隠し事
来ていただいてありがとうございます!
水の精霊様を讃える演奏会も無事に終わって、夏が近づいていた。
「リファーナ様!今年も選抜チームにお入りになったんでしょう?」
「聖地の音楽隊のご活動もあるのに、大変ですわね?」
春の学期の最終日の放課後、クラスメイトのご令嬢様達に話しかけられた。最近はこうして話しかけられることが増えたの。仲良くお話してくれる人も多くなってきて、ちょっと嬉しい。
「この前の演奏会、行かせていただきましたわ!グラソン様との合奏はとても素敵でした!」
「私も!私も!『花と風の円舞曲』でしたかしら?とても素敵な楽曲でしたわ!」
「ええ?何ですの?それ!私、存じ上げませんわ!」
「お二人の歌と演奏に合わせて、精霊様がたくさん集まって来られて、まるで絵画のようでしたわ!」
「まあ!次の演奏会には私も絶対行きたいですわ!」
知らなくても当然なの。その曲は何とラーシュ様が作った曲だから!私もつい最近教えてもらったんだけど、ラーシュ様はクラヴィーアの練習と並行して作曲もしていたんですって!ラーシュ様は学業も優秀で、クラヴィーアも上手で、私の練習までみてくれているのに、その上作曲までなさってて、本当に凄いわ!
聖地の音楽隊の企画部から私とラーシュ様の演奏会を打診された時、
「この曲をやらせて欲しい」
ってラーシュ様が楽譜を見せたんですって。即採用になって演奏会で披露することになったの。でもラーシュ様の作曲っていうことはまだ内緒だから、自慢できない。話してしまいたくてうずうずしてしまう。理由は二つ。ラーシュ様がまだ正規隊員では無いこととラーシュ様自身が表に出したくないって希望してること。クラスメイトの反応も精霊様達の反応もとても良かったから、もったいないと思うんだけど仕方ないわよね。いつかラーシュ様の気が変わって評価されたら嬉しいわ。
「リファーナ、そろそろ時間だよ。行こう」
ラーシュ様がいつものように迎えに来てくれた。
「はい、ラーシュ様!では皆様ごきげんよう」
「「ごきげんよう、リファーナ様!」」
私はラーシュ様と一緒に教室を後にした。
「リファーナ、ご機嫌だね。何か良いことあった?」
「この前の演奏会のこと、褒められました!あの曲がとても良かったって!私嬉しくて!!」
「リファーナ?」
「大丈夫です!誰にも話してません!」
「うん」
「とっても自慢したかったけど、我慢したんです!」
「リファーナが気に入ってくれたなら、僕はそれで十分だよ」
廊下を歩いて高等部で一番大きな音楽室に着いた。ここで秋の精霊祭の開会式の為の選抜チームの顔合わせが行われる。今日は高等部のメンバーだけ。明日は前半の練習場になる中等部に集合することになる。
「え?」
音楽室に入って凄く驚いた。だってロッティー様がいらしたから。
「ロッティー様……」
まだ少し胸が痛い……。選抜チームに復帰されたのね。ロッティー様は一人ポツンと座っていてこちらを見ない。
「ほとぼりがさめたと思ってるのかな。結構面の皮が厚いんだね……」
ラーシュ様はロッティー様を冷たい目で見ている。
「やっぱりあの時きちんと制裁を与えるべきだった」
「ラーシュ様、もういいですから」
「リファーナが良くても僕が許せないんだけどね。リファーナがそう言うなら今は抑えるよ」
私達は離れた位置に座った。
翌日夏休み初日の日。スモールウッド学園中等部での全体顔合わせと練習予定の打ち合わせの後、私はミント先生とお話ししてた。楽器奏者の個別打ち合わせが少し長引いてるみたいで、ラーシュ様がまだ戻ってきてないの。
「リファーナさん、今年もこちらの方に出てくれるのね!良かったわ!」
「ミント先生、今年もお世話になります」
「はい。よろしくね。嬉しいけど、音楽隊の方はいいの?」
「はい。私はまだ学生なので学業を優先と言われました。聖地での演奏会は最終日の夜だけ出るようにと」
「まあ!そうなの。それでも大変ね。でもリファーナさんなら大丈夫でしょ!グラソン君もついてるしね」
「はい!頑張ります!」
「ミント先生、私もお話よろしいかしら」
突然ロッティー様が少し焦れたように会話に入って来たから、とても驚いてしまった。ロッティー様は真っ直ぐミント先生を見てる。私は邪魔、ということね。
「じゃあ、私はこれで。ミント先生、また明日」
「ええ。リファーナさん、また明日ね」
ミント先生は笑って手を振ってくれた。
私は教室の外でラーシュ様を待つことにしたの。そうしたらなんだか言い争うような声が聞こえてきて、気になってつい聞き耳を立ててしまった。
「私は元々ソプラノだったんです!どうしていつもアルトの印がついた楽譜を渡されるんですか?」
「貴女の声質から言って、アルトの音域がとても合っているからよ」
「私はソプラノが良いんです!それにアルトだったとしてもどうしてソロパートが無いんですか?」
「貴女はあまり練習を積んではいないでしょう?自己紹介の歌はテストも兼ねています。それを聞いて判断した結果ですよ」
「じゃあ!もっと練習してきたら、パートを変えていただけますか?」
「それは貴女が他の人よりも優秀だと誰からも認められれば可能になるでしょう」
「っ!分りました!証明してみせますわ!」
足音が近づいてくる!私は慌てて廊下の角に隠れたの。幸いロッティー様は反対方向へ向かったみたいで鉢合わせせずにすんだ。
「ロッティー様、どうしちゃったんだろう……」
ラーシュ様に相談してみようか。そう思ったんだけど、立ち聞きしてしまった事への恥ずかしさとラーシュ様のロッティー様への冷たい視線。その二つの理由から、結局迎えに来てくれたラーシュ様には何も話せずじまいになってしまったの。そういえば風の精霊様を讃える演奏会でロッティー様を見かけたことも、ラーシュ様に話しそびれてしまったわ。
ラーシュとアレンの会話
「リファーナ様はお休みになられたようです。今日は少しお疲れのようでしたね」
「明日は治癒師を呼んでくれ、アレン」
「単に高等部の寮からこのグラソン家の本邸への移動で疲れただけでしょう。過保護すぎですよ。ラーシュ様」
スモールウッド学園の夏休み初日の今日は中等部の校舎で選抜メンバーの顔合わせがあった。三十日を超える夏休みの前半は中等部で練習が行われることになっており、ラーシュ、リファーナ、アレン(ヒースコート)の三人は中等部に近いグラソン家の本邸へ戻ったのだった。
ラーシュの私室には別邸同様クラヴィーアが置いてあり、先程までラーシュは自主練習を行っていた。
「僕の頭もまだ時々痛むんだけど?」
ラーシュはホワイトベージュの髪をかき上げた。
「貴方が仰ったのでしょう?ご自分が暴走しそうになったら止めて欲しいと」
「だからってトレーで殴ることは無いだろう?」
ラーシュは後頭部をさすりながらアレンを睨んだ。
「そのくらいしないと止まらないでしょう?」
「…………」
「普段冷静なラーシュ様がそんな風になるとは……。リファーナ様も罪な方ですね」
「リファーナは自分の魅力を全く理解してない。無自覚に僕を煽って来るんだよ」
ラーシュはソファに座って頬杖をついた。アレンはラーシュの前にお茶のカップを置きながら苦笑する。
「困った方ですね」
「ああ。本当だよ」
ラーシュは熱いお茶の入ったカップに口をつけた。
「史上最年少で聖地の音楽隊に入隊。精霊からも愛される歌い手。人々からの人気も急上昇中ですか」
アレンは読み上げるようにリファーナについて語った。
「ああ、加えて優しくて努力家で可憐で美しい。リファーナは全然そう思ってないけれどね。僕がいるのに近づこうとする男達を牽制するのが大変だったよ」
ラーシュはリファーナのクラスメイトだったエバンズを思い出す。何とか自分に興味を持たせようとしていた伯爵令息は、リファーナに名前すら憶えてもらえてなかった。
「まあ、牽制なんて必要なかったかもしれないけどね」
リファーナは自分に好意を持たれていた事に全く気が付いていなかった。リファーナの家族はリファーナに無関心だから、自分が他人から必要とされているなんて思いもよらないのだろう。
「余裕ですね、ラーシュ様」
「余裕なんてないさ。今度は別の奴が現れたしね」
「……慎重になさらねばいけませんよ。万が一にも結婚前に懐妊という事になれば、聖職者に近しいリファーナ様のイメージは地に落ちますからね。手のひらを返した人々からどんな非難と中傷を受ける事か……」
「……わかってるさ。だからこんなに我慢してるんだ」
ラーシュは頭を抱えて俯いた。
「我慢……?」
「ああ、随分我慢してるよ」
ラーシュはムッとした表情でそっぽを向いた。
「で、どうだった?」
気を取り直したラーシュはアレンを促す。アレンは置いてあった書類ケースから幾枚かの紙を取り出した。
「噂以上の事は殆ど何も。ただ、フローリア公爵はやはりかなりの額を聖地の音楽隊に寄付しているようです。そして精霊の歌姫様とも懇意だという事ですよ」
「そうなのか?」
「精霊の歌姫様へもかなり援助なさっているようですし、屋敷へお見舞いにいかれることもありました」
「リファーナの話では随分と『精霊の歌姫』に傾倒しているようだったけど。そこまでとは」
「リファーナ様は恐らく今一番次代の精霊の歌姫に近いと思われています」
アレンは厳しい表情でラーシュに告げた。
「ああ、僕もそう思ってるよ。だからあいつはリファーナに目を付けたんだ。だけどそれが個人的な興味に変わらないとも限らない」
「リファーナ様は不安がっておいででしたね。お可哀そうに」
「とにかく今後あのフローリア公爵には注意が必要だ。リファーナの姉と婚約したのは何か意図があるに違いない。完全に付き合いを切ることはできないけれど、あいつをリファーナに近づけさせない」
ラーシュは愛する少女を想ってこぶしを握り締めた。
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