公爵の結婚
来ていただいてありがとうございます!
「いいお天気になって良かったですわね」
「そうそう!近頃は季節外れの雨も多かったですものねぇ」
秋の花が咲く庭園に爽やかな優しい風が吹いている。
「今年の秋は変な気候でしたわね」
「わたくしは体調を崩してしまいましたわ」
「あら、大丈夫でしたの?」
「ええ、今はもう何ともありませんわ」
「それは良かったですわね」
ふるまわれたお酒のグラスを持った着飾った貴婦人達があちこちで談笑している。
聖地の音楽隊や事情を知る一部の人々以外にはあの事件の事は知らされていないから、他の人達には「今年は少しおかしい」くらいの認識しか持たれてないみたい。
穏やかな秋の日、セドリック・フローリア公爵と私の姉アグネータ・スティーリア伯爵令嬢の結婚式が行われた。当事者二人もその家族も参列者達もにこやかで和やかな雰囲気で式は滞りなく終わった。今は王都のフローリア公爵家の広大なお屋敷でガーデンパーティーが行われてるの。招待客は百人をゆうに超えてるんじゃないかしら。王族の方もお見えで、私もご挨拶にいったの。本当に物凄く緊張したわ。
本当はパーティーの方は欠席したかったけれど、家族という事で強制参加となってしまった。正直お姉様も家族もフローリア公爵様も社交も苦手で本当に帰りたかった。濃青のドレスを身に付けてなるべく目立たないようにしていたつもりなんだけど、いつも周りに人がいて気を抜けずにいてとても疲れてしまったの。
「リファーナ、大丈夫?」
「はい。何とか……」
隣のラーシュ様が声をかけてくれる。なんとか笑って答えたけどそろそろ限界だった。
「そろそろ抜け出そう。もう十分でしょ」
「でも、いいのでしょうか……」
「みんな酒が回ってきてるし、帰っていく客もいるからもう大丈夫だよ」
「はい」
「それにしても、フローリア公爵様がとうとうご結婚か。女性嫌いという噂はただの噂だったようだな」
「嘆き悲しむご令嬢方もさぞ多かろう」
「しかし、婚約期間半年は短いですね。よほど愛されているのでしょう」
「それにしても若くお美しい奥様だ。羨ましい」
「しかも奥様の妹君は精霊の歌姫様だ。姉君とはまた違った美しい方でしたな」
酔いが回ったのか赤い顔の貴族紳士の方々が話をしてるのが耳に入った。
今日のお姉様はいつにもまして美しかった。結婚式は前の時に私が着る予定だった公爵家のドレスだったけど、ガーデンパーティーではそれとは違う薄紅色のドレスを着ていた。さらにもう一度薄い夕日色のドレスに着替えて出てきた。アクセサリーも全て変えて。ドレスも身に付けてる宝石も光に反射してキラキラ輝いていてお姉様は女神様のように見えた。
私とラーシュ様は家族に用意された控室用の部屋へ入って一息ついた。
「はあ、緊張しました……」
「頑張ってたじゃない、リファーナ」
「お姉様の結婚式ですし、恥をかかせる訳にはいきませんから」
なるべくたくさん会話して、にこにこ笑うようにして頑張った。
「無理しなくてもリファーナは参列するだけで十分だったと思うよ」
「……『精霊の歌姫』ですものね」
今も精霊様が部屋の中をふわふわ飛んでいるけれど、外ではたくさんの精霊様達が集まって来てくれてた。
「それだけじゃない。リファーナは綺麗だからね。みんな褒めてたよ。何度も言うけれどそのネックレスも良く似合ってる」
そうなの!今日緊張してたのは社交だけじゃないの。今日はラーシュ様から贈られた例の宝石を身に付けてるの。ずっとしまっておこうと思ってたのに、ラーシュ様が「絶対に」つけてきてって言うから……。落としたり失くしたりしたらどうしようってずっとハラハラしてたの。
「できれば、ずっと大事にしまっておきたかったんですけど……」
「気に入らなかった?」
「そんなことはありません!!」
本当に美しい宝石で、大好きなラーシュ様の深い緑色の瞳の色で、深い森の奥でひっそりと何百年も生きている大きな木のような、光の加減では若葉のような不思議な光を湛える不思議な宝石なの。まるで精霊様が宿っているような。あしらってある宝石や細工もとても繊細でとても好みのデザインだった。
「とても素敵で大好きなんです。でも私には不釣り合いだと思います」
「何言ってるの?これはリファーナにしか似合わないよ。そうデザインしたんだから。本当はもっと大きな宝石を贈ろうと思ったんだけど、リファーナはあまり華美なデザインは好きじゃないでしょ?だから代わりに指輪と同じ宝石をいくつかあしらってもらったんだよ」
「ラーシュ様がデザインしてくれたんですか?すごい!ラーシュ様はなんでもできるんですね」
「何でもじゃないよ。リファーナのことだからできるだけ他人任せにはしたくないんだ」
「嬉しいです。ありがとうございます。ずっと大切にしますね」
そっとネックレスに触れた。でもそれはそれとして、やっぱり早く外してしまっておきたかった。お姉様はあんなに堂々としてたのに、小心者だわ、私って……。
ガーデンパーティーの後、スティーリア伯爵家の家族や近しい親族、フローリア公爵家のご親戚の方々で晩餐会が催された。私とラーシュ様はそれには参加せず早々に休ませてもらった。とても疲れていたみたいで、ぐっすりと眠ってしまった。
「昨日も思ったけど、お城みたいに大きなお屋敷ね……。お庭も広いし、本当に王都の中なの?」
翌朝かなり早い時間に目が覚めてしまって眠れなかったから、お庭を散歩させてもらったの。
「ちょっとした森まである。あそこの木は色づき始めてる。朝日を浴びて綺麗……」
昨日はたくさんの知らない人達に囲まれて本当に大変だった。精霊様達がたくさん集まってきてくれるのは全然苦じゃないのに、どうして人だと息苦しく感じるのかしら。誰もいないお庭を歩いていると、気分がスッキリしてきた。
「いけない。あまり離れると迷子になりそうだわ。えっとあの建物の二階のあの窓よね」
自分の部屋の位置を確認してる私の目の前を精霊様達が飛び回ってる。
「え?今ですか?」
歌を催促された気がする。
「うーん……、ちょっとだけですよ?」
ここは建物から離れているし小さな声なら大丈夫よね?なるべく小さな声でそっと歌うと、精霊様達はそれでも満足してくれたみたいでホッとした。
「さあ、そろそろ戻ろうかしら」
そう思った瞬間声が聞こえてきたの。
「どちらにいらしたの?初夜に花嫁を放置なさるなんて!」
え?何?どういうこと?アグネータお姉様の声?どこから?どこにいらっしゃるの?あたりを見回すけれど静かな森があるばかりで人影すらない。どうやら別の場所での会話が聞こえているみたい。これって精霊様の力?
「ごめんね。君を愛するつもりは無いんだ。でも今まで通り、君は自由に過ごしていていいからね」
「は?それはどういうことですの?私は貴方の妻でしょう?自由にさせて頂くのはいいとして、愛さないのはおかしいですわ!」
やっぱりフローリア公爵様はまた繰り返すのね……。そしてお姉様、言い分はわかるんですけど何かが違う気がするわ。
「うーん。でもねぇ。君は私を愛してはいないでしょう?それなのに私の愛情だけを求めるのはおかしくないかな?」
「……それは……」
「でしょう?君を愛するのはたくさんいる君のご友人にお任せするよ」
全然悪びれる様子が無いのは前と同じ。でもお姉様……?フローリア公爵様が言った「ご友人」という言葉に含みを感じるわ。まさか……。
「…………こ、子どもは?公爵家の跡取りはどうするのです?」
「大丈夫!心配しなくてもいいよ。私達の間に子が生まれる事は無いから、もう親戚筋から養子を迎える準備はしてある。あ、でも君の子どもの養育はしていくから安心してね」
「…………!」
何?なんなの?この会話。二人に子どもが生まれないのなら、お姉様の子どもなんて……。お姉様もフローリア公爵様も一体何を考えてるの?訳が分からない……。
「私には大切な存在がいるから」
「…………それって、リファーナの事ですの?」
違うわ、お姉様。それは「精霊の歌姫」よ!
「…………」
「…………」
「リファーナ!ここにいたのか」
声をかけられて我に返った。ラーシュ様が探しに来てくれたみたい。
「ごめんなさい。とても綺麗なお庭だったのでつい」
「散歩なら声をかけてくれれば一緒に行ったのに!」
一応手紙を部屋に置いて来たんだけど心配をさせてしまった。
「朝早い時間だったのでまだお休みかと思って……」
「無事で良かった」
ラーシュ様、少し大袈裟では?お庭とはいえここは公爵家の敷地内だし。たぶん警備は万全だと思うのに。
それにしても、どうしてあんな会話が聞こえたのかしら。できれば聞きたくなかった。フローリア公爵様は前の時と変わらなかった。結婚したのに酷いと思う。しかも今回は結婚式の後にお姉様にあの事を言うなんて……。そしてお姉様もお姉様よ。お姉様はたぶん……。考えたくない。二人ともおかしいわ。
「ラーシュ様、私」
「ん?」
「私はラーシュ様との子しか産みませんから!」
決意表明だわ。私はそんなの嫌だもの!
「……………………」
ラーシュ様は絶句したまま真っ赤になって顔を逸らしてしまった。
……あれ?
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