招待状と帰省
来ていただいてありがとうございます!
秋の終わりごろのある日
「……本当に来ちゃった。招待状……」
少しだけ周りが落ち着いてきた頃、本当に国王陛下からの舞踏会への招待状が届いた。精霊様がふわふわと飛んできて招待状を覗き込んでる。よく見えるように招待状を広げてみせた。実はあの精霊祭の日から、こうして精霊様が近くにいることが増えてきたの。ちょっと楽しくて嬉しい。
「僕の所にも来てるよ。一緒に出席するようにって」
「良かった……!ラーシュ様も一緒なんですね」
「当然だよ。僕はリファーナの婚約者なんだからね」
学園の中では比較的落ち着いた生活ができているけれど、まだ学園の周囲や寮の周りに人がくることがある。迷惑をかけてしまうので、私はずっとグラソン家の別邸から学園に通わせてもらってるの。
「ラーシュ様、ご不便をおかけしてごめんなさい」
「元々、僕が寮に入ったのはリファーナと一緒にいるためだから、リファーナがここにいてくれるなら何も問題無いよ」
「私のため、ですか?」
「歌の練習をするなら、その方が効率が良いでしょ?」
「ああ、なるほど!」
さすが、練習の鬼!ラーシュ様。
「コホン。ラーシュ様?それだけでは無いでしょう?」
控えていたヒースコートさんが控えめに口を挟んだ。
「……もちろん、僕がリファーナとずっと一緒にいたかったのが一番だけどね」
「ラーシュ様……。私もラーシュ様と一緒で嬉しかったです」
練習は厳しくて何度も泣きそうになったし、結局お姉様を選ぶんだと思っていたから苦しかったけど、今となってはやっぱり幸せな時間だったと思えるの。
「リファーナ、実はもう一通手紙が来てるんだけど」
ラーシュ様とヒースコートさんが表情を曇らせた。
「手紙ですか?」
受け取った封書の送り名はスティーリア伯爵。お父様からだわ。一体何のご用かしら。不思議に思って読んでみると、色々書いてあったけれど要するに体面が悪いから、帰って来いという事らしいの。
「なんて?」
ラーシュ様が心配そうに尋ねてきた。
「えっと、家に帰って来いという事らしいです。お茶会やパーティーを開くとかで……」
正直戸惑っていたの。だって、今まで一度もそんなのに出席したことないのに。
お姉様は誕生日を祝ってもらってたけど、私の誕生日には忙しいと言ってお友達を招いて小さなお茶会を開くだけ。しかもお父様もお母様も当然のように不参加だった。プレゼントは用意してもらえたけど、毎年同じような筆記用具や本だった。ラーシュ様からいただいたアクセサリーは好みのものばっかりで嬉しかったのにな……。本だっていただけたら嬉しいけど、「家畜の経済学」とか「哲学と真理」なんて幼かった私にはかなり難しかったわ。
「案の定、手のひらを返してきたね」
「今さらですね。今までこちらには全く無反応でしたのに」
ラーシュ様とヒースコートさんはため息をついた。私も小さくため息をつく。
「一度スティーリアの屋敷に戻ろうと思います」
「そうだね。そうするしかないね」
「では、お手紙のお返事をお出しします」
「ありがとうございます、ヒースコートさん。すぐに書いてきますね」
憂鬱だけど、お父様にはきちんと説明してわかって貰わないと駄目よね。私はグラソン家に用意してもらってる自室へ戻った。
次の学園のお休みの日、音楽隊の練習をお休みしてスティーリアの自宅屋敷に戻ったの。フローリア公爵様とアグネータお姉様との顔合わせ以来だわ。今日はサーラが一番に出迎えてくれて嬉しかった。すぐにお父様とお母様も出てきちゃったからあまり話せなかったのは残念だったわ……。
お父様とお母様が戸惑うくらいにこやかで、思わずラーシュ様の服の腕辺りを掴んでしまった。
「リファーナったら!こんな素晴らしいことになったのだから、すぐに帰って来なくては駄目でしょう?お父様に報告をしなくては!」
珍しくお母様の声が弾んでる。
「うちの娘達は優秀だな!一人は公爵夫人。もう一人は精霊の歌姫だ」
お父様のほくほく笑顔、初めて見るわ。少なくとも私には向けられたことのない笑顔。
ラーシュ様と一緒に応接室へ通された。居間じゃなくて応接室?不思議に思ってるとラーシュ様への挨拶もそこそこにお父様が要求してきたの。
「とにかく、こちらへもっと頻繁に帰って来なさい。皆さんお前の話を聞きたがってる!リファーナの為の茶会やお披露目パーティーを開く予定なのだから」
「申し訳ございませんが、私は学業と聖地の音楽隊の活動が忙しいので、そういったことには時間を割くことができません」
そう。今までは学生だからと免除されていたことも、これからはそうはいかなくなってしまうの。時間はいくらあっても足りない。
「何?!」
心底意外というように驚いてるお父様。私にはお父様がこんなに私に向かって話しかけてることの方が驚きなんだけど……。
「この後も演奏会や国王陛下との謁見などの予定が詰まっておりますので、とてもそのような余裕が無いのです」
「まあリファーナ!何を言ってるの?私達家族との時間を取れないだなんてそんな悲しいことを……」
「お言葉ですが、私は今までお父様やお母様との時間を過ごした記憶がほとんどありません」
「…………」
「……それは……」
「話しかけてもほとんど返事をしていただけず、笑いかけても頂けませんでしたよね?」
お父様は口をつぐみ、お母様は何とか私を説得しようと頑張ってる。
「お父様もお母様も忙しくしていたのよ?わかるでしょう?リファーナ」
「お忙しいのは分かります。でもアグネータお姉様とは談笑なさってましたよね?」
「…………」
「…………」
「私の事は今まで通り、放っておいていただいて構いません」
「リファーナ……」
「今まで育ててやったのに、その言い草は何だ!」
「はい。衣食住と学費の事はとても感謝しておりますお父様、ありがとうございました。ですがこれからは自分の力で生きていきますのでどうぞご心配なく」
「リファーナ嬢のことはこれまで同様、我がグラソン侯爵家が後見いたしますのでどうぞご心配なく。何度もリファーナ嬢に関心を持っていただけるように書状を送らせていただきましたが、改善の様子は窺えませんでしたからね。この事は父を通じて国王様にも以前から話を通してありますので、スティーリア伯爵様が皆様にご説明なさる必要はございませんよ」
ラーシュ様、氷の微笑みだわ。私の為にそんなことまでしてくれてたなんて……。
「以前から?一体……」
「初等部の頃からですね。ほんの雑談程度のお話ですが、国王陛下は父にとても信頼を置いて下さっておりますから」
「…………承知いたしました。娘の事はそちらにお任せ致します」
「そんな……」
お父様は肩を落とし、お母様は小さく呟いた。
「お願いですわ、グラソン様。たまにはリファーナを家へ帰してくださらないかしら?」
お母様はどうしてそんなに食い下がるのかしら。私はとても不思議に思った。
「リファーナが望めばいくらでも。僕はリファーナの望みなら何でも叶えたいと思っております」
「まあ!感謝いたしますわ!リファーナ、せめて今度のお茶会だけでも一緒に……」
「お断りします」
「リファーナ……」
「先程も申し上げました通り、本当に時間が無いのです。それに話下手な私より、華のあるお姉様をお連れになった方がいいのではないでしょうか」
いつも私は社交に向いてないって仰ってたのに、お母様、どうしちゃったのかしら。
「…………」
良かった。やっと思い出してくれたみたい。精霊の歌姫になったからって、私の話術まで向上したわけじゃないわ。
「リファーナ……ごめんなさい。でも、もう駄目なのかしら。家族なのに……」
「家族……。そうですね。私は家族を嫌いでは無いです」
苦手ではあるけれど、家族は家族だものね。
「リファーナ!」
「皆さんが私にそうだったように、私も皆さんに無関心になってしまっただけなのです。だからあまり気になさらないでください。これからも今まで通りの距離感でいていただければ幸いですわ」
「…………」
「…………」
「良かったら、今度演奏会にいらしてくださいね」
なるべく明るい笑顔で言ったんだけど、やっぱりお父様もお母様も私には笑ってくれなかったわ。まあ、これもいつもと同じよね……。
お父様とお母様との面会が終わって帰り際、アグネータお姉様がエントランスに続く階段を降りてきた。
「あらぁ!リファーナじゃない!帰って来てたのね!」
「お姉様、ごきげんよう」
「貴女、どんな手を使ったの?精霊の歌姫に選ばれたそうね?」
はずむような足取りで、室内向きとは思えない華美なドレスを身に付けたお姉様が近づいて来た。
「てを使う?どういうことでしょうか?」
お姉様は一体何を言ってるのかしら。
「まあいいわ!聞いて!あの方!セドリック様ったら私を溺愛してくださって、なんでも買ってくださるの!見て!この宝石たち!お友達とのお出かけも自由にしていいっていってくださるのよ!クレソニア様とは大違いだわ!お優しくて器が大きいのねぇ」
「それは素敵ですね……」
フローリア公爵は前の時も私にそんな風だった気がする。少し不安だわ。
「やっぱり公爵家っていってもランクがあるのよねぇ」
アグネータお姉様は指にはまった大きな宝石の付いた指輪をうっとりと見つめてる。指が重そう……。折れたりしないか心配になるほど。
「そうそう!今度の舞踏会は私も出席するわ!もちろんセドリック様と一緒にね!地味な貴女も恥をかかないように気を付けなさいね」
「ご心配ありがとうございます。お姉様」
私の言葉が終わらないうちにお姉様はラーシュ様に一礼すると踵を返して階段を登って行ってしまった。何をしに降りてきたのかしら。
「どうやら、お気に入りの宝石やドレスを見せびらかしたかったみたいだね」
ラーシュ様がくすくすと笑ってる。あ、そういうことなのね。似合ってるって褒めれば良かった。私って気が利かないわ。やっぱりお茶会、断って正解だった。危うく恥をかかせちゃうところだった。貴族の娘としては私は落第なのね……。
帰り道、ラーシュ様は馬車の中でずっとご機嫌だった。
「さあ、リファーナは頑張ったから、カフェに寄って美味しいお茶とケーキを御馳走するよ」
「え?家に帰って家族と少しお話しただけですよ?」
何も頑張ってはいないけど?
「いいから、いいから!そうだ、母上に聞いたおすすめの菓子屋にも寄ろう」
良く分からなかったけど、ラーシュ様が楽しそうだからいいかな。もちろんカフェもお菓子屋さんも楽しみ!
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