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「――皆々様、ようこそお出でくださいました」
四人が着いた長いテーブルで、館の主であるニコラス・アローが両手を広げて来客を歓迎した。
「本日はあいにくの天気ですが、雨とは古来より神の恵みと申します。即ちこれは、我々の出会いを神もまた、祝福なさっているという事の表れでしょう」
「そう考えれば……本日は誠に良き、お日柄でございますな」
アローの紋を背に受ける、いわゆる『お誕生日席』に座るニコラスの斜め向かい。白く長い白髪を後ろに流したモンヴェルト候が、皺がれながらも低く響く声でそれに応える。その堂々たる風貌に、一瞬にしてまるで威圧されているかのような緊張感が広間を支配した。
「わ、わたくしめはそもそも雨の方が好きですがねぇ……堂々と外出を控え、屋敷でゆっくりと葡萄酒に舌鼓を打てると言うものです」
モンヴェルト候の隣でもみ手をする、黄色いジャケットの小太りの男はノワズ伯。
その向かいでやたら顔から吹き出る汗を気にしながら、しきりに目をあちこち泳がせている青いジャケットの挙動不審の男がオルキデ伯。
そしてオルキデ伯の隣、ニコラスから最も遠い席にローリエ伯代理のオードリィ(マルグリット)が席を連ねる。僕を含めた彼らの直近の従者達は壁際に控え、彼らの会談の様子を見守っていた。少々癪だが、こうして使用人のように扱われている方が気分としては幾分ましというものだ。正直、この社交界の空気に触れているだけで既に額に汗が浮かび始めていた。
「では、ノワズ伯の趣向に準えて、まずは食前に我がシャルドン特産の泡葡萄を召し上がって頂きましょう。料理はそれからごゆるりと」
「これはこれは、誉れ高きシャルドンの特産を頂けるとは光栄でございます」
グラスに注がれたパチパチと気泡を発する黄金色の液体は、音に聞くシャルドンの特産品だ。諸外国でも高値で取引されており、アロー家の潤沢な資産の元となっていると言う。
「おっと……失礼、マドモアゼル。『苦み』の無い飲み物もご用意できますが、いかがいたしましょう」
「えっ……あ、あのっ」
不意にニコラスに声を掛けられて、マルグリットはかぁっと顔を赤らめながらあたふたと目を白黒させていた。
ったく……早々に最終手段を使う事になるとは。僕は彼女の右手に嵌められたルビーの指輪に意識を集中すると《力》を込め、くいくいと、彼女に分かる程度の力で二回、上方向へと引っ張った。
指輪には僕が事前に触れて、《力》を流し込んである。これを上に二回動かしたら『ウィ』、下に二回動かしたら『ノン』、左右に動かせば『好きに話せ』と言うのが今回の社交場を乗り切るために講じた策だった。あまりこれに頼りすぎても不自然に見えてしまうし、基本は好きにさせるつもりだったが……こうなるのは見えていた事だ。
「は、はい……お心遣い、感謝いたします」
しどろもどろとつっかえながら、マルグリットはニコラスへと頷き返した。
「よろしい。では、杯も揃った所で……神の祝福はあれど、人の身として祝いの言葉を口にするのは制しておきましょう。今宵は、亡きローリエ伯に想いを馳せて――」
ニコラスの言葉に合わせて、諸侯たちは無言で杯を眼前へと掲げた。マルグリットもまた、一寸遅れながらも周りを真似して献杯を交わしていた。
ほどなくして、長大なテーブルの上は丸ごと一頭を焼いた子豚や、北の赤い野菜を使ったスープ、百合根と豆と葉物のサラダに、焼き立てのパンと言った品々ですぐにいっぱいになっていった。
そうして、そんな色とりどりの食事を頬張りながら、様々な話に花を咲かせる。
まずもっぱらの話題は亡きローリエ伯のお悔やみだった。事故と言う不運を嘆きながらも、その遺族を気遣う言葉が多く投げかけられ、マルグリットは食事を口に運ぶ暇もなくあたふたと僕の指示に従って首を振るのみだった。
それからこの一年の各諸侯の様子、作物の取れ高、税金の話などへ移り行き、諸侯を治める者たちらしい話題が飛び交う。
「今年は、麦の取れ高が少なくて――」
「そうは言っても、貴殿の麦畑は広大で――」
「ノワズの麦は香り高いと評判で――」
そういった会話を後方で聞き流す中で、なんとなく分かって来た事がある。
まず、ニコラスとマルグリットを除く三人の諸侯は交友があること。そして、亡きローリエ伯とも同様であったであろうこと。それは、互いの領地の内情を知っているかのような会話の内容からも明らかであった。
一方で、誰もニコラスとは面識が無いのであろうこと。主催であるニコラスは終始にこやかな笑みを浮かべ、諸侯たちの話に時に相槌を打ち、時に一言二言言葉を挟む事こそあれ、話題の中心へ足を踏み入れようとはしない。諸侯達もニコラスへは一歩引いたような接し方であり、顔色を伺っているのが見え見えだ。
ちなみに、当然マルグリットは話題に付いていく事すらできない。適当に相槌を打つべきところだけ、指輪を上に動かしてやった。こういう場だ。べらべらと口数多いよりは、凛として静かに笑みを浮かべながら首を振るくらいで丁度いいだろう。凛と言うにはほど遠いが。
「ところで、最近東からの人の流入が――」
「近頃は物騒だと聞き及んで――」
「エーテルランドへ飛び火するのはまだまだ先の――」
ちなみに、最も口数が多いのがノワズ伯。流石は社交界で台頭した男。話題の繋ぎや、話の振りも雄弁だ。額に汗を流しながら、あくせくとあっちへ唾を飛ばし、こっちへ唾を飛ばしと大忙しである。というか、ほとんどノワズ伯の独壇場だ。
次いでモンヴェルト候。流石の自信と余裕を見せつけ、口数は少ないが一言一言のずっしりとした重みで存在感を露にする。
オルキデ伯は相変わらずの挙動不審ぶりで、ほとんど会話には参加していない。時折ノワズ伯に同意を求められて、思い出したように頷く程度だ。はじめに配られた泡葡萄もたいして手をつけておらず、その様子は少々異質――とは言っても、諸侯達の話に合わせてマルグリットの指輪を動かす方が忙しく、意識するには至らなかった。
「このような時ですが、ローリエも今後は大変でしょう。お世継ぎは長兄のフェルナン様となりますかな?」
モンベルト候の言葉に、僕は指輪を上に動かす。
「は、はい……おそらくは」
「お若いのに大変だ……ニコラス様も若くしてお世継ぎになられたお方でしたな」
「父の病は仕方の無い事。それに、不出来な兄を持つと、身が入るというものです」
杯を傾けながらさらりと答えたニコラスの言葉に、ぴくりとマルグリット以外の三人が眉を潜めた。どうしたと言うのだろう。饒舌だったノワズ伯も、生唾を飲んで視線を泳がせる。その空気の変わりようの中で最も早く反応を示したのは、他でもないオルキデ伯だった。
「だ……だめだっ。ぼぼぼ、僕には耐えられないっ!」
頭を抱えて叫びながら、ガタリと椅子を倒して立ち上がるオルキデ伯。そのまま血相を変えた表情で、唐突に扉の方へと走り出す。彼の従者も慌ててその後を追った。
そんな彼を遮るように、扉の前にハイドリクスが立ちはだかる。僕らをエスコートしてくれた、丹色の短髪の美少年だ。いつの間に部屋に居たのだろう。会が始まった頃には居なかったハズだ。
「いかがなさいましたか、ギヨーム様」
「どどど、どいてくれっ! 僕は、何も知らないっ! だから帰してくれっ!」
彼の奇行に、僕は完全に意識を奪われていた。




