深き森の一葉
来ていただいてありがとうございます!
「もう!ケント様ったらぁ!こんなにたくさんのアクセサリーをお贈りくださらなくてもいいのですよ?」
「美しい未来の妻を飾り立てたいんだよ。ロッティー。君には何でも似合うから」
「そんな……」
「特にその黒い宝石のネックレスは君にとてもよく似合う」
「ケント様の瞳と同じ色ですわね」
「父の仕事について行った先の国で見つけたんだ。この国ではまだ君しか持っていない宝石だよ。僕の愛の証だ。ずっと身に付けて離さないでね」
「もう!ケント様ったらぁ……」
スモールウッド学園に登校して授業を受けた帰り道。といっても敷地内だけど、珍しくロッティー様の姿を見かけた。ロッティー様もこの日の授業を取っていたのね。今までは気が付かなかった。とても楽しそうに笑ってる。私には久しく見せてくれない満面の笑顔。今でも信じられない。あのロッティー様が呪法を使ったかもしれないなんて。何かの間違いであってほしい。前の時の優しい思い出がロッティー様を疑うことをためらわせる。
「リファーナ様、早く帰りましょう。またフローリア先生がおいでになるかもしれません」
アンさんは眼鏡をかけ直しながら周囲を見回してる。
「そうですね」
もうすぐアグネータお姉様との結婚式があるから嫌でも顔を合わせなくちゃならない。でも前の時のこともあるし、フローリア公爵様はできればあまり頻繁に会いたくはない人だ。
アンさんと一緒に急いで門へ向かおうとしたその時だった。
ロッティー様が私に気が付くと、近づいて話しかけてきた。
「あらぁ!素敵な指輪ですわね。小さな一粒の星の様だわ」
私の小指の指輪を見てにこやかに笑いかけてきた。どういうつもりなんだろう?戸惑いながらも返事を返す。
「ありがとうございます。ロッティー様のアクセサリーも素敵ですね」
「ええ、ネックレスも指輪も耳飾りも一点ものなんですのよ?」
「素晴らしいですね」
ネックレスは黒い宝石、指輪と耳飾りは青い宝石。どれも大粒で美しい輝きを放ってるけれど、制服の時に身に付けるには少し華美すぎる気がする。まあ、私はあまりセンスが良くないってお母様に言われてたし、他人のアクセサリーをどうこう言えないわね……。
「あ!そうですわ!来年から音楽隊のお仲間に入れていただく事になると思いますの!その時はどうぞよしなに……」
「……っ」
「ふふん……」
思わず言葉に詰まった私に勝ち誇ったように笑うロッティー様。ロッティー様、聖地の音楽隊の入隊試験を受けるつもりなの?まさか……。
「あ、あの、ロッティー様……聖地の音楽隊は精霊様に音楽を捧げる場所なんです。精霊様を悲しませるようなことは……」
私はなるべく小さな声で話したつもりだけど、近くにいた彼には聞こえてしまったみたい。
「何だ?貴女は!!随分無礼な物言いをなさるのだな?」
「まあ!ケント様!」
ロッティー様の婚約者の……えーっと、そう!ケント・メリッサ伯爵令息様がロッティー様の前に進み出た。ロッティー様は嬉しそうに頬を赤らめてる。
「彼女の実力は本物です。精霊を悲しませるなんてとんでもない!貴女は少し傲慢な方のようですね。スティーリア伯爵令嬢。それとも彼女の実力に嫉妬しているのですか?」
黒い瞳に憎しみをたぎらせて私を睨むメリッサ伯爵令息様は、ロッティー様を守るように抱き寄せた。
「そのようなことはありません。ただ……」
「リファーナ様!もうこれ以上はいけません」
アンさんに小声で言われて我に返った。そうだわ。相手は貴族。しかもスティーリア伯爵家よりもメリッサ伯爵家の方が歴史も古いし格が上。何よりも何の証拠も無しに決めつけるのはいけない事だ。
「リータ子爵令嬢様のご健闘をお祈りしております」
それだけしか言えなかった。せめてメリッサ伯爵令息がいなかったら、やめるように説得できるかもしれないのに……。でも本当にロッティー様が?でもあの時の精霊様達の様子は……。このままでは来年の受験の時にロッティー様はまた繰り返してしまうかもしれない……。ぐるぐると頭の中を考えが回る。ロッティー様のはしゃぎ声を聞きながら、私は無力感に苛まれながらその場を後にした。
「ただいま帰りました……」
「おかえり、リファーナ。どうしたの?顔色が悪い。まさかまたあいつが?」
「いいえ、グラソン様。今日は子爵令嬢様の日でした」
アンさんがラーシュ様にさっきのことを報告している。その間にも私はロッティー様を止めるための手段をあれこれと考えていた。
やっぱり手紙を書いてみる?そもそも読んでもらえるかもわからない。読まずに焼き捨てられてしまうかも。それ以前に検閲が入って他の人に読まれてしまう恐れもあるわ……。学園で待ち伏せする?でもロッティー様はご友人が多いから、一人になる時ってあるのかしら。それに今日は婚約者の方とご一緒だったし。そういえばロッティー様の婚約者の方ってあまり学園にはいらっしゃらなかった気がするわ。私もお会いしたのは前も含めて数回程度だわ。たしかお父様と一緒に外交や交易のお仕事をされてるって聞いた覚えがある。ああ、違うでしょ。今考えなきゃいけないのはロッティー様の事なのに!
「……ナ、リファーナ、リファーナ?!」
「は、はいっ!」
「やっぱり少し顔色が悪いね。アレン。今日の練習は休むと伝えてきてくれ」
「かしこまりました。ラーシュ様」
「ラーシュ様、私は大丈夫です!練習に行かないと。明日は演奏会なんですから!」
「リファーナならもう全て頭に入ってるでしょ?なら明日はリファーナが楽しく幸せな気持ちで歌うだけだ。そのためには休息も大事だよ」
「良い香り……」
サーラがシュネーのお茶とたくさんのお菓子をテーブルに並べてくれた。
「お菓子の食べ過ぎはよくありませんが、今日は特別ですよ」
「ふふ、小さい時みたいね。ありがとうサーラ」
私が泣いていると、いつもよりたくさんのお菓子をおやつに出してくれたっけ。サーラはにっこりと笑うと居間を出て行った。アンさんも学園に戻って行った。アンさんは普段は馬車まで送ってくれた後はそのまま学園に残るのに、今日は私を心配してついて来てくれたんだわ。後でお礼をいわなくちゃ。
「アンから話は聞いたよ。あの子爵令嬢の事は放っておけばいい。そのうちに自滅する」
「で、でも……!もし呪法を行ったのがロッティー様なら、同じことをしてしまったら、今度は捕まってしまいます!」
「リファーナ?間違えないで。もうすでに一度呪法は行われているんだよ」
ラーシュ様の声が厳しいものになる。
「…………」
何も言えなかった。嵐などの災害で怪我をした人や、家屋を失った人も少数だけど出てしまっている。
「大丈夫だよ。今王国が動いて呪法についての調査も進んでる。疑わしい者の監視の目も厳しくなってる。次は同じことはさせないさ。再度同じことがあれば僕達は精霊の信頼を失うことになってしまう」
「そうですね……」
「それにしても黒い宝石か。珍しいね。あまり聞いたことがないな。それにしても一点ものねぇ。それなら僕はリファーナに深き森の一葉を贈ろうかな」
「ディ……いえいえいえ!そんな高価なもの頂けません!」
ラーシュ様ったらなんてことを言い出すのかしら。
深き森の一葉は国宝級の宝石で、物凄く貴重で美しくて、そしてお値段も物凄く高い。ランクがあって比較的買い求めやすいものもあるとは聞いているけれど、スティーリア伯爵家では逆立ちしても買うことはできないと思う。だって買い求めやすい価格ってお城が建設できちゃうくらいって聞いたことがあるから……。私が身に付けると考えただけで震えがくる。
「そんなものを身に付けたら、一歩も外を歩けません!!」
「リファーナなら宝石の方が負けてしまうよ」
「あり得ないです!」
「……でも、いいね、それ」
「え?」
「その宝石を身に付けたら外に出ずにずっと僕といてくれるのか……」
「ラ、ラーシュ様……?」
「なーんてね。冗談だよ。ほら、美味しそうな焼き菓子だ。サーラお手製だって」
そう言って私の口にお菓子を近づけた。かなり恥ずかしかったけど、嫌じゃなかったからそのまま食べてしまったの。
「はい、よくできました。…………僕には?」
「あっ。はいどうぞ……」
私も一つ手に取ってラーシュ様の口元へ。えっと、なんだかとても甘い……。
「うん。サーラの手作りの菓子は美味しいね。こっちも」
ラーシュ様は私の指先に口付けた。くすぐったくて指を引こうとしたらそのまま手を握られて抱きしめられてしまった。…………っていうか今ちょっと指先を舐められたような気がするんだけど……、気のせいかしら……。
「リファーナは甘いね」
気のせいじゃないかも……。
ラーシュ様は「冗談」って笑っていたけど、後日本当にその深き森の一葉を贈られて、情けないことに私は驚きすぎて腰を抜かしてしまったの。三通の鑑定書付き。侯爵家の財力って計り知れないのね。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




