第52話 モブサブの後方支援!
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爆音は、モンスターや傭兵達の雄叫びは、或いは悲鳴は、連日連夜響き続ける。狂乱するモンスター達には昼も夜も関係なく、そもそもダンジョン一つ分という膨大な数だ。絶え間があるはずがない。
俺たち職人も交代で入る休憩以外は休みなく矢や砲弾を作り、前線から戻ってきた勇士たちの装備を調える。まともに風呂に入ったのは、もう三日前が最後だ。魔法で一応清潔さは保てるからいいが、そうでなかったらどんな激臭になっていたか。
「追加の資材です! 手が空いてる人は運び込むのを手伝ってください!」
サウナじみた石積みの工房に外の冷たい風が入ってきた。扉を開けた声の主は傭兵ギルドの職員だ。名前は知らないが、この三日間で何度か顔を見た。
俺の作業は、ちょうど今研いでいる剣で最後だ。仕上げを済ませ、タグを付けて修理済みのタルへ放り込んだら件の職員に続く。俺の他は、四人か。向こうにも何人かいるはずだし、十分だな。
「戦況はどんな感じだ?」
追いついたついでに職員に聞く。工房内に籠もっていると、届く装備と時折響く地響きでなんとなく察することしかできない。その感覚で言うと――
「悪くはないです。ただ、やはり連日の戦いで疲れが溜まってるようで、いつ崩れてもおかしくありません」
やはりか。修理品じたい確実に増えているし、細かな傷も多くなっている。辛うじて致命傷を避けたのだろう大きな破損も珍しくなくなってきた。それ以上は、そもそも修理を頼まれない。
「最終階層のボスは出てきたか?」
「ハナミトレントはまだなようです。ただ――」
「あ、アルゴスさん!」
ん? セフィアか。今回の資材を扱うような商人の中に混ざるとよけいに華があるな。こんな時なのに鼻の下を伸ばしてるやつが何人かいる。
まったく、外の音が聞こえてないのか? まあ職人と戦闘職以外は基本的には自宅や店にいるから空気感が違うのは仕方ないかもしれないが。
彼女に軽く手を振り替えし、少し足を速めて合流する。人足は十分そうだ、が……。
「あんだ? こんだけか?」
若いドワーフの職人の言うように、昨日までより明らかに箱の数が少ない。半分とまではいかないまでも、三分の二程度だ。
「すみません、今は供給がほとんど途絶えしまっているので……」
「あー、まあ、傭兵どもが皆そこで戦ってるかんな。しゃーねぇ。嬢ちゃんら商人さんは悪かねぇよ」
その通りだ。この街は基本迷宮資源に頼ってるからな。備蓄もしていただろうが、長期間保存できないものはどうしても出てくるし、市場に影響が出るような量を確保するわけにもいかない。
だがまだボスが出てきていないとなると、心許なくはある。こっそり俺の手持ちを追加するか?
「一応、うちのギルドの職員が反対側の街まで買い付けに行ってますから、それまでの辛抱です」
「なるほどな。んじゃま、とにかく運んじまうかぁ」
「はい、よろしくお願いします! アルゴスさん、頑張ってください」
「ああ、セフィ――」
ぞわりとした。悍ましい、というほどではないが、確かに強力な気配。これは、まさか……。
「すまん! 少し外すぞ!」
踵を返し、できる限り急いで走る。向かうのは、市壁の屋上に続く階段だ。
「アルゴスさん! なんの気配を感じたんですか!?」
追いついてきたセフィアへちらりと視線を向ければ、軽い様子で並走している。上位職をいくつか育てきったから、鍛冶師のSPDは当然越えているか。
「花見ダンジョン、今回スタンピードを起こしたダンジョンには、条件付きで出現するレアボスがいる。強さは、大迷宮の八十階層から九十階層クラスだ」
「はちっ……!? そいつが、探知圏内に入ったんですね……?」
「ああ。偵察役が知らなかったんだろうな。このままだと、傭兵達は何の準備も無いままにボス戦突入だ」
さっきギルド職員が言いかけてたのは、たぶんこいつのことだ。大方、記録にない強力そうなモンスターが出てきたとかって報告だ。
今の傭兵達があれに出くわしたらまず生きて帰られるわけがないし、記録が無くて当然。俺の計画が上手くいって、伝説の剣の研究ができるくらいの水準になっていたら違ったんだろうが……。
いや、嘆いていても仕方ない。急がないと、勝てる戦いが勝てなくなる!
ようやく辿り着いた階段を三段飛ばしに駆け上がり、屋上に出る。外側では一定間隔に並んだ兵器が絶え間なく火を噴いているが、まだ若干の余裕が見えた。
「上の連中もまだボスが近づいていることには気が付いていないな」
「ですね。でも一般兵士が多いですし、仕方ありません」
それ以外も索敵を専門にしない後衛職ばかりだしな。
「それで、どうするんですか?」
「大砲を確保するぞ。それで援護すれば、ケイン達と勇者パーティでどうにかできるはずだ」
現実になった今、この作戦が上手くいく保証はないが、ダメでも何も知らないやつに任せるよりはマシだ。
どこかに予備の大砲は……あった!
「あれを使う! 手伝ってくれ!」
見つけた大砲は街側の片隅に寄せてあった。まずはこれをボスを狙える位置に移動しないといけない。ちょうど良いのは、見張り台のすぐ横だ。
ストレージを活用して運び、ついでにマイセット機能でモブ傭兵風装備に着替えておく。セフィアも今はそれっぽい格好をしているし、これで変に目立つことはない。
セッティングを終え、市壁の下に視線を向ける。そこでは地を覆い尽くさんばかりの桜をモチーフに入れたモンスターと、街の傭兵や騎士達が死闘を繰り広げていた。獅子奮迅の活躍を見せるケイン達や勇者パーティの姿もある。
鼻を突く血と脂の匂い。怒声に悲鳴、金属音と耳を覆いたくなるような戦場の声。地獄とまがうような凄惨な光景だ。しかしこのままなら、どうにかスタンピードを乗り切れそうにも見える。
「ここに、最高記録よりも深い階層クラスのボスモンスターが現れたら……」
セフィアの喉がごくりと鳴るのが聞こえた。鍛えたとはいえ戦闘経験の浅い彼女は、なんとなくしか状況を把握できていないだろう。それでも、顔を青ざめさせるには十分だ。
「来たぞ」
森がざわめいたように見えた。他とは隔絶した威容の何かが来ると、教えているように見えた。
そして、そいつが姿を見せる。
「桜を纏った、ドラゴン……?」
「ああ。あれが花見ダンジョンのレアボス、サクラムドラゴだ」




