大雪の日の歌
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あれから雪は三日間降り続いて数十年に一度の大雪になった。急遽スモールウッド学園は十日間のお休み期間を取ることになったの。
「雪だ!!大雪だ!!」
「待っていたぞ!!この時を!」
「くうっ、何故俺は歌をやってなかったんだ……」
「お前が歌うと精霊様が逃げていったんだろ?」
「うわぁっ!言わないでくれよ!!」
「楽譜を出してきましょう!」
「そうだわ!衣装もね!!」
「ちょっと!どれだけ昔の衣装を着る気?虫食いになってるに決まってるじゃない!」
「そうですね。衣装は各自持ち寄りでいいでしょう」
「とにかく!すぐに各自練習ののち、明日には合わせて練習をするぞ!本番は明後日だ!!」
「キャー!盛り上がってきましたね!」
ここは花の聖地の街。聖地の音楽隊の本拠地の建物の中なんだけど、なんだか異様な大騒ぎになってるの。
「あの、ラーシュ様、皆さんどうされたんでしょう?」
「うん。分からないな。雪が降ると幼い子ども達が大騒ぎするのは分かるけど、大人達がここまではしゃぐのは見たことがない」
ラーシュ様も眉をひそめてる。確かにここへ来る道すがら、子ども達がはしゃぎまわって雪遊びをしてるのは見たの。ラーシュ様と私は学園が休校になってしまったので、グラソン侯爵家の別邸にお世話になるために花の聖地の街へやって来た。今は花の聖地というより白銀の聖地になってしまってるけれど。
私達がここまで移動できたのはヒースコートさんのおかげなの。ヒースコートさんがそりを出してきてくれて、寮まで迎えに来てくれた。ヒースコートさんは今、ラーシュ様の為に花の聖地の街に常駐してくれてるんですって。そりまで操れるなんて凄い方だわ。
「皆さん、雪がお好きなのでしょうか?」
ラーシュ様と私がこのお祭り騒ぎについて行けずに戸口で困惑しているとソフィアさんがやって来た。
「あらぁ!みんな盛り上がってるわねぇ」
「ソフィアさん!」
「リファーナさんもここまで辿り着けたのね。良かったわ!」
ソフィアさんはウエーブのかかった黒髪を耳にかけて微笑んだ。
「あの、一体何が起こってるんです?」
「まあ、グラソン様もいらっしゃいませ。でも残念ねぇ。今回は私達、歌い手の隊員だけなの」
ソフィアさんは何の事を言ってるのかしら?
「この聖地の音楽隊には昔から大雪が降った日にだけ歌われる特別な歌があるのよ!」
なんだかソフィアさん、とても嬉しそう。騒いでる隊員さん達と同じように目をキラキラさせてる。
「特別な歌ですか?」
どんな歌なんだろう?
「雪と氷の精霊様を讃える歌よ」
「そんな曲の楽譜なんて見たことが無いな」
ラーシュ様のお母様とおばあ様は声楽をなさっていたから、グラソン侯爵家には楽譜がたくさんあるの。ラーシュ様はそれを使ってずっとクラヴィーアを練習してきたんですって。
「数十年に一度のことですからね。知ってるのはこの聖地の音楽隊の古株達か先輩に話を聞いたことがある隊員だけね」
そっか、それで他にもこの騒ぎをポカンとした表情で見ている隊員さん達がいるのね。隊員の女の人が探してきた楽譜は古いけれど意匠を凝らした金属の箱に入ってた。その場にいた歌い手の隊員に一部ずつ配られ、私もソプラノの第五のパートに印のついた楽譜を受けとった。これを明日までに覚えて歌えるようにしてこなければならないんだわ。
「そんなに力を入れなくても大丈夫よ。お祭りみたいなものだもの」
ソフィアさんに後ろから肩を押さえられた。
「でも、演奏会なのでしょう?なら、きちんとやらないと」
「大丈夫よ。見た感じ普段の曲よりも簡単そうだし。楽しんで歌いましょう!」
ソフィアさんの受け取った楽譜はソプラノの第一だった。
「リファーナ、僕にも楽譜良く見せて。……ああ、本当だ。そんなに難しくないよ。リファーナならすぐに歌えるようになる」
「そうでしょうか?」
確かにいつもの歌とは違ってとても短い曲だけど、聞いたこともない曲なのに。
「とりあえず、すぐにうちに帰って練習しよう。失礼します」
「あ、あのそれじゃあ、失礼します。ソフィアさん」
二人でソフィアさんにご挨拶した。
「ええ、じゃあまた明日ねお二人とも。さあ、私も練習しましょう。練習室空いてるわよね」
ソフィアさんは楽しそうに楽譜を見て歌を口ずさんでる。
ラーシュ様は楽譜ケースを入れた鞄を肩にかけると、私の手を握って聖地の音楽隊の建物を後にした。慣れない雪道を急いで歩く。
「何だか大変なことになっちゃいましたね」
「うん。でも新しい曲がどんなか凄く気になるよ」
ラーシュ様の深い緑色の瞳がキラキラしてる。昔からある曲だけど私達にとっては新曲だものね。私も気になる。
「でもどうして歌だけなんでしょう?あっ!!」
ああ、雪だまりに片足が入って抜けなくなっちゃった……。
「今回、歌だけなのは、寒さで楽器の音がきちんと出ないからだと思うよ」
もがいているとラーシュ様がひょいって抱き上げてくれた。
「あ、ありがとうございます。ラーシュ様」
「リファーナは絶対に一人で外に出ないでね。どこかで雪に埋まってそうで心配だ」
「うう……。すみません」
そんな私達の横を子ども達の集団が楽しそうにはしゃぎながら走り抜けていく。ああ、私の運動神経はあの子ども達のはるか下なのかもしれないわ……。
「そういうリファーナも可愛いけどね」
「!」
とても寒いのに顔だけ凄く熱い。ラーシュ様は私を雪の上におろすとそっと口付けた。こんな往来でなんて……。誰かに見られてないかしら。
「ラーシュ様、外ではこういう事は……」
「恥ずかしい?」
「は、はい」
「嫌?」
「嫌だなんて!そんなことありません!」
「そう。じゃあ、屋敷へ帰ったらいくらでもしていいんだね」
「え?!」
「……ふっ」
あ、ラーシュ様、笑ってる。またからかわれちゃった。
「もう、ラーシュ様ったら」
「言っておくけれど、冗談じゃないからね」
耳元で囁かれて、私は何も言えなくなってしまった。
ただ、こんな甘い雰囲気が続くことは無かったの……。グラソン家の別邸に着くなり、再び厳しい練習が私を待ってた。今日一日だけで雪と氷の精霊様の歌は完璧に仕上がった。いえ、仕上げてもらえたの。……きつかったわ。
本番の日、私は他の隊員さん達と一緒に初めて塔の屋上で歌うことになったの。最初は怖かった。以前、この塔を遠目で見た時は、前の時を思い出して倒れてしまった。でも今回は塔の上に立ったけれど、何ともなかった。なるべく皆さんの近くにいて、屋上の縁には近づかないようにしたからかもしれない。
「大丈夫。きっと前の時のようにはならない」
私は自分に言い聞かせてた。
たくさん雪が積もったけれど、空は綺麗な青空だった。演奏会は大成功。私達の歌は精霊様達にとても喜んでいただけたの!物凄く寒いのに大勢のお客様も見に来てくれて、たくさんの拍手をもらえたの。
学園が再開すると、話しかけられることが増えた。大雪の日の歌を聞いてくれた人が学園にもたくさんいたみたい。
「リファーナ様、試験に合格なさったのね!」
「学生のうちに音楽隊に入られるなんて素晴らしいね」
「精霊様がリファーナ様にたくさん集まってましたわね」
「素敵でしたわ」
「とっても綺麗な声でしたわ!」
こんな風に。
「ありがとうございます」
お礼を言ったけれど、今まであまりお話したことがない方々から声をかけられて戸惑ってしまう。どちらのお家の方だったかちゃんと覚えてなくて冷や汗をかいてしまった。
「失礼。リファーナはこれから練習がありますので」
「ラーシュ様」
教室までラーシュ様が迎えにきてくれてホッとした。いつものように二人で音楽室へ向かう。
「今まで大して興味が無かったくせに、げんきんなものだね」
「聖地の音楽隊の影響力は凄いのですね」
「…………」
「ラーシュ様、どうかされましたか?」
「いや、リファーナはもう少し自覚した方がいいよ」
「自覚ですか?」
「いつもそうだけど、歌ってる時のリファーナは特に魅力的だ。綺麗だよ」
「へ?」
「特に昨日は緊張感が良いスパイスになって、更に美しかった。合唱の時は全員が白い服を着てたけど、リファーナが一番白が似合っていたよ。今度白をベースにしたドレスを仕立ててみよう。それからリファーナの生来の穏やかさと柔らかな雰囲気と優しさを引き立てる楽曲が更に素晴らしくリファーナにピッタリのむぐ」
思わずラーシュ様の口に両手を当ててしまった。
「……もうそれ以上は……。お願いですから……」
そんなに褒められてしまうと、恥ずかしすぎる……。
「どうせ塞ぐなら唇で塞いで欲しいな」
ラーシュ様は私の両手を握って微笑んだ。そのまま顔が近づいてくる。
「っ!ラーシュ様、ダメです!ここは学園内ですっ」
辺りを見回す。誰もいない。良かった。
「学園内じゃなければいい?」
「……はい」
ああ、このやり取り、前にもしたような気がする。
「わかった。明日の休みは別邸へ帰ろう。約束だよ?」
「は、はい」
ラーシュ様と仲良くしてるのを誰かに見られたくない。だって恥ずかしいから。でも二人きりで過ごせるのはとても嬉しいの。あ、歌の練習の日は違う。ラーシュ様は今でも本当に厳しいから……。明日、嬉しいな。楽しみだわ。
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