第55話 モブサブの弟子ピンチ!
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そいつは、不意に戦場の上空に現れた。俺のスキルで探知できる限界よりずっと近い位置に、まるでたった今生み出されたかのように。
こめかみに嫌な汗の伝うのを感じる。おそるおそる視線を上げれば、貴族のような格好をした男が宙に立っていた。
いかにもな翼は無い。シルエットだけなら、普通の人間のようだ。しかしその肌は墨を塗りたくったのではないかと思わせる色をしていて、額には二本の巻き角が生えている。さらには憎たらしいほど整った顔面に青い模様が浮かんでいて、異様な迫力を放っていた。
何より人ではないと意識させるのは、あいつの放つ悍ましい気配だ。今の俺ですら身が竦みそうになる。後方支援で良かったと思いそうになる。
ああいうのを表わす言葉を、俺は多くは知らない。
「化け物、だな」
その数少ない語彙に、セフィアが頷いた。
これだけ強烈な気配。他の奴らは大丈夫だろうかと視線を巡らせば、やはり多くが動きを止め、視線を上方の悪魔族へ釘付けにしている。幸いなのは距離がある分、戦闘を生業にしていないやつらが気付けずにいること。それからここまでの戦闘でモンスターの数がかなり減っていたことだ。
おかげで市壁上からの兵器を使った攻撃は続いているし、隙を突かれてやられるやつの数もそこまで多くない。
だが、そんなこと、あいつの存在を前にしたら大した慰めにはならない。
「なるほど」
戦場にあって、妙にはっきり聞こえる声だった。
「第一世界の人間も存外にやるものだ」
落ち着いた、よりは凍り付くような声、と表現した方がいいだろうな。ただ喋るだけでこれか。
こそこそしてるからどんな小物かと思えば、最新ストーリーの大ボスクラスだろ、あれ。
ケイン達は大丈夫か? あれの力を測れるからこそ、萎縮してないといいが……。
「……マズいな」
萎縮してるだけならまだ良かった。うっすら懸念していた、最悪の状態だ。
ケインは悪魔族を見上げたまま動きを止めていた。サクラムドラゴはまだ健在にも拘わらず、悪魔族しか見えていない。ここからではよく見えないが、あの雰囲気、きっとこれ以上ないくらいに琥珀の目を血走らせているんだろう。
この手のボス戦でタンクが冷静さを欠くとどうなるか。
「ケイン君! 前へ! 尾を受けて! ……ケイン君!」
勇者の指示は的確だ。あの尾でのなぎ払いはタンクが極力サクラムドラゴの近くで受けないといけない攻撃。そうしないと、ああなる。
「くぅっ……」
「ガハッ!」
「きゃっ!?」
ケイン達が、勇者パーティが、ギリギリ範囲外の最後方にいたヒーラー二人を除いて吹き飛ぶ。最上位職のスピードでも慣れないと避けるのが難しい一撃に、誰も対応できない。
威力も当然優しくない。骨の一本や二本は折れているだろう。VITの上がりづらい後衛は回復がなかったなら立ち上がるのも難しいかもしれない。
こうならないよう、サクラムドラゴが動作に入ってすぐ、タンクが極力近づいて受け止める必要があった。あるタイミングまでに当たって尾が振り抜かれないようにしなければならなかった。
勇者はそうと知って指示を出したのだろうが、ケインの意識は完全に悪魔族にもっていかれていた。
「ケイン君、一度背後へ回って攻撃を逸らしてくれ! たて直す時間が――」
「く、うおぉぉぉおおお!」
勇者が再び声を張るが、届かない。よろよろと起き上がったケインはそのまま、悪魔族へ向かって走り出す。
剣に宿る光は、聖騎士の持つ数少ない遠距離スキルの予兆。光属性の斬撃を飛ばす一撃。
力強く踏み切り跳び上がったケインが剣を振り切る。一閃は閃光となり、一直線に悪魔族へ向かう。
そしてそれは、傷らしい傷を与えられない。
「くそっ! 降りてこい! 卑怯者!」
たしかに聖騎士のスキルは近距離攻撃の方が強い。だが、それ以上のステータス差がある。普段のケインなら、そんなこと言うまでもなく分かるはずだ。
「ケイン! 何してる! ヘイトがもう――ちっ」
爪の振り下ろしがカロックに向けられた。派生したなぎ払いの向けられる先は、ルカと勇者パーティの魔法使い。二人はしっかり避けたが、詠唱していた魔法は破棄することになった。
続けてサクラムドラゴは花びら混じりの暴風を起こし、物理組を狙う。範囲の広いこれを完全に避けることは不可能で、かすり傷と言うのは難しい量の血が舞った。
すぐ回復したからいいが、攻撃には移れない。このままじゃ、じり貧だ。回復できる後衛組がまとめて狙われたら、その時点で詰む。
「ケインくん、しっかりしてくださいー!」
「お前らさえいなければ、父さんも、母さんも、弟も死なずに済んだんだ!」
ダメだ、聞こえてない。ドラゴンも仲間達も視界の外だ。
幸い悪魔族はケインの攻撃を気にも留めていない。戦場を徐に見回し、サクラムドラゴと戦うルカ達を見て、顎に手を当てる。ケインが耐久よりの装備で不得意な遠距離攻撃ばかりしているとはいえ、ああも余裕の態度でいられるのは恐ろしい。
「ルカだって、泣かなくて、良かった……!」
言葉と共に振るう刃は、やはり悪魔族にとってはそよ風らしい。しかしそよ風でも、続けば多少意識する。
「少し、鬱陶しくなってきたな」
悪魔族が手の平をケインに向けた。青い火球が生まれ、美丈夫と言って良い顔を照らす。
「ダメだ! 避けろ!」
考えるより先に叫んでいた。目立つ上、こんなところから聞こえるかも怪しいのに。
だが届かない。ケインが盾を構えるのが見えた。弱々しく、貧弱な盾を。
ケインが盾ごと青い炎に包まれ、灰になる未来が見える。今の俺には、どうしてやることもできない。どれだけ目立っても助けられない。それだけの物理的な距離がある。
「ケイン!」
青い火球が発射されるのと、俺の喉から声が出たのはほとんど同時。確かなスピードでケインに迫る死を、見ていることしかできない。
目を背けそうになった瞬間、何かが青い火球にぶつかるのが見えた。火球よりももっと淡い青に輝いていたそれは、荒れ狂うような激流。ルカの魔法だ。
打ち消すことは叶わなかったが、火球の軌道が確かに逸れ、そしてサクラムドラゴの左翼に当たる。
「グルアアァァア!?」
悍ましい青が爆発し、その音をかき消すような竜の悲鳴が響いた。当然だ。一瞬にして片翼を焼き尽くされてしまったんだから。
あんなものをケインが受けていたらと思うと、ぞっとする。
よくやってくれたとルカを見れば、彼女の青髪がケインに向かっていくのが見えた。その右手が、大きく振りかぶられる。
直後の乾いた音は、戦場を越えて、この市壁の上にまで届いた。




