古語の絵本
来ていただいてありがとうございます!
あれから、何事もなく季節は進んでいった。気候の変化も収まりつつあり、精霊様のご加護も戻ってきたみたい。
ハリエット様から手紙の返事が来た。予想はしていたけれど、やっぱり呪法に関する本は持ち出すことができないと書かれていた。何度も謝ってくれる文面を見て、とても申し訳ない気持ちになったから急いで手紙のお返事を書いたわ。無理なお願いをしてしまってごめんなさい、どうか気にしないでくださいって。
ハリエット様は手紙と一緒に、不思議な紋様が掘られた小さな白い石を送ってくれた。手紙によると闇の聖地でよく用いられるお守りなんだそう。私はハンカチに包んで持ち歩くことにしたわ。
「お嬢様、もうお休みになりませんと。明日は学園に行かれる日でしょう?」
「ええ、わかってるわ。でもあと少しだけ」
星の聖地の本屋さんで見つけた古語の絵本を今やっと読み進めてるの。絵本といっても結構文字数が多いし、古語は習ったことが無かったからちょっと苦戦中。辞書を二冊経由して少しずつ翻訳してる。
「えっと、精霊と歌姫の少女の恋の物語……かしら……?でも後ろの方には暗いページもあるし、普通の楽しい物語ってわけじゃなさそう……悲恋だったら嫌だわ」
昔々、精霊達が集う美しい泉がありました。近くの村の娘がその泉で水を汲みながら歌を歌いました。すると精霊達はたいそう喜んで、歌に合わせて舞い踊りました。
「あれ?これって聖地と歌姫の始まりの物語なの?えっと、それから……」
「お嬢様!そろそろお休みになってください!」
「きゃあっ!サ、サーラ!驚いたわ」
集中してたものだから、サーラに声をかけられてびっくりしちゃった。
「お嬢様は夏の間も、精霊祭までも、精霊祭が終わってからもずっと忙しくされていたんですから、睡眠時間はきっちりと確保してください」
「ごめんなさい。つい続きが気になっちゃって」
私は絵本を指さした。
「学園の課題ですか?」
「いいえ。これは星の聖地で買った絵本なの。古語の絵本なんだけど興味があるから翻訳してみようと思って」
サーラは絵本を手に取ってパラパラとめくった。
「お嬢様は真面目ですねぇ。私なんて文字を見るとあっという間に眠くなってしまいますよ。……あら?これはあの話じゃないかしらねぇ?」
「サーラ、古語がわかるの?」
「いいえ!とんでもない!でも絵を見たら、よく私のばあちゃん、いえ祖母が話してくれた物語と似てるみたいなんですよ。ほら、ここ!女の子が精霊様の世界へ連れて行かれてる」
サーラは最後の方のページを指さした。女の子の表情は描かれていないのでそれが幸せなことなのか不本意なことだったのかは判断がつかない。
「えっと確か、精霊様と恋に落ちた少女がいて、その国の王子様が横恋慕して、二人の間を引き裂こうと呪いを使うんですけど、上手くいかないばかりが精霊様の怒りを買ってしまい、国が滅ぶところだった。少女の歌が精霊様を鎮めて、精霊様は少女を精霊界へ連れ去ったっていう話です」
呪い……?この絵本にも呪いが出てくるの?
「意外と怖くてドロドロした話を子どもに聞かせるのね……」
「うちでは、私や妹のききわけが悪い時に『精霊様の世界へ連れて行かれて帰ってこれなくなるよ』なんて脅かされてましたねぇ」
しつけの一環?それにしてもこの絵本ってそういう内容だったのね。これから翻訳するのに気が滅入りそう。絵は綺麗なのに残念だわ。
「サーラの故郷は西部の国境付近だったわね」
「はい。今は家族はもう誰も住んでいませんが」
私は絵本を閉じてベッドへ入った。ベッド脇のサイドテーブルの上に絵本を置いてその上にお守りの石をのせた。それからサーラが淹れてくれた温かいお茶を飲んでからベッドに潜り込んだ。
明日は午前中に登校して授業を受けて、午後からは練習を……。明後日はまた演奏会だから……。演奏会で歌う歌の歌詞を思い出しながら私はいつの間にか眠ってしまった。
夢を見たの。
大きな光……大精霊様とお話しする夢。ううん、この方はこの聖地の精霊王様だわ。酷く怒ってる。
「あの王子様が精霊王様を意のままに操ろうとしたの?え?私の事も?」
「…………」
「貴方様が助けてくださったのですね」
「…………」
「この国が許せない……?加護を無くす?待ってください!お願いします、そんなことしないで。大切な家族や友人もいるのです」
「…………」
「ありがとうございます。思い留まってくださって良かったわ」
「…………」
「…………え?一緒に精霊界へ?はい、喜んで参りますわ。……家族に会えなくなるのは少し寂しいけれど、私はあなたを愛しています。どうかずっとおそばにいさせてください」
「永久に……」
自分の言葉で目が覚めた。まだ夜は明けてなくて辺りは薄暗かった。今のは……夢よね?寝返りを打つとサイドテーブルの上の絵本が目に入った。お守りの石がうっすらと光を放ってる……。ぼんやりとした頭で考えた。サーラの故郷、この国の西部は闇の聖地に近い。もしかするとこのお話は空想の物語じゃなくて、遠い昔に起こった本当の事なのかもしれないわ。
あの女の子は精霊王様を好きだったんだわ。今もあの時の聖地で歌を歌っているのかもしれない……。大好きな人の隣で。
私は温かい気持ちでもう一度眠りに落ちた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




