星の聖地
来ていただいてありがとうございます!
「山が近いんですね!それに高い山がたくさん!頂上のほう、まだ雪が積もってます!」
広々とした高原の中の一本道。遠くに大きく連なる山々が見える。星の聖地は私達の住んでいる大陸の北方にあって、文字通り空が澄んでいてどこよりも星空が美しいことからその名前がついてる。
「元気だね、リファーナは。疲れてないのはいいことだけど」
馬車の中、隣に座ったラーシュ様は少し疲れてるみたい。窓枠に頬杖をついて私を見てる。
「ラーシュ様と一緒に旅ができて嬉しくて!」
「あれ?船の中では音を上げてたみたいだけど?」
からかうような視線で私を見るラーシュ様。確かに船の中ではきつかったわ。
「ラーシュ様が厳しすぎるんです……。朝から夜までずっとなんですもの。ちょっと立っていられないくらいになってましたし……」
「その言い方はちょっと……」
「え?」
「何でもない。さすがにあの短期間で五曲を仕上げるのはきつかったね」
「一度も練習したことがない曲が三曲ありましたものね……」
曲目を教えてもらって、練習を始めたのが夏休みの始まる少し前。それから旅の支度をして練習をしながらの船旅と馬車の旅が十日間。船旅の間の約七日間は客船に設置してあるクラヴィーアをほぼ貸し切りで練習しながらここまで旅してきたの。ちなみに風の精霊様が力を貸してくれたので、普通の船旅よりもかなり速度が出てたみたい。それから星の聖地の街まで馬車で向かったのだけど、どんどん遠くの山々が近づいてくる。
ちなみに今回はヒースコートさんとサーラがついて来てくれていて、私達の馬車の後からついて来てるもう一台の馬車に乗ってきている。サーラについてはラーシュ様がお父様に交渉してくれて、グラソン侯爵家で雇い入れてもらえることになったの。
「でも私達は国の代表、そして花の聖地の代表ですから頑張ります」
「うん、そうだね」
馬車は程なくして、星の聖地に隣接している街に着いた。
「ようこそ、アクロアイト王国、星の聖地へ」
綺麗な女の人が出迎えてくれた。
「わたくしはクララ、星の歌姫筆頭を務めさせていただいております。はるか遠く、ひなびた花の聖地からなんて、さぞ大変でしたでしょう?」
にこやかだけど、なんだか言葉に棘があるように感じるわ。あまり歓迎されてないみたい?
「招待ありがとうございます。船や馬車の手配感謝致します」
ラーシュ様は気にした様子もなく挨拶を返してる。私の気のせいかしら。
星の音楽団は総勢二百名の団員を抱える大きな音楽団で三つのチームに分かれているの。こちらでは音楽隊じゃなくて音楽団っていうのね。規模は人数だけでも私達の五倍。歴史が古いだけあって、たくさんの楽曲があるらしいの。伝承やまだ知らない歌とか、とても興味深いわ。
「遠くから来ていただいたんだ。お疲れでしょう?今日はゆっくり休んでください」
団長さんと名乗った銀髪の男の人がラーシュ様と握手を交わす。団長さんの声には私達を労わる色があった。クララさんと名乗った女の人(この方はたぶん私より少し年上くらいかしら?)が私に話しかけてきた。
「あ、あの、私はリファーナ・スティーリアと……」
「そちらの精霊様は厳しいのかしら?もう何年も歌姫が選ばれなかったとか……。ふふふ、今回なんとか選んでいただいて良かったですわね」
自己紹介しようとしたら、とても意地悪そうな笑顔が返ってきたわ。せっかく美人なのにそんな笑い方をしたらもったいないと思う。
「別に僕らは今日から練習に参加させていただいても大丈夫ですよ」
久しぶりのラーシュ様の氷の微笑み……。うわぁっ、ラーシュ様が戦闘態勢に入ってるわ。私はちょっと休みたいな、なんて思うけどそういう訳にはいかないみたい。後ろにいるヒースコートさんとサーラの息を呑む気配が伝わってくる。
「いえ、そんな……!お疲れでしょう?今日はどうぞ休んで……」
団長さんが慌ててクララさんの前に出た。
「せっかくこんなに遠くまで来たのですから、皆さんの練習の様子も拝見したいですしね」
ああ、ラーシュ様とクララさんの間に火花が散ったように見える……。
「よろしいじゃありませんの。わたくしたちも、花の聖地の歌姫様と奏者様がどのレベルなのか是非拝聴したいですわ」
「クララ!失礼ですよ!」
「かまいません。よろしければこれから演奏をさせていただきましょう。その方が相互理解が進むかと……」
ラーシュ様の微笑みが氷点下に……。怖い。
「……では、これから一曲ご披露願えますか?」
団長さんは諦めたようにため息をついて銀色の髪をかき上げた。
「ええ、いいですよ。リファーナ?」
「…………はい」
やるしかないわね。もうどうにでもなれ、だわ。
星の聖地は連なる山々を見晴らす高台の上にあった。「岩の座」とか「台地」って呼ばれていて、自然のステージみたい。眼下には湖は無いけど草原と花畑が広がってる。精霊様達は花の聖地と同じようにこの土地を自由に飛び回ってる。
「花の聖地と同じ……」
精霊様達の様子が変わらなくて、伝わってくる気持ちみたいなものも同じで私は安心したの。
「クラヴィーアの奏者さんはこれを使って」
ステージのような台車に乗った大きなクラヴィーアが運ばれてきた。花の聖地では演奏会の時には塔の倉庫からクラヴィーアをみんなで運んで来るのよね。ここでは台車をステージに固定して演奏するのね。これは真似できたら楽になるわ。帰ったら提案してみよう。
「リファーナ、水の波紋の歌ね」
「はい。ラーシュ様」
水の波紋の歌……。水の精霊様を讃える曲のうちの一つで、私の一番得意な歌だわ。楽譜が無くても歌える歌。ここには湖どころか池や川も見えないけれど、その歌でいいのかしら?でもラーシュ様はもうクラヴィーアの前に座ってるから、いつも通り軽く発声練習を行う。そうしてるうちにも団員と思われる人達がたくさん集まって来ているのが気配で分かる。ああ、緊張しちゃう。何でこんなことに……。
ラーシュ様がクラヴィーアを奏で始めると、空気が変わった。それまで興味がありげな精霊様が少し寄って来ていただけだったのに、草原の精霊様達が一斉に空へ舞い上がった。花の聖地もたくさんの精霊様がいらしたけれど、ここにはその数倍以上の精霊様が集まって来てるみたい。
綺麗だわ。ここの精霊様達にも喜んでいただけるかしら。そんな風に思いながら歌い始めた。
良かった。喜んでもらえてるみたい。いつものように精霊様達が舞うように飛び回ってる。私の目には精霊様達の見ているものが映ってる。波紋のように響きあう音。それは草原の花、草の上の朝露、朝露を散らす山々から吹き降ろす風、風は花を散らして空へ、落ちてきそうなほど強く輝く星々。ああ、何てたくさんの星……だから「星の聖地」なのね。
曲が終わっても精霊様達以外は誰も全く動かない。私とラーシュ様の周囲を飛び回る精霊様達を見つめながら静寂の中不安に思っていると、団長さんの拍手が響いた。
「素晴らしかった……!!」
続いて大勢の人達の拍手がまるで大雨の時のように鳴り出したの。驚いて振り向くとクララさんも拍手をしてくれてる。
「当然だ」
ラーシュ様は演奏の時と違って、憮然としてる。
「ラーシュ様」
私はラーシュ様の手に自分の手を重ねた。
「リファーナ、とても良かったよ」
「ラーシュ様も素敵でした」
ラーシュ様は微笑んで私の手を握った。私達は精霊様達に向かって一礼して振り返り、集まった団員さん達にもお辞儀をした。拍手と歓声はまだ続いてる。
「花の歌姫様、花の奏者殿、改めてようこそ、我らが星の聖地へ!」
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




