シュネーと微熱
来ていただいてありがとうございます!
「今年もシュネーの花、たくさん咲きましたね」
雪が残る花の聖地の街、グラソン侯爵家の別邸。小さな温室の中には毎年ラーシュ様と一緒に見ているシュネーの花が咲いている。釣り鐘型の小さな白い花が連なって咲く可愛い花で、花や葉は良い香りがしてお茶の原料にもなるの。シュネーのお茶はラーシュ様の好きなお茶。私も大好きになった。
「外の花壇の方がもっとたくさん咲いているけれど、この雪じゃさすがに除けるのも無理だから。見られなくて残念だね」
シュネーは香りの強い花で、温室の中はシュネーの香りがほのかに漂ってる。とても落ち着く心地よい空間になってるの。
「僕もリファーナもここしばらくバタバタしてたから、やっとのんびりできる」
ラーシュ様はシュネーのお茶を飲みながら息をついた。ラーシュ様と私は約束通り、学園のお休みの日にここへやって来ていた。温室の中には小さなテーブルと椅子があって、今日はここでお茶を飲もうって私が提案したの。晴れた冬の日、温室の中は温かくて過ごしやすかった。
「やっぱり卒業式の運営委員は大変なんですか?」
「仕事自体はそんなに。けど何故かみんな僕に指示を求めてくるから、それが少し面倒だね。毎年やることは決まってるしマニュアルもあるのに。こんな事なら引き受けるんじゃなかったよ」
「お疲れ様です。でもラーシュ様は頭の良い方なので皆さん頼りたくなってしまうんですよ。気持ち、わかります。私もラーシュ様に頼りっぱなしですもの」
どうしてラーシュ様が私と一緒に聖地の音楽隊を目指してくれたのか、あんなに熱心に歌の指導をしてくれたのか、未だに良く分からない。何もかも前とは違いすぎる。でも、前はあんなに私に無関心だったのにどうして?なんて聞けない。
「リファーナは最近たくさん話をしてくれるようになったよね」
ラーシュ様はテーブルに肘をついて私を見ている。
「え?」
「前はあまり会話をしてくれなかったし、僕の方も見てくれなかった」
「そ、そうでしたか?申し訳ありません。たぶんとても緊張していたので」
どうせ婚約解消になってしまうからって、あまりラーシュ様の顔を見ないようにしてたなんて言えないわ。
「あ、あと、練習が厳しかったので、ついて行くのが精いっぱいで」
これは本当。余裕も無かった。
「……それはごめん」
「え?そんな!謝って頂くようなことでは!いつもありがとうございます。本当にラーシュ様のおかげで聖地の音楽隊に入ることができました」
「何度も言うけど、リファーナが頑張ったからだよ」
ラーシュ様は優しく笑ってくれた。
「あの、さ。一つ頼み事があるんだけど……」
ラーシュ様が私に?何かしら。
「私にできる事でしたら何でも大丈夫です。どうぞ仰ってください」
「ああ、一つじゃない、二つかな」
「いくつでも大丈夫です」
「…………その、できれば」
一体何を言われるのかしら……。ラーシュ様がこんなに言い淀むなんて……。
「もう少し仲良くなりたい」
「え?どういうことでしょうか?」
今って私達、恋人同士で婚約者同士よね?ああ、恋人とかって思うとまだ照れちゃう……。それ以上ってことは……。はっ!もしかして結婚?学生の内に?それとも学園をやめて?いやいや、学園をやめるってことは無いわよね?という事はやっぱり学生結婚?なんて私は心の中で勝手に盛り上がってしまった。
「普通に話して欲しいんだ」
「……普通にですか?」
結婚じゃなかったわ。ホッとしたような、かなりがっかりしたような複雑な気持ち。
「うん。それともう少し話をして欲しい。リファーナが思ってることをもっと聞きたい」
「私のですか?」
「いつも遠くを見てるみたいで。いつかいなくなってしまいそうな気がするんだ」
ラーシュ様が苦笑いしてる。少しだけ悲しそうに見えるのは気のせい?
「こんなことを考えるのはおかしいかもしれないけど……」
そう言ってラーシュ様はまたお茶を飲んだ。
「そんなことは……」
無いって断言できない。私には思い当たることがあるから。塔から突き落とされて死んでしまう運命。前の時と同じなら学園を卒業した後、結婚式の前日の粉雪が降っている日。でもその時結婚する予定だった人とは出会ってもいないから、その事件は起こらないかもしれない。もし起こるとしたらラーシュ様との結婚式の日?ラーシュ様との結婚……。
「ほら今も……。何を考えてるの?」
いつの間にかラーシュ様が私のそばに立っていた。
「結婚式っていつになるのかなって……」
「え?」
あ、しまった!変なことを口走ってしまったわ。会話の流れ、おかしいわよね。
「えっと、結婚して夫婦になればもっと仲良くなれますよね?ずっと一緒ですし」
「っ!」
あれ?ラーシュ様、黙っちゃったわ。もっとおかしなことを言っちゃってる?
「あの!私、どこへも行きません!ラーシュ様のそばにずっといたいです。それからもっとたくさんお話できるように頑張ります。思ってることを表に出せるように」
思えばずっと家族の中では私の言葉はあまり意味のないものだったから、諦めてしまって自然と口数が減っていった気がする。ラーシュ様は私の思ってることを知りたいって、私の事をもっと理解したいって思ってくれてるんだわ。誰かに関心を持ってもらえるのって嬉しい。それがラーシュ様なのがもっと嬉しいの。乾いていた心に綺麗な水を注ぎこんでもらえたみたい。
「リファーナは早く結婚したいの?」
「え?ええと、はいそうですね。ラーシュ様のお嫁さんになれるならいつでも大丈夫ですけれど、そんなに遅くない方が嬉しいです。あと、結婚式は冬じゃない方がいいなって思います」
「塔」「結婚式の前日」「粉雪」このキーワードを避ければ私の運命はまた変わるかもしれない。
「そうか、そんなに……」
「え?」
「リファーナがそんなに僕との結婚に夢を持ってくれてるなんて思ってなかった」
あれ?ラーシュ様の顔が赤い。珍しいわ。もしかして熱があるとか?だって大雪が降るほど寒さが厳しいんだもの。それにお忙しかったし、体調を崩されたのかも。
「ラーシュ様?大丈夫ですか?もしかして熱が……」
「リファーナっ?」
私は立ち上がってラーシュ様の頬と額に手を当てた。よくわからないわ。
「ちょっと失礼します」
私は背伸びしてラーシュ様の頭を少し下げてもらっておでこをラーシュ様の額に当てた。
「熱はないみたい……?」
でもおかしいわ。ラーシュ様の顔、赤いのに。あ、綺麗な緑色……私を見てる……。顔、近い……。
「ご、ごめんなさいっ」
触ってしまった!自分から男性に!!これははしたないって思われたわよね?嫌われてしまったらどうしよう……。私は慌てて手を離そうとしたの。でも、ラーシュ様の頬に触れてる私の手、その上からラーシュ様の大きな手が押さえてる。
「ラーシュ様?」
「微熱はありそうな気がする」
やっぱり風邪?病気になってしまったの?
「え?それは駄目です!早くお休みにならないと!」
「ううん。それじゃ治らない」
ラーシュ様の腕が私の背に回った。
「リファーナに会ってからずっと続いてるから」
「え?」
「約束したよね?外や学園内じゃなければいいって」
「あ」
唇が重なった。優しく、熱い感触。何度も何度も繰り返される。
ラーシュ様の微熱が移ってしまったみたいに私の体も熱くなる。
唇が離れてラーシュ様に抱きしめてもらっていても、もっとって思ってしまう私は、やっぱりはしたないわね。ラーシュ様はもっと話して欲しいって言ったけど、こんな風に思ってることはとても言えないわ。
シュネーの香りは心を落ち着かせてくれる香り。でも今度からは甘い記憶を想起させる香りになってしまいそう。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




