嫉妬
来ていただいてありがとうございます!
「さっきから聞いていれば、滅茶苦茶だね君は。なんでもかんでも人のせいかい?」
こちらに近づきながらロッティー様を見据えるフローリア先生。
「選抜チームの練習も以前見せてもらったけれど、正直何故君が選ばれたのか分からないレベルだったのにね」
フローリア先生は呆れたようにため息をつく。え?いつ見に来ていたの?全然気が付かなかったわ。
「なっ……!いくら公爵様でもそれは酷い仰り様ですわ!」
「いやいやいや。えーっと、リータ子爵令嬢、だっけ?リファーナ嬢と君とじゃあ雲泥の差だよ」
「そんなことはありませんわ!私は初等部の頃から歌はリファーナ様よりも上手でしたのよ?」
「今は随分と差が開いたのだね。なら何故君が歌う時には精霊が現れなかったんだい?」
「それは、だから、リファーナ様が私の悪口を……」
「断言できるけど、リファーナ嬢はそんなことはしない。そもそもそんな人間を精霊が認めるはずもない。君は精霊と精霊の歌姫の存在自体を貶めているという自覚はあるかい?」
鋭い眼光がロッティー様を射抜いた。そうだわ。ロッティー様は私だけじゃなく精霊様を悪く言ってることになってしまうんだ。
「ひっ……」
言った内容もそうだけど、そもそも先生とはいえ公爵様に口答えをしてしまっているのは良くないわよね。
「あの、ロッティー様は受験のことを良く分かってなかっただけで!私だって、詳しく知っていたわけでは無いですし!」
受験の内容は公にはされてないとはいえ、下調べをすればわかる情報だもの。私だってちゃんと知ろうとはしなかった。ロッティー様と同じだわ。
「技術が多少拙くとも、精霊に認められた者だけが音楽隊に入隊できる。心も大切なんだ。人間だからね、欲はあるよ。それでもあまりにも醜い心根の音は精霊に届くことは無い。そもそも、君が歌っていて精霊が現れたことがあるのかい?」
「…………」
ロッティー様は答えない。
「昨年の精霊祭に精霊の歌姫や精霊の奏者がいたのに開会式の演奏に精霊が現れなかったのは、不快な音が混ざったせいだよ」
「それが、私だと……?」
「さあね。君だけのせいではないだろうけれど、一因にはなっているだろうね」
「そんな……」
わなわなとふるえるロッティー様。
「というのが我々支援者の共通意見になってる。私達は各種演奏会の後に考察会という話し合いをおこなってるんだよ」
そんなことをなさってたの?そんなに聖地の音楽隊や精霊様がお好きなのね。
「以上だ。君がこれ以上リファーナ嬢を貶める理由があるかい?」
「ございませんわ……」
「グラソン様に、フローリア様……、本当にいいご身分ですこと……!」
ロッティー様は私にだけ聞こえるように小さく吐き捨てると、フローリア先生にだけご挨拶をして走り去ってしまった。
「君が気にする必要はないよ」
しばらくの間、ロッティー様の去って行った方をを見ていた私にフローリア様が話しかけてきた。
「ありがとうございました。フローリア先生」
ロッティー様の誤解は解けたのかしら。最後の言葉を聞くに、たぶん余計に嫌われてしまったみたいに思える。気持ちがズンと重くなった。
「才能のある者は嫉妬や羨望といった感情を向けられてしまうものだ」
「嫉妬と羨望……」
ロッティー様には嫌われてる、っていうか憎まれてる感じがする。
「そうそう、今度の学園のダンスパーティー、私のパートナーになってくれないかな?」
打って変わって明るい声の調子に戸惑ってしまう。今度のって夏の初めのダンスパーティーの事よね?
「お断りいたします。私はラーシュ様以外の方とダンスパーティーに行くつもりはありません」
「貴族にとって社交は大事だよ?」
気にしてることをいわれて少しひるんだ。
「それは……っ。先生とダンスしたい女子生徒はたくさんらっしゃいますわ。婚約者のいる私などがしゃしゃり出る必要は無いかと……」
「そうなんだよね。でもその中の誰かを選べば他の生徒が悲しむよね?だったら義妹である君がパートナーになってくれた方がみんな納得すると思うんだけどなぁ」
だったら、ダンスパーティーなんて出なければいいと思うんだけど、先生なんだし、参加は自由なんだし……。これってはっきり言っても失礼にならないかしら……?考え込んでるうちにもっと距離を詰められてしまって、更に焦って言葉が出てこない。
「あ、あの、先生……」
「フローリア先生!私達とも踊ってください」
「そうですよ!楽しみにしてますから!」
突然、周囲で見ていた女子生徒達が我慢しきれないように声をかけてきてくれたの。きゃいきゃいとはしゃぐ女の子達。助かった……。いつの間にか休み時間になっていたのね。
「良かったですね、お義兄様。では、私はこれで失礼します」
なんとか一人で切り抜けられたわ。……うう、でも他の女の子達に助けられてしまった。今日はミント先生にお会いしに来ただけだからアンさんには来てもらわなかったのよね。こんな事なら一緒に来てもらうのだったわ。
「何それ?」
「これからはどこに行くにも護衛が必要ですね」
「それは大袈裟では……」
今日あったことをお話したら、ラーシュとヒースコートさんが厳しい顔をしてる。
「一人で行かせるんじゃなかった……」
「ごめんなさい……」
「リファーナは悪くないよ。何なんだあの子爵令嬢はっ……まるっきり言いがかりじゃないか!そんなに気に食わないのならば近寄ってこなければいいものを……。ごめん、リファーナ。これ以上は看過できない」
「ラーシュ様っ……」
「いけませんよ、リファーナ様」
ヒースコートさん、ラーシュ様を止めてくれるんだ。と思ったら違った。
「今回の事は流石に度が過ぎています。お二人の身分の差をわきまえておられないというのも問題です。しかしそれ以上にリファーナ様は精霊の歌姫でいらっしゃるのです。リータ子爵令嬢の振舞いはこの王国が精霊様の信頼を失いかねないものかと存じます」
「今回の事はグラソン侯爵家から、リータ子爵家へ正式に抗議させてもらうよ」
「……はい」
私はそれ以上何も言えなかった。
「星の音楽会の楽譜を預かってきたんだ。今日から練習するよ」
「あ、はい!ラーシュ様」
「では、私は仕事に戻ります」
クラヴィーアはラーシュ様の私室にあるから練習はいつもそこでするんだけど、お部屋に入ったラーシュ様はクラヴィーアの蓋を開けない?あれ?
「おいで、リファーナ」
手を引かれ、抱き寄せられて背中と腰をしっかりとホールドされた。唇が重なって密着度が上がる。
「あいつに助けられて、嬉しかった?」
「は……ぁ、あいつ?」
口付けの合間に尋ねられた。あいつ?嬉しい?とっさに頭が回らない。
「フローリア公爵」
「助けられ……っ?んんっ」
答える前に再び口付けられた。ラーシュ様どうしたの?頭の後ろに回った手が強すぎて痛いくらい。
「公……爵様が、助けたのは「精霊の歌姫」だと思っています」
そう。前の時とたぶんあの方は変わらない。ご自分が愛する者を愛し続けるためには、他の人の気持ちなんてどうでもいい方なんだと思う。最初から結婚の心づもりを教えてくれていれば私だって余計な期待をしなかったのに。自分も身勝手だと思いながらも、少し恨めしく思う。
「公爵様は私なんて見ていません」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。
「リファーナ?」
ラーシュ様の声に戸惑いが感じられる。助けてもらえたのは私が「精霊の歌姫」だから。もしただのリファーナだったら、助けてもらえなかったと思う。
「だから感謝は申し上げますけれど、嬉しくはありません」
「それでも……リファーナを守るのは僕でありた……」
私から口付けてラーシュ様の言葉を遮った。
「私も嫌でしたし、今も嫌です」
「リファーナ……?」
「ラーシュ様が学園や演奏会の後で女性の方々に囲まれてるのを見るのは」
たぶん同じ感情だと思うの。ラーシュ様は嫉妬してくれたのよね……?
「ごめん……。乱暴にして。……でもリファーナも嫉妬してくれてたんだね。ちょっと嬉しいよ」
優しい口付けがおりてくる。
「あ、ラーシュ様、練習は……」
「後でいい……」
「ん、ん……」
何度も何度も口付けられて頭の奥がしびれて、目の前がくらくらした。
「はぁ……でもやっぱりリファーナは一人にしておくと危ないね。どこかに鍵をかけて閉じ込めてしまいたいよ」
「ラーシュ様ってばご冗談を……」
「うん。冗談。冗談」
あれ?本当に冗談よね?抱きしめられていて顔が見えないけれど……。
練習は夕食後にすることにして、少しだけ薄暗くなった部屋の中、二人でソファに座って話をすることにしたの。……私が立っていられなくなってしまったから。
「ああ、そうだ。星の音楽会の曲は五曲だって」
ラーシュ様は楽譜をケースから取り出した。
「五曲も?!私達はその中の一曲を演奏するんですか?」
「違うよ。僕達が演奏するのが五曲。あちらの音楽隊は夜通し演奏するそうだよ」
「………は?夜通し、ですか?!」
信じられない……。そして私達は外様なのに五曲も演奏するの?
「星の聖地への旅の間も練習漬けになりそうだね」
「……頑張ります」
星の聖地への旅は船と馬車で十日間。ラーシュ様と二人で旅行だわ!なんて、ちょっと浮かれた気分でいたけれど、そんな気持ちは吹っ飛んでしまったわ。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




