくる。


「明日も来い」


「ええ」


「Cって、休ませる気ないのね」


 ナタリアがぼそりと言うと、バルドは振り返りもしないまま言った。


「休みたきゃ自分で取れ」


 それは前と同じだった。

 上へ行っても、その辺の理屈は変わらない。

 だから少し安心する。


 ギルドを出る頃には、もう夕方の色が濃くなっていた。

 石樽亭へ戻る道で、ポンタは今日は少しだけ機嫌がよさそうだった。


「主よ」


「何」


「お姉様じゃ」


「やめなさい」


「ここでも、じゃ」


「やめなさいって言ってるの」


「レオナお姉様もの」


「貴方ほんと面白がってるわね」


 ポンタは否定しなかった。

 否定しないならそうなのだろう。


 石樽亭の灯りが見えてきたところで、ナタリアは小さく息を吐いた。


 今日の依頼は軽かった。

 だが、軽いからこそ見えるものがあった。

 一人で強いだけでは足りない。

 見て、切って、やらせて、戻らせる。

 その加減を持てるかどうか。

 Cの最初の仕事としては、たしかにちょうどよかったのかもしれない。


「どうしたの」


 ポンタが訊く。


「少しだけ、納得しただけ」


「何をじゃ」


「バルドの雑さの理由よ」


 ポンタがまた鼻を鳴らす。


「主もいずれ、ああなるのか」


「ならないわよ」


「そうかの」


「ならないの」


 そう言い返しながら、ナタリアは石樽亭の扉を押した。

 今日の仕事は終わった。

 だが、明日からはたぶん、こういう“終わり方の違う仕事”が少しずつ増えていくのだろう。

 それを嫌だとは、もう言えない気がしていた。

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