変わる世界
来ていただいてありがとうございます!
私にとって世界が変わったのは二度目かもしれない。
精霊祭の最終日、私は私らしくいつものように歌を歌った。それだけなのに。
あの夜、歌い終わった後、たくさんの歓声に迎えられた。一度目は屋上で音楽隊の仲間達から。
「リファーナちゃん!凄いわ!」
ソフィアさんに抱きしめられ、ちょっと窒息しかけた。
「あれは大精霊様か?それとも精霊王様か?」
ラルフさんに質問され、分からないと答えた。
「次代の歌姫誕生だ!!」
隊長さんに背中を叩かれ、転びかけてラーシュ様に支えてもらった。隊員さん達はみんな笑顔で、私も笑顔になった。
「リファーナ、僕が守るから安心して」
「ラーシュ様?」
ラーシュ様の言葉の意味が分かったのは、着替えを済ませてグラソン家の別邸に帰ろうとした時だった。
演奏会が終わって随分時間が経ったのに、塔の周りにはたくさんの人達が残ってた。
「やっぱり、殆どの観客が残ってるか……」
ラーシュ様は眉をしかめてる。
「あらら、リファーナちゃんこれからちょっと大変ねぇ」
何故か厚手のショールを頭からかぶるソフィアさん。他の女性隊員さん達も同じような格好をしてる……?
「わわっ!!」
ラルフさんが私の頭にもショールを被せた。
「えっと?」
「皆さんご協力感謝します!」
ラーシュ様がみんなにお礼を言ってる?私だけが訳が分からない。
「じゃあ、みんな行くわよっ!」
ソフィアさんを筆頭に男性隊員さん達に守られたショールの女性隊員さん達が塔から飛び出した。二度目の歓声はこの時。
「出てきたぞ!」
「あれ?どれだ?精霊の歌姫は?」
観客の人達にあっという間に取り囲まれてしまった。
「もみくちゃになってる……」
茫然とする私の手を掴んだラーシュ様が外へ飛び出して、ヒースコートさんの待つ馬車まで走り出す。何とか馬車に乗り込んでそのまま塔を離れる事ができた。
「みんな、大丈夫かしら……」
「被り物を取れば解放されるさ」
「でも、どうしてこんな……」
昨年まではこんなことは無かった。塔から帰る精霊の歌姫様を並んで拍手でお送りするのが慣例なのに。
「無理もないよ。あんなものを見せられてはね」
ラーシュ様は苦笑してる。私には何が起こってるのか、この時はまだよくわかってなかった。
数日後、何故かグラソン家の別邸からラーシュ様と登校したけれど、私は放課後に学園長様に呼び出された。
「リファーナ・スティーリア伯爵令嬢、国王陛下からの伝文が届いていますよ」
「こ、国王陛下からですか?」
白髪に白いおひげの学園長様のお顔を見る機会も滅多に無いのに、呼び出されて緊張していたらもっと緊張することを言われたの。驚きすぎて頭が真っ白だわ……。
「正式な招待はこれからになるが、是非今度行われる王家主催の舞踏会に出席をとのことだよ。良かったね」
学園長様はにこにこと嬉しそう。
「は?舞踏会……ですか?どうして私が……」
何で?何で?何で?疑問符がたくさん浮かぶ。
「君が精霊の歌姫に選ばれたからだよ」
当たり前じゃないかってお顔できょとんとされてしまった。
この王国では王家主催の舞踏会は、学校卒業前の貴族子女の参加は自由という慣習なの。つまり出ても出なくてもいいってこと。爵位を持つ親の裁量に任されている。基本的に学生は不参加のスタンスの貴族が多いんだけど、婚約者がいない場合には参加させることが多いの。お見合いを兼ねてるのね。つまり、私は今まで一度も参加したことが無い……。こんなのどうしたらいいの?
学園長室を出たらラーシュ様がいてくれた。
「話は終わった?」
「はい。あの……」
「ちょっと待って。僕達の話は屋敷へ帰ってからね」
ラーシュ様は周囲を見回してる。よく見たら結構な数の生徒達が集まって来てるみたい。みんな帰らなくていいのかしら?
「リファーナ様!新たな精霊の歌姫就任おめでとうございます!」
女の子達から花束を渡された。
「あ、ありがとうございます……」
この子達は一年生の選抜チームの子達だわ。キャーって言いながら走り去って行っちゃった。精霊の歌姫って就任するものなのかしら?っていうか、私は本当に精霊の歌姫なの?
彼女達をかわきりに私とラーシュ様の周りに学園の生徒達が集まって来た。精霊祭の夜みたいにもみくちゃにされるようなことは無くて、口々にお祝いの言葉を伝えてくれただけだった。だからお礼を言いながら無事に学園の外へ出る事ができたの。
「ラーシュ様、私は精霊の歌姫なんでしょうか……」
「…………今更?」
ラーシュ様の腕がソファのひじ掛けからずり落ちそうになった。女の子達からもらった花束はヒースコートさんが花瓶に生けてくれてある。私はぼんやりと花を見つめながらラーシュ様の隣に座っていた。私達は寮には帰らずにグラソン家の別邸に戻ってきたの。
「だって、実感が全然無くて……。私はいつも通りに歌を歌っただけなのに」
「あの夜、大精霊様と思われる存在がリファーナを認めたんだよ。『新たな歌姫』って」
ラーシュ様が困ったように笑って、隣に座った私を覗き込んだ。
「それは、私も聞きました。けど、精霊の歌姫様はちゃんといらっしゃるのに……」
「別に精霊の歌姫は何人いてもいいと思うけどね」
ラーシュ様の言葉は頭に入って来るけれど、気持ちがふわふわしててついていけないの。
「ねえ、リファーナ、君に手紙が届いてるんだ」
「手紙ですか?」
「こちらです」
お茶を淹れてくれたヒースコートさんがトレーに手紙を載せて持ってきてくれた。
「ありがとうございます。誰から……あ!」
手紙は精霊の歌姫様からだった。
『落ち着いたら、お話がしたいわ。是非訪ねて来てね』
短い文でそれだけ書いてあった。ラーシュ様に見せると頷いてくれた。
「明日にでも伺おうか」
ラーシュ様がそう言うと、ヒースコートさんが心得たように部屋を出て行った。
翌日の午後、私とラーシュ様は花の聖地の街の外れにある、精霊の歌姫様のご自宅のお屋敷に伺ったの。花や木々に囲まれたこじんまりとしたとても素敵なお屋敷で、精霊様達がたくさん飛び回ってる。
「まあ、まあ!良く来てくれたわね!」
歌姫様が私達を出迎えてくれて驚いたわ。
「歌姫様!起き上がって大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、リファーナさん。セドリックが少し大袈裟にしただけなんだから」
歌姫様は心外そうに腕を組んで見せた。セドリックって、フローリア公爵様の事?やっぱりお二人は仲が良いのかしら?
歌姫様は私達を居間に案内してくれてお茶とお菓子を勧めてくれた。お茶とお菓子を運んでくれたメイドさん二人は一礼すると部屋を出て行った。
「精霊王様が現れたそうね」
「あれは精霊王様だったんでしょうか……」
「光が人の姿を取ったような美しい、男性のような女性のような方。でしょう?」
「は、はい!」
私が思ったのと同じ!
「じゃあ、間違いないわ。私の時と同じね。貴女は精霊王様に歌姫として認められたのよ」
歌姫様はかわいらしく片目を瞑った。
「歌姫様……」
「エミリアよ」
「え?」
「私の名前はエミリア・ブラウン。エミリアって呼んで欲しいわ、リファーナさん」
「エミリア様?」
「うふふ、ありがとうね。はーっ!肩の荷が下りたわ!そろそろ引退したかったのよ!リファーナさんが入隊してくれて良かった。助かるわ!」
「そんな、引退だなんて……、私まだエミリア様の歌を聞きたいです」
「あら、歌うことはやめないわよ。歌は私の人生だもの!」
エミリア様はそう言って窓から入って来た精霊様に微笑んだの。でも、エミリア様が演奏会のような場で歌うことはもうないのかもしれないわ。私は少し寂しい気持ちになった。
「リファーナさん、これから色々なことが変わると思うけれど、大丈夫よ。貴女の歌を歌えばいいの。貴女には精霊様が付いててくださるわ」
「はい」
もうすでに私の世界は変わり始めてる。きっとエミリア様も経験なさってこられたのね。
「それに、貴女には更に力強い味方がいてくれてるでしょう?」
エミリア様はラーシュ様を見た。
「勿論です。僕は永遠にリファーナの味方です。必ず守ります」
それまで黙って私達の会話を聞いてくれていたラーシュ様が初めて口を開いた。
そうだわ。ラーシュ様は私がぼんやりして現実の変化についていけていないのに、ずっと助けてくれていた。それなのに、私ったら当り前みたいにしてた。恥ずかしい……。
「ラーシュ様、ありがとうございます」
「当然でしょ?リファーナは僕の妻になる人なんだから」
『妻』ってなんだか強い言葉だわ……。ラーシュ様の妻って、考えたら頬が熱くなってきちゃった。
「まあまあ、うふふ。ご馳走様!」
エミリア様は少女のように笑った。周りの精霊様達も笑うように光を明滅させたの。
「またいつでも遊びに来てね」
夕方近くまで楽しくお話して、私達はエミリア様のお屋敷を辞したの。
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