護衛
来ていただいてありがとうございます!
「リファーナ嬢、これから練習に行くのかな?」
見つかっちゃったわ。教室の近くにいなかったから油断しちゃった。今日は週一回の登校の日なんだけど、朝は会わなかったから安心してたのに……。
「フローリア先生……。はい。急ぎますので失礼いたします」
通り過ぎようとしたら、壁に先生の片手がつかれた。ああ、また通せんぼをされてしまった。私の肩に止まっていた精霊様が抗議するかのように飛び回ってるけど、フローリア先生は微笑ましいというような表情をしただけで、全然気にしてないみたい。
「素敵な指輪だね。グラソン君からの贈り物かな?」
カバンを胸に抱いていたから私の指が目に入ったのね。
「そうです」
「約束の指輪か……。グラソン君は独占欲が強いんだね」
「そんなことはありません。ラーシュ様は私の旦那様になる方ですから……」
そっと冷たい石に触れた。小指にはまった指輪は私をとても幸せな気持ちにしてくれる。
「精霊の歌姫を独り占めはずるいなぁ」
ため息をついたフローリア先生は、一歩私に近づいた。私は三歩後ろに下がった。精霊様は相変わらず周囲を飛び回ってる。
「そうそう、今度私の授業に特別ゲストとして参加してくれないかな?」
「申し訳ございませんが、私は聖地の音楽隊の活動を優先させていただいております」
「あれ?一応学生のうちは学業優先と聞いていたけれど?」
「私が授業に出てもお助けできるような知識など持ち合わせておりません」
学んでいることは他の生徒と同じだもの。いくら聖地の音楽隊にいるからって、専門的な勉強をしているわけでもないし、そんなに知識に大差ないわ。
「知識なんて必要無いよ。講師の僕がいるんだから。精霊の歌姫の君が何を感じているのか、思っていることを語ってくれればいい。君に憧れてる生徒もたくさんいるんだから。今年の受験者は君のおかげで倍増したって聞いてるよ?さあ、今からちょっと打ち合わせをしよう。スケジュールのすり合わせも必要だろう?」
フローリア先生は私の手を取ろうとしてきた。なんでこんなに強引なの?!
「お待ちください!リファーナ様は各種演奏会の準備等で大変多忙でいらっしゃいます!」
眼鏡をかけた、学園の制服を着た少女が私の前に進み出た。私が安心したせいか、精霊様もまた私の肩に下りてきた。
「遅くなり申し訳ございません、リファーナ様」
スケジュールと書かれた手帳を広げて、説明を始めたこの女の子がラーシュ様の言った「対策」なの。
「この後リファーナ様は聖地の音楽隊の練習場で、来る定期演奏会、「風の精霊様を讃える演奏会」の曲目の練習に入られます。また近々、週一回の小演奏会のご予定も入っておられます!とてもその他の事に関わるお時間は取れません!!」
ふんっと鼻息荒く説明してくれた。
「君は何者かな?」
やや、顔を引きつらせてフローリア先生は尋ねた。
「この方は……」
「申し遅れました!わたくしは、アン・ヒースコートと申します。今年からこのスモールウッド学園高等部に入学してまいりました」
一つにまとめて三つ編みしたこげ茶の髪、明るい茶色の瞳の子の女の子はヒースコートさんの従妹で、私が授業に出席しなくてはならない日に護衛をしてくれる事になった人なの。
先日、グラソン家での顔合わせの後、二人でお話をすることがあった。
「護衛だなんて、こんなことをお願いするのは申し訳ないです。お家からも遠いとお聞きしています。断りづらいのでしたら、私から……」
「いいえ?!お給料もいただけて、勉強もさせていただけるなんてお得です!!」
「お得?」
「はい!護衛といっても週一回の短い時間だけですし、美味しいバイトですわ!」
「美味しいですか?」
「それに、私、精霊の歌姫様のファンなんです!精霊祭、見てましたわ!お力になれるなんて光栄です!!」
「そうなんですか。ありがとうございます」
アンさんは明るくてはきはきしててとても良い感じの人だった。お友達になれたら嬉しい。
「アンさんが来てくれて助かったわ。上手く断れない私ってやっぱり駄目ね」
学園の廊下をアンさんと二人で歩きながら、ため息をついた。
「これが私のお役目ですから、どうぞお気になさらず。でもあの公爵様は一体どういうおつもりなのでしょう?」
「精霊の歌姫がお好きなんですって」
「リファーナ様のお姉様の婚約者でいらっしゃるのでしょう?それに精霊の歌姫がお好きならどうしてリファーナ様を困らせるのでしょう?理解ができません」
「私」とか「リファーナ」はどうでも良くて、あくまで「精霊の歌姫」が好きだからよね?エミリア様にもたくさんの支援をなさってたっていうし……。悪い方では無いのかもしれないけれど、困った方ではあるわね。前の時は優しいお兄様という印象だったけど、今は瞳がキラキラした少年のようだわ。
「私がいれば、早々無理なことはなさらないでしょうけれど、リファーナ様も学園内ではくれぐれもお一人にならないようにご注意くださいね」
「ええ、気を付けるわ。ありがとうね、アンさん」
アンさんは私を門の前で待っていた馬車まで送ってくれたの。
音楽隊の練習終了後、お屋敷に帰ったラーシュ様と私は夕食の後に今日の事を話し合った。
「早速ちょっかいを出だしてきたんだね」
ラーシュ様はこめかみを押さえた。
「ごめんなさい。上手くかわせなくてアンさんに助けていただいたんです」
ああ、話し下手を克服せずに逃げてたツケが回って来てるのね。
「リファーナが落ち込む必要はないよ。あれはリファーナが太刀打ちできるような相手じゃない」
ラーシュ様が慰めるように私の肩をだきよせてくれた。このお屋敷の中にもラーシュ様と私についてきている精霊様達が飛び回るようになったの。
「アンからも聞きました。フローリア公爵様は人当たりは良いようですが、かなり強引だったと」
ヒースコートさんがシュネーのお茶を淹れてくれた。
「どうぞアンに頼ってやってください。あれは色々と学んでおりますから役に立つと思いますよ」
「いい香り……。ありがとうございます。ヒースコートさん」
「では、失礼します」
ヒースコートさんは微笑むと居間を出て行った。何故か精霊様達もヒースコートさんについて外に出て行ってしまって、部屋の中はラーシュ様と私の二人だけになった。
「せっかく音楽隊の活動に専念できると思っていたのに、厄介だな」
「ごめんなさい、ラーシュ様」
「何故リファーナが謝るの?勝手に好意を持たれて迷惑してる被害者でしょう?」
「好意……でしょうか」
「リファーナ?」
「たぶん先生は、私の事を好きなわけじゃないと思うんです」
「精霊の歌姫……」
「はい。精霊の歌姫だから私に興味を持たれたんだと思います」
「そう、かもしれないね……」
ラーシュ様は頬杖をついて考え込んでしまった。
私は立ち上がって窓の外を見た。お庭にも精霊様達がたくさん飛び回ってる。
「私以外にも精霊の歌姫が現れれば、きっと私への興味も薄れるのに」
「それは難しいかもしれないね。この花の聖地ではエミリア様以来、歌姫は現われていない。数十年ぶりにリファーナがやっと精霊に認められたんだから、これからもそう簡単には精霊の歌姫になれる者は出てこないだろう」
ラーシュ様も立ち上がり窓に近づき、私の隣に立った。
「ラーシュ様だけですね。ただの「私」を選んでくれたのは」
そういえば家族も私が「精霊の歌姫」に選ばれたら、興味が出てきたみたいだったわ。私は私のまま、何も変わっていないのに不思議。
お父様もお母様も、フローリア公爵様も私がただのリファーナのままだったら、前の時と同じように私に興味を持つことは無かったんだと思うの。でもラーシュ様は私が精霊の歌姫になる前からずっと一緒にいてくれた。この違いって何だろう?
「どうしてラーシュ様は違うの?」
「リファーナ?」
一つ前と違うのは私が聖地の音楽隊を目指すって宣言したことくらいかしら?精霊様達の光を見ながら考えたけど、そんなのわかるはずもなかった。
「リファーナ……リファーナっ」
ラーシュ様が焦ったように私の目を覗き込んでいた。頬に触れた手が温かい。
「ラーシュ様?どうしたんですか?」
「…………また、遠くを見てたから。心配事があるのなら打ち明けて欲しい」
ラーシュ様が苦し気に私を見つめてる。
「いえ、今はちょっと考え事をしてただけなんです」
「何を考えてたの?フローリア公爵の事?」
「え?いいえ!……ラーシュ様の事です」
「僕の事?」
「はい。ラーシュ様はどうして私を、その、好きになってくれたのかなって……」
自分ではいい所無しだって思ってるんだもの。
「聞きたい?」
「え?」
「凄く、すっごく、思いっきり時間がかかるけど、聞く?」
あ、ラーシュ様の目が真剣だわ。これはちょっとまずいかもしれない。
「いえ、あの大丈夫で、きゃあっ」
ラーシュ様が私を抱き上げてそのままソファに腰かけた。体が密着しすぎて恥ずかしい。……でも嫌じゃないから拒めない。
「まずはね……」
ラーシュ様は一つずつ私を褒める言葉を言って、その度に一度ずつ口付けた。
「あ、あの、もう……」
もうもたないわ。いろいろと……。
「まだ、全然序の口なんだけど?リファーナは自己評価が低すぎるみたいだからね。ちゃんと自分の魅力を自覚してもらわないと危険すぎる」
「危険って、そんな……え?」
突然部屋の中に風の精霊様達がなだれ込んで来た。せわしなく飛び回り続けてる。
「これは……!」
「大風が吹く予兆ですね」
ラーシュ様と私は顔を見合わせて頷きあった。
明日は風の精霊様を讃える演奏会だわ。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




