支援者
来ていただいてありがとうございます!
週末の聖地の音楽隊の練習場には緊張感が漂っていた。
「今日は失礼のないようにしないとな!」
「そうだな。支援者様の機嫌を損ねるわけにはいかないし」
「しっかりやらないとよね」
「まるでいつもは気を抜いてるみたいな言い方だね」
ラーシュ様の言葉にはほんのり怒りが含まれてる。ラーシュ様は練習の鬼だものね。
「皆さん緊張してるだけなのでは?それにお金は必要な物ですし、あっ!」
「ん?どうしたの?リファーナ……ああ」
「精霊の歌姫様……!」
滅多に練習場にいらっしゃらない精霊の歌姫様が現れたの!春の花の演奏会の時以来だわ。ご高齢のために歌の練習はご自宅のお屋敷でなさってるんだけど、今日はいらっしゃったのね。お姿が見られて嬉しいわ!わぁっ、こちらに手を振って下さってる!
「へえ。今日の見学者はよほどの大物なのかな」
ラーシュ様が興味深げにつぶやいた。
そして練習が開始された。今日は風の精霊様を讃える楽曲の合わせ練習。練習の時も精霊様が何体か窓から舞い込んできて飛び回ってる。本番の塔の上での演奏と、練習での合奏は似てるようで違う。もちろん緊張感も違うんだけど、本番はそうね、空や世界に向かって歌を開放する感覚があるの。上手く説明できないけれど。
「お見えになりました!」
一回通しで曲を終えた後、今日の見学者が来たと職員さんが知らせてきてくれた。そして案内されて入って来たのは十人ほどの団体だった。どの方も上品で質の良い服を身につけてて、高位貴族の方が多いという印象……ええええ!!?
「アグネータお姉様とフローリア様?」
「あら、そういえばフローリア様はリファーナちゃんのお姉様とご婚約なさったんだったわね」
隣にいたソフィアさんが小声で話しかけてきた。
「あ、はい。でも知らなかったです。フローリア様が支援者だったなんて」
それで私はあの顔合わせに同席させられたのかしら……?でもそんなこと一言も言われなかったわ。も、もしかして知ってて当り前とか?私ってもの知らず過ぎるわ……。
「支援者の事はあまり公になさらない方もいらっしゃるから、知らなくても仕方ないわよ」
「そうなんですか……」
そうね。前の時もそんな話は聞いたことが無かったし、何かの事情で公にはしてないのかも。
「それでは練習を再開します。もう一度初めから!」
見学者の方々が席に着くと隊長さんの掛け声で練習が始まったの。今度は精霊の歌姫様の独唱も入って本番さながらの練習になった。そして通しで曲が終わると見学者の方々から拍手が起こった。私も拍手したい!歌姫様の歌が聞けてとても嬉しかったわ!そしてしばらくの間、隊員と見学者の方々の歓談の時間ということになった。ほとんどの見学者は精霊の歌姫様や隊長さんの所で話をしてる。
「やあ。リファーナ嬢。顔合わせの時以来だね」
何故かというか、当然というか、フローリア様は私の所へ真っ直ぐにやって来た。クラヴィーアの所にいたラーシュ様がいつの間にか私の後ろにいて、肩を抱かれて驚いたわ。私達を見たアグネータお姉様はフローリア様の腕に抱き着くように腕を絡めた。
「へえ……。聖地の音楽隊の拠点ってこういう所なのね。意外と……普通ね」
「お久しぶりです。フローリア様、お姉様。この度は正式にご婚約ということでおめでとうございます」
「ありがとう。妹殿。そちらは婚約者のグラソン殿かな?」
「お初にお目にかかります。ラーシュ=オーラ・グラソンと申します。この度はおめでとうございます」
「やあ、ありがとう。セドリック・フローリアだ。よろしくね未来の義弟殿」
「あら、ありがとう」
二人ともにこやかに笑ってる。でもお姉様は私の耳元に口を寄せてささやいた。
「私はフローリア公爵夫人よ?羨ましい?グラソン様なんかに固執した貴女は愚かねぇ。譲っておけば貴女がこうなれたのに」
勝ち誇ったように、見下すように笑うお姉様。全然前と変わってないのね。
「お幸せそうで何よりですわ、お姉様。私も今とても充実して幸せです。お励ましありがとうございますわ」
私がラーシュ様を見上げて笑ったら、ラーシュ様も微笑み返してくれた。ラーシュ様の隣にいられて歌うことができて、本当に幸せだわ。
「まあ!それは良かったことね!さあ、参りましょう、セドリック様!」
「ではまた後程」
フローリア様はアグネータお姉様を伴って他の隊員さん達と少し話をした後、歌姫様や隊長さん、他の見学者と一緒に応接室へ行ってしまった。
「はあ……。驚きました。ラーシュ様は知ってたんですね、フローリア様の事」
「え?ううん、全然知らなかったよ。なんせ引きこもりの公爵様で有名な方だからね」
あ、今もやっぱりそうなんだ。女嫌いはどうなのかしら。
「まさか支援者をやってるなんてね」
「でも、だとしたらどうして顔合わせの時、制服と音楽隊のローブを着ていくように仰ったんですか?」
支援者だって知ってたから、印象が良くなるようにとかじゃないのかしら?
「…………ドレスは露出度が高いから」
「え?」
露出度?
「極力、他の男に見せたくない。リファーナの肌は僕だけのだから」
拗ねたようなラーシュ様の表情に、一瞬で顔に熱が上がった。
「そ、そんな……。私の、なんて誰もそんなに気にしないですよ」
「またリファーナはそんなこと言って……!」
「でも私もラーシュ様以外の方に見せたくないです」
「うわ、そうやって見上げてくるの反則……」
ラーシュ様は顔を押さえて上を向いてしまった。あれ?ちゃんと気持ちを伝えてるつもりなんだけど、反則って?
「はーい。邪魔してごめんねぇ。リファーナちゃんは応接室へ行ってくれる?」
「は?」
ソフィアさんの言葉にラーシュ様の表情が一瞬で凍った。
この冬に試験に合格した新隊員が応接室へ呼ばれた。今年はほとんどの受験者が合格したから私を含めて十人。筆記試験で一緒だった人達が応接室へ集まっていた。フローリア様は新規隊員の皆に、前の時に私に見せていたようなにこやかな優しい笑顔で話しかけてる。本当に引きこもりなのかしら。人を惹きつけるような魅力があるように思えるのに。精霊の歌姫様はそんなみんなの様子を座ってニコニコしながら見守ってる。そしてお姉様は退屈そう……。
私は隊長さんに付き添われて見学者の皆さん一人一人にご挨拶した。緊張したけど人好きのする陽気な隊長さんが仲介してくれて、なんとか普通にお話しすることが出来た。でも支援者の皆さんのお名前、半分も覚えてないかも……。
一通りのご挨拶を終えてホッとしてると、最後にフローリア様が近づいてきたの。
「グラソン殿と君は随分と仲が良いんだね……。家同士が定めた婚約では無いのかな?」
「最初はそうでしたけど、一緒に歌やクラヴィーアの練習をたくさんしてきたので、その、仲良くなれたと思います」
「……グラソン殿は正規隊員では無いのでは?」
「こちらから招待状を出したのですよ!彼はクラヴィーアの才能に溢れていますから。来年の試験では合格間違いなしですよ、フローリア様!」
隊長さんがラーシュ様を褒めてくれて嬉しい。
「二人は息もピッタリで二人だけの演奏会なども企画されてます」
え?この前ラルフさんが企画部に話すとか言ってたけど、本当に企画されてるの?
「…………私は精霊の歌姫の大ファンでね。記録などを記した書物や歴代の歌姫たちの絵姿も集めてるんだ」
フローリア様が静かに話し始めた。
「リファーナ嬢は今一番次代の精霊の歌姫に近いように思える」
「え?そんな……恐れ多いです……」
いやいや、それは全くないと思います。
「余計なことに気を取られずに、歌に邁進して欲しいな」
フローリア様の金の瞳に鋭い光が宿った。笑顔なのになんだかちょっと怖い。
「……余計なこと……」
余計なことって何かしら。……もしかしてラーシュ様の事?不安な気持ちになって思わず一歩下がってしまった。
「セドリック様っ!そろそろお時間ですわ!」
アグネータお姉様の甘えたような声が、割って入って来た。お姉様の声に安心するなんて久しぶりだわ。なんかお姉様に睨まれたけど、いつも通りで逆にホッとしちゃう。そのままお姉様はフローリア様を引っ張って行ってくれた。よ、良かった。怖かった。
「大丈夫かい?フローリア様は熱心な方だからちょっと圧が強いけど、悪い方じゃないからさ」
隊長さんが小声で教えてくれた。明るい話し方に少し気持ちが上向く。
「はい。ありがとうございます」
見学会は無事に終わったけれど、抜けない小さな棘のような不安が残った。
「リファーナ!」
応接室を出るとラーシュ様が待っててくれた。ああ、ラーシュ様だ。心が温かくなる。
「リファーナ?大丈夫?どうしたの?顔色が悪いみたいだ。何か……」
「ちょっと緊張してしまって……」
「それだけ?」
「はい。偉い方々に失礼のないようにって気を張っていたので疲れちゃいました」
「そう。なら、昼食の後、ケーキでも食べて帰ろうか」
「え?練習は?」
「今日はもう終わったよ」
「そうなんですか」
私はラーシュ様の腕にしがみついた。
「嬉しい……。ラーシュ様、大好きです……」
「…………リファーナ……僕も大好きだよ」
ほら、不安が泡みたいに消えていく。この気持ちは余計なことなんかじゃないわ。だってラーシュ様がいてくれたから私はここまで来れたんだもの。
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