顕現
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秋の精霊祭
開会式での演奏は成功したの。残念ながら精霊様は昨年のように現れてはくれなかったけど、お客様は満席だった。あとは二日後の最終日の夜の塔での演奏会を頑張るだけ。
「どうする?これからお祭りを回ってみる?」
「そうですね。昨年はあまり見て回れなかったので行きたいです」
ラーシュ様と私は初日の午後に露店や行商の市などを見て楽しんだの。二日目からは聖地の音楽隊のステージを見て回ったわ。みんな日頃の練習の成果を発揮していてとても素晴らしかった。
街かどの簡易ステージで歌ったり、楽器を演奏したりしてる音楽隊じゃない人達の所にも精霊様がやってきて楽しそうに光を明滅させてる。
「ふふ」
「どうしたの?リファーナ」
「精霊様達が楽しそうで、私も楽しくなってきちゃいます」
「リファーナらしいね」
ラーシュ様と私は笑顔と音楽の溢れる街を手を繋いで歩いたの。
聖地の湖の塔でも演奏会があるから、その時間に合わせて聞きに行った。でも塔へ行くと慌てたように人が出入りしてる。
「何だか騒がしいね」
「何かあったのでしょうか?」
「精霊の歌姫様が倒れられたんだ!」
隊長さんが泣きそうな顔でこちらへやって来て説明してくれた。歌姫様は明日の夜の独唱の為に塔の近くの貴族のお屋敷に滞在されているのだけれど、そこで急に倒れられたのだそう。
「高齢でもあるし持病もお持ちだから、仕方ないことだけど万が一ということも……」
ラーシュ様が顔を曇らせる。
「そんな……」
嫌だ。歌姫様の歌がもっと聞きたいのに。お話もしたい。何よりいつまでもお元気でいて欲しい。
「明日の独唱の事なんだけど……」
隊長さんが言いづらそうに切り出した。そうよね。急なことだけど代役と立てないといけないわよね。明日の独唱はこの精霊祭の大切な最後の舞台だもの。ソフィアさんが歌うべきよね。
「君に頼みたいんだ。リファーナさん」
そうよね、緊急事態だし、歌姫様の次はやっぱり……
「え?私ですか?!」
隊長さん何を言ってるの?私は今年入ったばかりの新米なのよ?こんな時に冗談なんて言ってる場合じゃないのに。
「私もそれが良いと思うわ。私には無理無理!」
ソフィアさんが隊長さんの後ろからひょいっと顔を出した。
「ソフィアさんまで何を言ってるんですか?何とか言ってください、ラーシュ様!」
「僕もそれが順当だと思う」
「ええ?!」
ラーシュ様まで……。三人に見つめられて私は途方に暮れてしまった。
「そのことで精霊の歌姫様から手紙を預かって来ているよ」
「フローリア公爵!!」
突然塔の入り口に現れたフローリア公爵様が隊長さんに手紙らしき封書を渡してる。
「どうしてここにあいつ、いや、あの方が」
「精霊の歌姫様は今、フローリア公爵の所有するお屋敷に滞在されてるのよ」
ソフィアさんの説明に私は驚いたわ。精霊の歌姫様とフローリア公爵様は仲が良いのね。
「ふうん……」
ラーシュ様はあまり驚いてないみたい。もしかして何か知ってたのかしら。ちょっと険しい顔でフローリア公爵様と隊長さんの方を見てる。
「たまたまフローリア公爵様のお屋敷が一番近かったから、申し出てくださったって聞いてるわ。はいこれ。リファーナちゃん」
ソフィアさんはそう言いながら私に楽譜を渡してくる。え?ちょっとこれって、なんの楽譜?もしかして明日の曲目の……?
「あ、あの!ソフィアさん、私やっぱり……」
どうにかして考え直してもらおうとあれこれ考えていると、隊長さんがこちらへ戻って来た。後ろには公爵様もいる。
「リファーナさん、歌姫様も君をご指名だ」
隊長さんはそう言って一枚のカードを私に手渡した。少し震えた文字で書いてある言葉は……。
『貴女ならできるわ』
「リファーナ宛のカードで間違いないね」
そ、そんな……嘘でしょう?
「精霊の歌姫様より少し背は低いけど、衣装は直さなくても大丈夫だわ」
精霊の歌姫様の為の控室で急遽衣装合わせをさせられた。
「ちょっと待ってください!本当に?」
まだ実感がわかない。っていうか不安しかない。だって独唱なんて練習してないのに!
控室に入って来たラーシュ様が頬に触れた。
「リファーナ、大丈夫?顔色が悪いよ?」
「ラーシュ様!私、無理です!だって練習もしてないのに、こんな……」
ラーシュ様の顔を見て不安が膨らんで、縋りついてしまった。
「リファーナ、楽譜をよく見て」
「え?」
私はテーブルの上に置いた楽譜を手に取った。
「これは……」
「ずっと一緒に練習してきた曲だよ」
「あ」
「『月の光の歌』……。たくさん練習したよね。初等部の頃から」
私の大好きな歌の一つだわ。歌姫様は今年、この歌を歌う予定だったのね。確かにたくさん練習した歌だわ。でも精霊祭の最後の夜に歌うのはまた別なの……。怖い。何でこんな事に……。
「リファーナは不安なんだね」
「……はい」
「よし!行こう!」
ラーシュ様に手を引かれて立ち上がる。
「え?!どこへ?」
「もちろん、練習しに!」
あ、ラーシュ様の何かが目覚めちゃった。この後私達はグラソン家の別邸で翌日の昼頃まで独唱の曲を練習したの。ああ、厳しいラーシュ様が降臨したわ……。でも不安に思う暇がなくてとても助かったの。
そしてとうとう最終日の夜がやって来てしまった。さすがに明かりの灯った塔の屋上に立つと緊張と不安がどんどん増してくる。綺麗な月光色の衣装も、シャラシャラと音を立てる美しくて繊細な髪飾りやネックレスやブレスレットも心を搔き立ててくれなかった。
「綺麗だよ、リファーナ。まるで君自身が月の精霊みたいだ」
「ラ、ラーシュ様……」
泣きそうになってラーシュ様を見上げたら、深い緑の瞳が優しく私を見てる。
「どうしよう……。私、精霊の歌姫様みたいにはできません……」
屋上への出口から外へ出られずに立ちすくむ私にラーシュ様は優しく言った。
「別に精霊の歌姫様のように歌う必要は無いよ。リファーナはいつも通りでいいんだ」
「でも……」
「リファーナは何のために歌ってるの?観客の為?違うでしょ?」
「あ、私は……」
そうだ、精霊様達が喜んでくれるのが嬉しくて……。ここにいてもいいって認めえもらえたみたいで。
「精霊達の為でしょ?僕が妬けるくらいにはリファーナは精霊を愛してるし愛されてる。だからそれでいいんじゃない?気負う必要は無いんだよ。リファーナはリファーナらしく、ね」
そう言ってラーシュ様は私のおでこに口付けをくれた。
曲調が変わる。
私は楽器隊の列を抜け、歌い手の皆さんの列を通り過ぎて、湖と星月夜の最前線へ進み出た。
リファーナはリファーナらしく
いつも通りに
心を込めて、感謝をこめて、一つ一つの歌詞を丁寧に歌った。
ああ、精霊様達の光が集まって来る。明滅を繰り返して湖と夜空が光でいっぱいになる。
良かった……今夜の歌も喜んでいただけたみたい。伏せていた目を上げるとそこには大きな光の世界が広がっていた。
「え?!なに?誰?……」
光の中に人がいる……?髪が長くて、女性とも男性とも見えそうなとても美しい人だった。まるで月の光が人の姿をとったみたいな……。ざわめく音楽隊の人達の声。その中からはっきりとした言葉が耳に届く。
「大精霊……?」
「いえ、精霊王様では?」
新たな歌姫の誕生を歓迎しよう
しゃべった……!!なんて綺麗な声……。手を伸ばしたその月の光のような人(?)は私の頭を撫でるように触れると微笑んだ。それから少し辺りを見回して眩い光の中へ消えていった。そしていつものように精霊様達の光が乱舞する塔の光景に戻ったの。
誰も一言も発さず、動かない。私はへなへなとその場に座り込んだ。シャラシャラと音を立てる髪飾りが私を夢の中から呼び戻してくれた。
「リファーナ!!」
ラーシュ様が駆け寄って私を支えてくれて立たせてくれた。
「……ラーシュ様」
抱きしめられて、抱きしめ返した。
「頑張ったね、僕の歌姫……」
ラーシュ様の腕の力が強まって、やっと自分がきちんと役目を果たせたことを実感できたの。
歓声が聞こえてくる。でも今はまだそれは遠くの世界の事みたい。
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