時の聖地のこと
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あの後、星の音楽会は本当に空が白んでくるまで続いて、最後は星の聖地の音楽団全員での大合唱、大演奏で締めくくられた。ラーシュ様と私や闇の聖地の方々は休んでくださいって言われたんだけど、眠るのがもったいなくて結局全ての演奏を聴いてしまったの。
「それにしても皆さん元気ですね……」
お茶を飲みながら、さすがにまだ眠そうなラーシュ様がクララ様に話しかけた。周りには倒れこんで眠っている人もいるけれど、お祭りに繰り出していった人達もいた。まだ岩の座のステージ上で演奏をしてる人達もいるみたい。体力のある団員さんが多いのね。
「ええ!星祭りは後二日。そして流星群もまだ続いています。星の音楽会は終わりましたけれど、有志の団員たちはまだまだ演奏をしますのよ?」
クララ様は自慢げに胸に手を当てた。確かに凄い熱意だわ。
今は星の音楽会が終わった昼過ぎ。練習室のうちの何室かが星の音楽会の間は待機部屋兼休憩室として開放されていた。その一室で仮眠を取らせてもらって迎賓館へ戻ろうかとラーシュ様と話していたら、クララ様がお茶を淹れてくれたの。
「そんなことより!リファーナ様もグラソン様も素晴らしいですわね!星の聖地の大精霊様達が勢ぞろいされてましたもの!」
「クララ様の時にもいらっしゃってましたよね」
「ええ、でもわたくしの時はいつもという訳ではないのです。気持ちにムラがあるって団長にも言われてますの……」
クララ様のお話では、星の聖地と花の聖地では現れる大精霊様が違うんですって。精霊様達にも縄張りがあるみたい。
「実はあの時、流れ星が落ちてきて不思議なものを見たんです。それから不思議な声と会話をしたんです」
私は自分が見た雲の上の不思議な建物と、誰かと会話したことを話した。会話の内容はよく覚えてないってことにして。
「ちょっと待ってリファーナ。僕はその話は聞いてないよ」
「ラーシュ様はご覧になってないのですか?」
「……うん。僕が見ていたのは大精霊達だけだよ。歌い終わったリファーナが立ったまま、意識を失っていたような状態だったけど、そんなものを見ていたんだね」
「心配かけてごめんなさい、ラーシュ様」
「それは時の聖地をご覧になったのだと思いますわ、リファーナ様!」
「時の聖地?」
「時の聖地というと、不可視の聖地と言われているもう一つの聖地の事ですか?」
ラーシュ様がクララ様にちょっと食い気味に問いかけた。少し前のめりになったので私もつられてしまった。…………ラーシュ様はずっと私の手を握ってるの。
「ええ、そうですわ。私達は時々、そういったものを演奏中に見ることがあるんですのよ」
「え?クララ様もご覧になられたのですか?」
「ええ、リファーナ様!お揃いですわね。でもわたくしが見たのは雲の上の建物ではなくて、果てしない水がどこまでも続いている美しい場所でしたわ」
「もしかして、人によって見る光景が違うのですか?」
「そうですわね。森の中だったとか巨大な砂時計があったとか言う人もいます」
「そんなに……?」
色々なものが見えるの?それが全て時の聖地?
「ねえリファーナ。大精霊達が現れた時、「ここはそういう場所だ」って言ってたよね?あれってどういう意味なの?」
しばらく考え込んでいたラーシュ様が口を開いた。
「それは……。えっと、精霊様達と繋がりが持ちやすい場所というか、精霊様に近い場所というか……」
困ったわ。上手く説明できない。
「聖地は精霊界に一番近い場所だと言われていますわ!」
「そうです!クララ様!私達の世界と精霊様の世界が触れ合っている場所だと思ったんです」
私はラーシュ様に向かって納得のいく言葉で説明できたことが嬉しかった。
「精霊の世界か……」
「あ、もしかして私が見たのも精霊様の世界の一つだったの?時の聖地って精霊界の事なのかしら?」
「そうかもしれないね。いつか僕にもリファーナが見た光景が見えるだろうか」
「きっとすぐに見えますよ!ラーシュ様のクラヴィーアは素晴らしいですもの!」
「そうですわね。それにリファーナ様が精霊界に迎え入れていただける日もすぐですわね!」
「え?」
「え?」
「……え?」
クララ様の言葉にラーシュ様と私は驚いて、クララ様はそんな私達を見て驚いていた。
私が精霊界にってどういう事?
「こら!クララ!君はこの後も歌うんだろう?みんな待ってるぞ!」
団長さんがやってきた。クララ様を呼びにいらしたのね。
「きゃあっ!大変!リファーナ様とのおしゃべりが楽しくて、つい!」
クララ様は慌てた様子で立ち上がると、挨拶もそこそこに部屋を出て行ってしまったの。
「あ、クララ様っ……」
引き留めようとした私の声は届かなかった。クララ様って足が速いのね。
「リファーナが精霊界へ迎え入れられるとはどういうことですかっ?!」
「グラソン君?」
「ラーシュ様?!」
珍しくラーシュ様が声を荒げてる。どうしたの?こんなに焦ってるラーシュ様を見るのは初めてかもしれないわ。尋ねられてる団長さんも困惑してる。私はクララ様とのお話を団長さんに説明した。ラーシュ様の顔はどこか青ざめて見えていて、説明どころではないみたいだったから。
「そうですか、クララがそんなことを……」
「おとぎ話や、昔話の中に歌姫や奏者といった才能のある人間を精霊が連れ去る、というものがあると聞いています。もしかしてそれは今現在も起こっている事象なのですか?」
少し落ち着いたのか、ラーシュ様が団長さんに静かに問いかけた。
「ごくまれに」
団長さんの答えは簡潔だった。つまり、昔話やおとぎ話だけじゃない、本当の事なんだわ。
「正確に言えば、「連れ去られる」は正しい言葉じゃないですね。精霊界へ行くのはその選ばれた人の意思によるもので、精霊が無理やり連れ去るということはほぼ無いといわれています」
「ほぼ無いということは、あり得るということですね?」
「伝承によれば最初の星の歌姫は割と強引に連れ去られてしまったそうです。けれど、それ以降は本人の意思を無視されることは無かったということですよ」
「そう、ですか……取り乱して申し訳ない」
「いや、こちらもクララがおかしなことを言い出して申し訳ありません」
良かった……。もう、いつも通りのラーシュ様だわ。
「それにしてもスティーリアさんは凄いですね。初めてこの星の聖地で歌って、大精霊様方を勢ぞろいさせた上に、時の聖地まで見えてしまったとは。よほど精霊に愛されているのですね」
良かった。団長さん、優しい人なんだわ。気にしてないみたい。
「光栄なことです。こちらの精霊様達にも私の歌をお気に召していただけて」
「グラソン君も心配でしょうね。こんな美しくて才能に溢れた女性が婚約者だと」
団長さんは片目を瞑って笑った。
「そ、そんなことはありませんっ」
「全くです」
「ラ、ラーシュ様っ?!」
お世辞なのになんで?!
「プッ!ご馳走様!!」
団長さんは笑いながら、部屋を出て行った。自分の演奏がもうすぐだって言ってた。本当に星の聖地の音楽団の方々は体力があるのね。
「リファーナ……」
「はい?」
「リファーナは精霊の世界へ行きたい……?」
「そうですね。行ってみたいです」
垣間見たあの世界はとても美しかったから。それにあの時聞こえてきた声はとても優しかった。
「っ!!」
ずっとつないでいるラーシュ様の手に力がこもった。
「でも行くなら条件が二つあります」
私は急いで言った。
「……条件?」
「はい。一つ目はラーシュ様と一緒に行くこと。もう一つは必ずこちらへ帰ってくることです」
ラーシュ様と一緒ならずっと向こうへ行っててもいいけれど、ラーシュ様にはご家族がいらっしゃるし、私もお別れしたくない人達がいるもの。つまり旅行みたいな感じかしら。
「ラーシュ様と旅ができたら嬉しいです」
「…………」
「私が時の聖地を見られたなら、きっとラーシュ様も見られますよね。ラーシュ様が見えた時どんなだったか教えてくださいね」
「…………うん」
「楽しみですね。他の人のお話も聞いてみたいし……、ラーシュ様?」
「ねえ……リファーナ。もう一つ……聞きたいことが…………」
「何でしょう?」
「…………」
左肩に温かな重み。ラーシュ様の体から力が抜けて寝息を立て始めたの。それでも手は繋がれたまま。
私もまだ眠いわ……。サーラもヒースコートさんも心配してるかもしれないけれど、睡魔には勝てなかった。もうちょっとだけ……。遠くで響いている歌声を聞きながら私も目を閉じた。
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