不安
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「呪法だって?!精霊王様がそうおっしゃったのか?」
隊長さんの言葉に隊員たちの間に一斉にざわめきが広がった。それまでは精霊祭での演奏が終了して、楽器の手入れをしたり、お茶や演奏前には飲まないお酒を飲んだりと和やかな雰囲気だったのに、一瞬にして緊張感が漂う。特に年配の隊員達は顔を青くしている。反対に比較的若い隊員は戸惑いながらも訳が分からないといった風だった。
「はい……」
「大雨が降ったのもおそらく精霊を怒らせたことで、加護が一時的に弱まったのではないかと思います」
「これは俺達が判断していい問題じゃ無さそうだ……」
隊長さんはいつになく厳しい表情をしてる。
「とにかく王国に報告を上げて、その判断を仰ごう」
精霊祭の後は十日間のお休みの期間があって、今の所いつもと変わらない穏やかな日々が続いている。
「……やっぱりロッティー様でしょうか?」
「開会式の様子からすれば間違いないだろうね。だけど相手は貴族だから、証拠もなく問い詰めることは出来ない」
あの開会式の時、明らかに様子がおかしかった精霊様達。感情の無い小さな精霊様達が一番たくさん集まっていたのがロッティー様の周りだった。ロッティー様の事を信じたい気持ちがあって、今までラーシュ様には聞けないでいたけれど、とうとうこらえきれずにラーシュ様に尋ねてしまった。
「私、ハリエット様に手紙を出したんです。闇の聖地では呪法について詳しいことが伝えられているって聞いたので。詳しい文献があれば送って欲しいって」
実は王国から、今回の事は外に話してはならないっていう通達が届いたの。だからハリエット様には詳しい事情は説明できなかった。
「あの星の聖地でのお茶会の時に聞いたの?」
「はい」
「そうか。僕も調べてみるよ。今回は聖地の音楽隊の演奏で怒りを鎮めてもらえたと思うけどこの先も続くようなら、精霊の加護がこの国から消えるような事態を招くかもしれない」
ラーシュ様の言う通り、精霊祭の大雨に続いて、穏やかな気候が少しずつ変化を始めた。雷、大雨、それによる河川の増水、崖崩れや強風による倒木。数年に一度程度の災害が起こったと何度も耳に入って来るようになってきてしまったの。
私達は演奏会の開催数を増やして、週に二度三度と精霊様達に歌や演奏を捧げた。それでも異変は収まる気配を見せてくれなかった。私達の焦りや不安が伝わって演奏の質が落ちてしまっているのかもしれない。練習中もどこか重苦しい空気が漂ってる気がするの。
「やあ、何だか暗い雰囲気だね。こんなんじゃ精霊達は喜んでくれないんじゃないかな?」
突然、聖地の音楽隊の拠点の建物「花の宮」にフローリア公爵様が現れた。
あ、ちなみに「花の宮」っていうのは、隊長さんが最近になって名前を付けたの。私が星の聖地の音楽団の拠点の建物が「星の宮」って名前だってソフィアさんに話したら、それが隊長さんに伝わったみたい。対抗意識?それとも呼び名があると便利ってことかしら?
「そんなに睨まないでよ、グラソン君。今回は大事な話をしに来たんだからね」
「睨んでいるつもりはありませんよ」
そう言いながらラーシュ様は私の手を引いてラーシュ様の後ろへ立たせたの。
「あの開会式は私も見ていたよ。そして最終日の夜に現れた大精霊達も精霊王も様子がおかしかった。怒りと悲しみをないまぜにしたような感情が伝わって来た。精霊の歌姫、エミリア様も異変に気が付いていたよ」
「現地にいらしていたのですか?」
ラーシュ様が訝し気に尋ねた。エミリア様は体調があまり良くなくて、ご自宅で静養中のはずだから。
「いや、先日私が会いに行ってお聞きしたんだ」
「え?お会いになられたのですか?お元気でしたか?」
つい前に出てしまって、ラーシュ様に引き戻されてしまった。
「大丈夫。お元気だったよ。安心して。私はね、彼女のお気に入りの茶葉を持っていったんだよ。私達はお茶友達だからね」
「……そ、そうなんですか……」
良かった、お元気なのね。最近少し忙しくてお見舞いにも行けてないのよね。
それしてもこの方は本当に「精霊の歌姫」が好きなのね……。エミリア様からも信頼されていらっしゃるんだわ。「精霊の歌姫」への熱意だけは信じてもいいのかもしれない。
「精霊祭の最初の日、エミリア様は空気が変わったと仰っていた。一瞬精霊達の悲鳴が聞こえた、恐ろしかったと」
ご自宅でもあの異変に気付かれていたなんて、エミリア様はすごいわ……。長い間ずっと精霊の歌姫を務めていらっしゃっただけある。
「精霊を無理やり言いなりにさせる呪いがあると仰っていた。それが使われたのではないかと。私も闇の聖地でそのような本を読んだことがある」
精霊を言いなりにさせる……。その意志とは関係なく?そんな恐ろしい事ができるの?
そしてフローリア公爵様は闇の聖地へも行ったんだ……。もしかしたらハリエット様にもお会いになってたりして……。ありえそうでちょっと怖い。
「そちら方面にもお詳しいのですね。偏執的ですね」
「精霊の歌姫に関することなら、任せてくれたまえ」
ラーシュ様の嫌味もどこ吹く風で、フローリア公爵様は得意げだった。
「とは言ってもね、詳細な文献は闇の聖地の秘蔵図書になっているから、流石の私も閲覧はできないんだよ」
「なら、一体どこからそんな情報を?僕も文献を探してみましたがそのようなものは見つからなかった」
ラーシュ様は少し悔しそうな顔を見て、フローリア公爵様は苦笑いを浮かべた。
「言っただろう?秘されていると。私は各地に残る伝承や、おとぎ話のような本から推測をしたに過ぎないんだ」
ハリエット様も仰ってたわ。呪法に対処するために詳細な情報が伝わってるって。表に出してしまったら悪用されてしまうものね。絶対に見せてはいけない文献なんだわ。でも、もしそうなのだとしたらロッティー様はどうやってその呪法について知ったの?私は怖くなってラーシュ様の腕をぎゅっと抱きしめた。
「その点、エミリア様は精霊達から聞いた話だというから、確実な情報だよ」
あれ?フローリア公爵様がすこし憮然となさってるみたい?どうしたのかしら?
「エミリア様は精霊様達から直接お聞きになられているのですか?!」
「もう何十年も歌いながら、精霊達とたくさんの会話をしてこられたんだよ……。素晴らしいね」
「本当に……」
私も歌いながら精霊様達の「声」や「思い」を聞くことがある。エミリア様は、精霊の歌姫様はそういった「交流」をずっとおひとりで続けて来られたんだわ……。改めて頭が下がる思いだった。
「コホン……それで?あなたは今日は何のお話をされにいらしたのですか?」
ラーシュ様の顔が心なしか赤い?咳払いもしてるし、もしかして風邪をひいてしまったのかしら。
「ああ、王国からの言伝を伝えるよ。容疑者には見当がつけられ、監視が付いたとのことだ。次に動けば捕縛されるだろう。だから皆さんには引き続き励んでもらいたい、とのことだよ」
どこがホッとしたような空気が練習室の中に流れた。良かったわ。これでみんなの不安は解消されるはず。…………でも私はとても複雑な気持ちだった。
ロッティー様が捕まるかもしれないんだ……。
「ですが、どうしてあなたがそれを伝えにいらしたのですか?」」
隊長さんが不思議そうに尋ねた。そうよね、わざわざ公爵家の人が伝令のようなことをするなんて。
「ああ。私は今回の件に関する相談役を任されているんだよ。精霊に関する知識は割とある方だからね」
「なるほど」
「では私はこれで失礼する。練習の邪魔になってはいけないからね」
「わざわざありがとうございました」
「リファーナ、……リファーナ?大丈夫?」
「あ、ラーシュ様……」
「フローリア公爵はお帰りになられたよ」
「あ、はい」
ラーシュ様が少し困ったような顔をしてる……ってラーシュ様の顔が近いわ!あっ!私ずっとラーシュ様の腕を抱き締めちゃってる!
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて離れて謝った。みんなもう練習に戻ってるわ!私ってば何をぼーっとしちゃってたの?!
「不安……なんだよね。わかるよ。友人だった人の事だしね」
ラーシュ様が悲し気に私を見つめた。友人だった人……。そうね。ロッティー様の目にはもう私への嫌悪しかないものね。
「ただ……」
「ただ?」
「最近のリファーナはよくくっついてきてくれるから、理性が持たないかもしれない」
「え?」
「結婚式まで僕が我慢できないかもしれない」
「え?!」
小さな声で耳元に寄せられて、そのまま耳に口付けられた。
「……っ!」
そんな……!こんなみんながいる場所で……?!良かった、誰も見てなかったみたい……。
「ぷっ。リファーナ、真っ赤だよ。可愛いなぁ……」
「れ、れ、練習しましょうっ。ラーシュ様っ」
音楽隊のみんなの雰囲気は安心感からか元通りになってるのに、私一人だけ動揺しちゃって今日は練習に身が入らなかった……。
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