冬から春へ
来ていただいてありがとうございます!
卒業を祝うダンスパーティーでクレソニア様はマーガレット様を伴って参加された。アグネータお姉様は別の方と参加された。これで二人の婚約は解消されたって公に知れ渡ることになったの。
「え?あのお二人って……」
「嘘!そんな婚約を?解消?破棄かしら?」
「でも先程普通にご挨拶されてるのを見ましたわ」
「まあ、では円満に婚約解消されたのね」
「お二人はずっと仲良さげでらしたのに、分からないものね」
「オルコット様と婚約なさるのかしら?もしそうでないなら私にもチャンスがあるかもしれないわ!」
「無理ではなくて?」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。学園内は貴族社会の縮図だと聞いたことがあるわ。この事は正式発表の前に社交界にも広がるのだろう。
「お姉様は噂の的になってしまってますね……」
「参加しないという選択肢もあったのに姉君は凄いね」
今回は卒業生が主役なので私は目立たないように深い紺色のドレスで参加していた。お姉様はご自分が悪いとは思ってらっしゃらないのかもしれない。とても堂々としていて戸惑ってしまうほど。ラーシュ様と一緒じゃなければ私は参加したくなかった。ラーシュ様が庇ってくれたけど、案の定、話を聞こうとたくさんの方々に話しかけられてしまったから。もちろんそんなダンスパーティーは楽しめるはずもなく、ラーシュ様の担当のお仕事(卒業式の関連行事だから、運営委員のラーシュ様は強制参加だった)が終わったら、早々に寮へ引き上げたの。
卒業式の後、クレソニア様とアグネータお姉様の婚約解消が正式に発表された。事前に予想がついていたからか、もう当事者達がいなかったせいか大した騒ぎにはならなかった。一年生と二年生はまだ授業が続いていたので、放課後に一度マーガレット様にお茶に誘われて一緒にカフェへ行ったの。
「私は帰国することにしましたわ」
「え?!そうなんですか?」
「私ね。アンソニーの事が好きなのです。今までは自覚が無かったけれど、今回の事でわかったのですわ。私、ずっと我慢してたんだわって」
「…………そうですか」
「リファーナ様はあまり驚かないのですね」
「何となくそうじゃないかって思っていましたので」
「まあ!そんなに分かりやすいかしら?」
マーガレット様は頬を押さえてとても驚いていた。前の時にそうだったからなんて言えない。
「いいえ!ただ、私はマーガレット様がクレソニア様の事をとても心配なさっていらしたのを知っていたので」
「そう、そうよね。リファーナ様には相談させていただいてたものね」
マーガレット様はホッとしたようにお茶に口をつけた。今日のケーキは菫の砂糖漬けがのってる可愛らしいケーキだった。お茶は新芽のような爽やかな良い香りがした。
「私ね、アンソニーに気持ちを伝えたわ。もしも私を選んでくれるなら追いかけてきて!って」
「マーガレット様かっこいいです!でも、帰ってしまうのは寂しいです。せっかくお友達になれたのに」
「まあ!お友達だなんて嬉しいわ!!大丈夫ですわ。私達は離れてもお友達よ。お手紙を書かせていただいてもいいかしら?」
「もちろんです!私も是非書かせていただきたいです」
「ふふふ。楽しみだわ。実はね、私こちらへ来るのが二月遅れたでしょう?私の祖父が私を溺愛してくれていて、なかなか分かって下さらなくて、説得に時間がかかってしまってたの。直前で寂しくなってしまったらしくて。だから一年で戻って来いって元々言われていたの。それにアンソニーも少しこの国を離れて気分を変えた方がいいと思うのよ」
ラーシュ様から聞いた話ではアグネータお姉様の事を知ってる人は多かったみたい。特に三年生の間では有名な話だったって。でもこのままこの国で二人が婚約したら、マーガレット様を悪く言う人も出てくるかもしれない。クレソニア様はたぶん隣国へ行くことになると思う。前の時、クレソニア様はマーガレット様を大切そうに見つめてらしたしお似合いだと思うから。お二人はとても優しくて素敵な方々だから、静かな環境で幸せになってほしいと思う。
季節は穏やかに進んでスモールウッド学園は春休みに入った。
春は精霊様達が一番活動的になると言われてる季節。花の聖地では「春の花の演奏会」が催されるの。湖上の塔で。春休みなので、もちろん私も参加という事になる。正式な隊員ではないけれど、ラーシュ様は熱心に練習に参加してきたので特別枠で一緒に演奏できることになった。
「ラーシュ様と一緒に演奏できるなんて嬉しいです!」
「うん。そうだね。僕も嬉しいよ。定期の演奏会に出させてもらえるなんて光栄だ」
「はい!」
春の陽気も相まって私はとても浮かれた気分になっていたの。
「じゃあ、リファーナはソロのパートもあるし、きっちり仕上げないとね」
ラーシュ様の瞳に鋭い光が灯った。
「…………はい」
ああ、始まっちゃった……。すぐに気持ちは急降下……。いやいや!私は聖地の音楽隊の正規隊員なんだから、頑張らないと!気合を入れ直したわ。
花畑はまだ蕾が多かったけれど、次々に花開いていき、日ごとに競うように咲きそろっていった。花畑もキラキラ、湖面もキラキラ、精霊様達もキラキラ。全てが息を吹き返したように光輝いている。世界が一緒に歌ってるような、そんな感覚で春の演奏会は進んでいった。
「演奏会、無事に終わって良かったですね、ラーシュ様」
グラソン家の別邸への帰り道、ラーシュ様と二人で歩きながら演奏会を振り返った。演奏会の後、二人で散歩しながら帰って来たの。
「大雪の歌の演奏会の時も多かったけど、今回は段違いの人出だったね。晴れて温かい日だったから」
「精霊様もとても活発でしたね。たくさん集まってくれて、まるで光の乱舞で綺麗でした!」
大雪の演奏会の時には雪のようにふわふわと精霊様達が舞い踊っていて綺麗だったけれど今回のは前が見えない程の光の集団だったの。
「今年からはそれが常になるだろうね」
ラーシュ様は静かに微笑んだ。
「?」
不思議に思ってラーシュ様の顔を見つめていると、ラーシュ様は仕方ないなというような顔をしてため息をついた。
「さあ、少し冷えてきたから急いで帰ろう」
ラーシュ様と私は手を繋いで夕暮れの街を歩いた。
「リファーナ様にお手紙が届いております」
別邸に帰るとヒースコートさんが出迎えてくれた。
「私にですか?誰から…………えっ」
ヒースコートさんに手渡された手紙の送り主は意外にもお父様だった。
内容はスティーリアの本邸に戻ってくるようにという事だった。
「日付の指定がある……。お姉様の新しい婚約者との顔合わせ。何故私まで?関係ないのに」
私の事なんて必要なら病気扱いくらいはしてくるのに、どうして今更呼ばれたんだろう?
私が困惑しているとラーシュ様が苦笑した。
「仕方ない。事情が事情だから、箔をつけたいんだろう」
「箔をつけるのにどうして私なんですか?」
「…………。前に自覚してって言ったよね?」
「えっと」
「はあああああ…………。いい?雪も春も演奏会は大成功だったよね?」
「はい!雪と氷の歌も花の精霊様を讃える歌も、春の歌も頑張りましたし、精霊様達にもとても喜んでいただけて!ラーシュ様にたくさん教えてもらえたので、私がソロパートを上手に歌えたのはラーシュ様のおかげです!本当にありがとうございます!ラーシュ様、大好きです!」
私は演奏会の事を思い出してちょっと興奮してしまった。とても上手に歌うことができて本当に嬉しかったの。思わずラーシュ様の腕を抱き締めてしまった。
「っ…………」
「ラーシュ様の負けですね」
ヒースコートさんが静かに告げた。
「うん。まあ、それでいいや」
ラーシュ様は何かを諦めたように頭をかいた。
「お疲れでしょうから中へ。今、お茶をお持ちします」
ラーシュ様の言う通り、春とはいえ夜はまだ冷えることが多い。淹れてもらったお茶は温かくて、知らずに冷えてしまった体を温めてくれた。居間の暖炉には火が入れられていてお部屋の中もほっとする温かさだった。
「とにかくね、リファーナは今や聖地の音楽隊の期待の星なんだよ」
「え?そんなことは」
「いいから聞いてね」
「はい」
ラーシュ様からの圧が強いわ。
「リファーナの歌は精霊だけじゃなくて、人間にも好評なわけ」
「それは私ではなく音楽隊の皆さんの」
「ち・が・う!いやそれはもちろんだけどね、リファーナの歌う姿は神々しくもあるって評判なんだよ。だからスティーリア伯爵はリファーナにも顔合わせの場にいて欲しいんだよ」
「そうなのですか?」
「そういうことですよ。リファーナ様はほら、聖職者のようなものですし、信頼がおけるという事なのでしょう。お姉様は二度目の婚約ということですし」
「聖職者……、ああ、そういう意味なら分かる気がします」
ヒースコートさんの言葉に納得してしまう。
「アレンの言葉には納得するんだ」
「拗ねないでくださいラーシュ様」
ムッとするラーシュ様に苦笑するヒースコートさん。ラーシュ様はヒースコートさんを「アレン」って名前で呼んでる。とても仲が良いのね。そうだ。家に帰ればサーラと会えるんだわ。それはとても嬉しい。家族に会うのは気が重いけれど。
「お父様は私に対してそんなに期待をしてないと思うんです。私はお父様の思うような自慢できる娘ではないから」
自分で言葉にするのは少し辛かった。声に出してしまうと確定した事実、覆らない事として認めてしまった気持ちになる。
「だからラーシュ様が褒めてくださるのはとても嬉しいんです」
「リファーナ……」
「ただ……、ちょっと過大評価かなって思うのですけど……」
正直、自信なんて全然無いもの。
「過大評価なんてないよ。褒め足りないくらいだ」
隣に座ったラーシュ様に抱き寄せられた。ヒースコートさんが黙礼して部屋を出ていくのが見えた。
「リファーナはずっと頑張ってる。歌も勉強も。ずっと努力してきたから今があるんだ。リファーナの努力が実を結んだから音楽隊にも入れて、ソロパートまで任せてもらえたんだよ。もっと誇っていい。誰が言わなくても僕が知ってる。何度でも教えてあげるから」
「ダメです、ラーシュ様。そんなに甘やかすと私ダメになっちゃいます」
涙がこぼれた。
「大丈夫だよ。リファーナはそんなことにはならない。歌の練習以外ではいっぱい甘やかしてあげるよ」
「…………歌の練習の時も少し甘やかしてください」
「それはしない」
あ、ラーシュ様酷い。私達は少しの間無言で見つめ合った。それから同時にふきだして笑いあった。
どちらからともなく唇が重なり、ヒースコートさんが夕食を呼びにくるまで寄り添いあって過ごした。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




