休日
来ていただいてありがとうございます!
ラーシュ様の様子がちょっとおかしい気がするの。
「あの、ラーシュ様、どうなさったんでしょうか?」
「ん?別にどうもしてないよ」
そうかしら?距離がものすっごく近い気がするんだけど……。
風の精霊様を讃える演奏会が終わってから初めての学園のお休みの日。この日は聖地の音楽隊の練習もお休みだったから、ラーシュ様に誘われて花の聖地の街にあるグラソン家の別邸に来てるの。ここはラーシュ様の私室。いつもなら居間や温室でお茶を飲んだり、お菓子を食べたり、お話したりするんだけど、今日はここへ案内された。
居間にあるソファより小さいから、距離が近くなるのはそうなんだけど……。ラーシュ様に抱きかかえられるように密着して座ってるの。膝の上なんて……。ちょっとこれ胸がドキドキしすぎてもたないかもしれないわ。淹れてもらったお茶にも手が伸ばせないほどなんだけど、離れられない。嫌じゃないからっていうのもあるんだけど、どことなくラーシュ様の元気が無いように思うの。そう、あの風の演奏会以来ずっと。
私も不安なことがあるんだけど、今はラーシュ様の事が心配だわ。
「あの、ラーシュ様、フローリア公爵様の事なんですけど」
ぴくっとラーシュ様の体が反応した。
「あいつが何?また何か言ってきたとか?」
ああああっ!ラーシュ様の声が冷たいっ!怒ってるみたいだけど、少し元気になったかも?
「い、いいえ!それはありません!」
元気が無いのはフローリア公爵の行動のせいじゃないみたい。
「じゃあ、あいつに会いたいとかそういうの?」
そ、そんなに顔を近づけて睨まないで欲しいっ!
「ち、違います!」
「じゃあ、なんでそんなに赤くなってるの?」
「それは……!ラ、ラーシュ様のお顔が近いので……。その、胸がドキドキしてて。それから、ずっとラーシュ様にこうしてもらってるので、恥ずかしくて。とっても嬉しいのですけれど、やっぱり人前では……」
「コホン」
ちなみにお部屋の中にはずっとヒースコートさんがいるの。
「なんだ、いたのかアレン。心配しなくてもリファーナに不埒なことはしないよ」
「ご自分の行動を正しく理解されてますか?」
「このくらいは普通だろう?」
「リファーナ様、困ってらっしゃいますが……。まあいいでしょう。お茶が冷めてしまいましたから、淹れなおしてまいります」
ヒースコートさんはそう言って茶器をワゴンに乗せて部屋を出て行ってしまったの。
「僕のそばにいるのは嫌?」
「い、いいえ!さっきも言いましたけど、その、嬉しいんです、とても」
ラーシュ様の頭に頬を寄せた。窓の外ではまだ強い風が吹いてる。カタカタと窓枠を揺らす風の音が不安を煽る。
「…………リファーナ」
「ただ、ラーシュ様の元気が無いのが気になってて、心配なんです」
ラーシュ様は私を膝から下ろして隣に座らせてくれた。肩を抱かれているので距離は変わらず近い。
「僕にはリファーナの方が元気が無いみたいに見えるよ。心配事があるんじゃないの?」
「……はい」
私は結局ラーシュ様に自分の不安を話してしまった。見学会の時の事と演奏会後のフローリア公爵の事。前の時の事は話せないけど、フローリア公爵のことが怖いという事を。
「そうか。そんなことを言われたのか」
「私は……、ラーシュ様がいてくれたから、聖地の音楽隊に入れたと思ってます。ラーシュ様を好きな気持ちが余計な事だって言われたような気持ちがしてとても嫌でした」
前の時はとても優しくしてもらえたけれど、それもフローリア公爵様の恋心の隠れ蓑にするためだったんだものね。そういえば公爵様の恋人ってどなただったのかしら。隠すくらいだから、公にはできない方よね?そういうのは嫌だわ。事情があるのかもしれないけれど。
「フローリア公爵様は支援者様ですけれど、私あの方……嫌いです。無理なのはわかってますけど、もうあまりお会いしたくないです」
何を考えているのか分からなくて本当に怖い。
「珍しいね。リファーナがそんな風に言うなんて。あの時、精霊達もリファーナを守ってた。相当嫌だったんだね」
あれ?何だか更に距離が近づいて頬に触れられた。心なしかラーシュ様の顔、赤い?瞳も少し潤んでるみたい。元気が無かったのはやっぱり病気?
「あ、あの、ラーシュさ……ん……んん」
唇が重ねられた。
「もう一度言って、リファーナ」
「っはぁ……もう一度……?」
何を言えばいいの?
「僕を好きだって言ってくれたよね?」
…………あ、確かに言ったかも。『ラーシュ様を好きな気持ちを…………』的なことを言ったわ、私。なんて恥ずかしい事を……!今更ながらに顔が熱くなる。いえ、この状況だけでももうギリギリなんだけど、更に顔が火照ってくる。
大好きな緑色の瞳が私を見つめてる。これは逃げられないやつかもしれないわ。
「……好きです、ラーシュ様。大好き」
久しぶりに見たラーシュ様の全開の笑顔に思わず見惚れてしまう。
「うん。僕も好きだよ、リファーナ」
覆いかぶさるように口付けられて、バランスを崩して後ろへ倒れこんでしまった。背中に柔らかなクッション、そして上からは温かな体温。そのまま口付けは続いて、どんどん激しくなって頭がクラクラしてくる。
バコンッ
音がしてラーシュ様の唇が離れた。
「痛っ」
「?!」
ラーシュ様の頭の上にトレーがのってる?!
「おいコラ、ご主人。何してるかな?何が不埒なことはしないだ、ああ?」
「おま、アレン!何するんだよ!それにその言葉遣い!人格変わってるぞ!」
「アンタを心配してくださってるリファーナ様につけこんで、随分とやりたい放題ですねぇ?」
「まだ、そこまでやりたい放題してない!」
「威張って言うことですかねぇ?」
ラーシュ様は真っ赤になりながら悔しそうにしてる。
「だからって、トレーで殴るなよ……」
以前も思ったけど、ラーシュ様とヒースコートさんって本当に仲良しだわ。兄弟みたい。ちょっと羨ましいわ。……サーラ、元気かしら。私は少し乱れたドレスを整えて座り直した。
「あー、ごめんリファーナ。つい嬉しくて……」
「い、いえ」
ヒースコートさんが持ってきてくれたお茶は、温かいうちに頂くことができたの。ラーシュ様に触れられるのは嫌じゃないんだけど、何となくそれは今は言わない方がいいかなって思った。
「フローリア公爵の事なんだけど」
「はい」
「さすがに全く会わないっていうのは無理があると思う。これからアグネータ嬢との結婚式もあるだろうし、僕達の結婚式にも出席してもらうことになる。何より彼は聖地の音楽隊の支援者だから演奏会にも来るだろうし」
「……はい」
「あの時も言ったけど、僕がずっと一緒にいるよ。二人だけで会わないようにする。来年の試験には必ず合格してみせるから。だから安心して」
「ありがとう!ラーシュ様」
私はラーシュ様の腕にしがみついた。不安が消えたわけでは無いけれど、話せたことで心が軽くなったの。
「リファーナ様、あまりラーシュ様を煽らないでくださいね。その人貴女の事になるとすぐにタガが外れますので」
「す、すみませんっ」
ヒースコートさんの言葉に、私は慌ててラーシュ様の腕を離した。
「いえいえ、リファーナ様は全く悪くないですよ。普段クールぶってるくせに意外と自制が効かないご主人が悪いんですからね」
ニコニコと毒を吐くヒースコートさんがちょっと怖いかも。
「おい……アレンお前なぁ……」
「で?ラーシュ様がお元気がなかったのはどうしてなんですか?リファーナ様も気にしておられましたよ?」
「そんなに?」
「あ、はい。あの演奏会以来お元気がないみたいでしたので」
思い当たるのはフローリア公爵様のことくらいだったけど、違ったみたいだし、病気でもなさそう。だったらどうして?
「……リファーナを取られそうで少し怖かったんだよ」
ラーシュ様がぽそりと呟いた。
「え?」
「あの風の演奏会の時、リファーナは気が付かなかったかもしれないけど、精霊達はリファーナの声に大きく反応してた。まるでリファーナの歌に合わせて舞うように動いていたんだよ」
そういえばソフィアさんにもそれらしいことを言われたような……。
「リファーナも歌い終わった後はぼんやりしてて、心ここにあらずって感じだったしね」
ラーシュ様は苦笑してる。確かにそうだった気がするわ。
「リファーナ様を取られるって、精霊様達にということですか?」
「ああ」
「成程。それでラーシュ様は今は元気いっぱいということなんですね。すっかり復活なさってる」
「まあね」
ラーシュ様は少し赤い顔をして頭をかいた。
「ごめんなさい、ラーシュ様……。あの演奏会の時は音楽隊のみんなとも精霊様達とも不思議な一体感があって……」
「リファーナが謝る必要はないよ。それだけ歌に集中できたのは素晴らしいことだ」
ラーシュ様は優しく笑ってくれた。
「そうそう。そんなことで寂しがるなんてラーシュ様が子どもすぎるんですよ」
「アレン、最近僕に厳しくないか?」
「そのようなことはないかと」
「私、精霊様達が喜んでくださるのが嬉しいんです。精霊様も歌も大好きです。……でも世界で一番大好きなのはラーシュ様なんです」
「………………っ」
「急所を的確に……!リファーナ様、素晴らしいですね。お見事です」
あれ?ラーシュ様がテーブルに突っ伏しちゃった?!ヒースコートさん、どうして拍手してるの?
私、ラーシュ様に話せないことも多いから、なるべく気持ちを伝えるように頑張ってるつもりなんだけど、なにか間違ってる…………?
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




