同調
来ていただいてありがとうございます!
風が強く吹き渡る
湖の水面と咲きそろう花々を揺らして
一年に一度、春のこの時期に訪れる乱風の時
これから来る光と成長の時を知らせる大風
ラーシュ様のクラヴィーアと私の独唱の後、美しく揃った歌と演奏が続いた。風の精霊様を讃え、感謝を伝える歌と曲が塔から湖や花畑に響いていく。大きな風の音に負けることなく、精霊様の風にのるように。
歌い出しからなんだかいつもと少し違う感覚がしてた。ただ歌を歌ってるだけじゃないみたいな。感覚が研ぎ澄まされるような。世界と風と一体化したみたいな不思議な感覚がした。風の精霊様を讃える演奏会曲目は三つ。最後の一曲を歌い終わって、私はしばらくぼんやりしてたの。
「リファーナ、お疲れ様」
強くなっていく風にラーシュ様の髪も服もあおられて揺れてる。
「…………ラーシュ様……?」
「どうしたの?リファーナ。大丈夫?」
ラーシュ様が私の肩に手をかけた。
「はい。少し頭がぼーっとしちゃって……。私ちゃんと歌えてましたか?」
「うん。今日もとても良かったよ。いつもより集中できてたみたいだね」
「……今日はなんだか不思議な感じがしました」
私は胸の辺りを両手で押さえた。
「不思議な感じ……」
ラーシュ様にも思い当たることがあるみたい。少し考え込んでる。
「はい……」
私だけじゃないのかしら……?
「リファーナちゃんっ!グラソン君!お疲れ様!!さすが精霊の歌姫と奏者ね!精霊様達が大喜びしてるわ。みんなも今までで一番いい感じだったわね!なんだかこう一体感が凄かったわ!」
「はい。私もそう思います」
ソフィアさんがラーシュ様と私の肩を抱えて笑った。
「ソフィアさん、離してください……」
ラーシュ様はため息をついて、それを見たソフィアさんはまた楽しそうに笑った。
「なんだか、風にのって歌った気がするわ」
「精霊様達のリズムが聞こえてきたような気もするね」
「長年演奏してきたが、こんな感覚は初めてだよ」
音楽隊のベテランさん達も口々に言い合ってる。音楽隊みんなが同じような感覚を共有したみたい。一体なんだったんだろう?
「確かに、今までの演奏会とは少し違っていた気がするね。さっきリファーナも言っていたけど不思議な感覚は僕にもあったよ」
グラソン家のお屋敷に帰ってからラーシュ様と二人で今日の事を話し合っていたら、玄関の方でヒースコートさんの声が聞こえてきたの。
「珍しいね。アレンが大きな声を出すなんて」
「そうですね」
一階の居間の前にいたラーシュ様と私はエントランスへ向かった。
「驚きましたよ。奥様」
「突然ごめんなさいね。近くに来たから寄ったのよ」
「奥様?!」
聞こえてきた声にラーシュ様と私は顔を見合わせた。どうやらラーシュ様のお母様、グラソン侯爵夫人がお帰りになったみたい。
エントランスには大きな荷物が置かれていて、旅装のグラソン侯爵夫人がヒースコートさんとお話してた。
「母上?突然どうされたのですか?」
「ラーシュ!リファーナ!久しぶりね!うふふ。旅行の帰りに寄ったのよ。」
「おかえりなさいませ、お母様……」
「んー!よくできました!」
グラソン公爵夫人はそう言って私を抱き締めてくれた。前々から「お母様」と呼ぶように言われていたの。照れてしまうけれど、とても喜んでくださるから頑張ってる。
夕食はグラソン侯爵夫人も加わってとても賑やかになった。
「今日の演奏会、見たわよ!二人とも素晴らしかったわ!!」
グラソン侯爵夫人は旅行がお好きで、今回はお友達とご一緒に外国を旅してきたんだそう。こうして、王都のお屋敷ではなくふらりとこの別邸へやって来ることがある。いつもはお手紙で知らせてくれるのだけど、ちょっとしたトラブルで早く帰国することになり、こちらへ顔を見せに来てくれたの。
「ありがとう、母上」
「ありがとうございます、お母様」
「さすが精霊の歌姫と精霊の奏者ね!旅先で聞いた時は驚いたけれど、しっかりやってるみたいで安心しましたよ、ラーシュ」
「ええ。やるからには真剣にやります」
「それにしても今回の演奏会は音楽隊の一体感が素晴らしかったわね。風の精霊様達もいつになく生き生きと飛び回っていたわ!」
ラーシュ様と私は今回の演奏会での不思議な感覚を、グラソン侯爵夫人に話した。
「旅先で同じようなことを聞いたことがあるわね。精霊と感覚を共有するとか、同調するとか」
「共有、同調……」
今日のあの不思議な感覚はそんな感じだったかもしれない……。
「旅先とは、他の聖地のことですか?」
ラーシュ様が食事の手を止めた。
「ええ、そうよ。他の聖地にも音楽隊があるけれど、歴史はこの花の聖地より古いからたくさんの伝承が残っているわ」
「そういえばこの聖地は発見が一番遅かったのでしたね」
ああ、そんなようなことを授業で習ったわ。今思い出した。つまり忘れてたわ……。私って駄目ね。
夕食の後も、お茶を飲みながらグラソン侯爵夫人とのお話は続いた。
「他の聖地の伝承とは、どんなものがあるのですか?」
ラーシュ様は興味津々みたい。他の聖地……。星の聖地、闇の聖地、そして人には見えないって言われてる時の聖地だったわね。大丈夫、ちゃんと覚えてる。
「そうね……。詳しくは知らないのだけれど、精霊の目を借りて世界を見る事ができるとか、精霊の歌姫達が精霊の世界に迎え入れられて精霊姫になったとか、精霊の奏者が精霊に連れ去られたとか、永遠の命を与えられた精霊の画家がいるとか、世界や時を渡ったとか……?色々聞いたけど、おとぎ話や神話のようなお話が多かったわねぇ」
「やや物騒な話もありますね……」
グラソン侯爵夫人の言葉に、顔を曇らせるラーシュ様。確かにおとぎ話のようなことが多かったけれど、私には一つとても気になったことがあった。
世界や時を渡った……?
やっぱり私を救ってやり直しをさせてくれたのは精霊様で、他にも私みたいな人がいたってことよね?ああ、他の聖地へ行ってみたいわ。詳しい話を聞いてみたい……。
「リファーナは可愛いから、精霊の世界へ連れ去られてしまうかもしれないわね」
グラソン侯爵夫人はいたずらっぽく笑ってラーシュ様を見た。
「そんなのはおとぎ話でしょう?」
ラーシュ様はそう言ってお茶のカップを持ち上げた。
「ちょっと不安になっちゃったでしょう?お母様にはお見通しですからね」
「そんなことはさせませんよ」
「ほら、やっぱり!ラーシュは本当にリファーナを好きなのねぇ……」
クスクス笑うグラソン侯爵夫人をラーシュ様が睨んでる。ああ、グラソン侯爵夫人ってよくこうやってラーシュ様の事をからかっていらっしゃるのよね。
「ラーシュ様、そんなことにはならないですよ!精霊様の世界へは行かないです!私はずっとラーシュ様のおそばにいたいんですから!」
私はラーシュ様の腕を両手で掴んだ。
「っリファーナ……!」
ん?ラーシュ様が、空いた方の片手で顔を押さえてる。
「あらあらあら!ラーシュったら、愛されてるわねぇ……。お母様はこんな素敵なお嫁さんがいてくれてとても安心だわ!」
あ、私もしかしてやらかしちゃった?ラーシュ様の顔を見上げると困ったようなでも少し嬉しそうな赤い顔。良かった。怒ってはいないみたい。
でもその後、「夫婦で歌姫と奏者とか本当に素敵よねぇ……」とか「あの不愛想な子が立派になって」とか、ひとしきりからかわれることになってしまったの……。
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