↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
3章 嵐の中のタイラント
PR
22/52

3-4

「ル、ルーフェン様っ。周りの方々が……」


 マルグリットがおろおろとした声で、僕の肩を控えめに揺すった。

 ハッとして周囲に視線を巡らせると、大勢の人々が僕らの事を不思議がりながら通り過ぎていくのが目に入った。


「し、失礼いたしました。こんな、往来の真ん中で……」


 僕は慌てて立ち上がると、目元に浮かんだ涙を拭って、強く鼻を啜った。


「ダメですよ、ルーフェン。今の私と貴方はただのお友達です……さぁ、この先に良い細工を作る雑貨屋があるのです。三人で行ってみませんか?」


 ようやく目を合わせる事ができたシルフェリア様は、全てを包み込んでくれるような優しさでほほ笑んでいた。この方へ抱いた憧れを、僕は心の底から誇りに思った。

 とは言え、場の恥ずかしさも覚えた僕は二人から少し距離を取って歩いていた。

 姫様が覚えていてくださった事はとても嬉しいが、かと言ってそれに甘んじてがっつくのも紳士としてどうだろうか。勿論、否だ。

 先ほど、仮にもお忍びの中で目を引いてしまった事もあるし、平常心で護衛の任務を全うしよう。言葉を交わす機会なら、これからもまだあるはず。

 その時の為に何かプレゼントでも用意しておこうか。いや、手持ちも無いので大したものは準備できないが……せっかくの再会を彩るのに花は必要だろう。書物の中の主人公たちは、おおむねそうだった。

 それまで目もくれていなかった目抜き通りの店々に、改めて興味を移す。

 食物の屋台から、食材屋。食べ物には流石に無いな。

 銀細工を扱うお店もあるが、姫様へ捧げるには少々安っぽい。

 屈強な親父が店先で鈑金を叩いている武具店なんてもっての外だ。

 そう言えば雑貨屋へ向かうと言っていたな。少し良い材質の小物とかであれば、手持ちでも何とか――少しむず痒いような喜びを前にして、僕は自分でも分かるほどに浮ついていた。だから「平常心」なんて言葉を念じていたにも関わらず、面倒事を回避できなかったのはすべて、彼女達から目を離していた僕の責任と言っても良い。

 最初に気づいたのは、大量のガラスの砕け散ったような派手な破砕音と小さな悲鳴。それから辺りを包んだ一瞬の静寂。そして、何度となく聞き慣れた謝罪の言葉だった。


「す……すみませんっ。私、その……本当に、ごめんなさいっ!」


 いつにも増して必死に謝るマルグリットの声が響く。

 ガヤガヤとできはじめた人混みに閉ざされて、何が起きたのかはよく分からない。ただ、少なくとも、何かをしでかしたのだろうという事は容易に想像できた。


「何てことしてくれるんだあんた! 商品が台無しじゃねぇか!」


 次いで、ドスの利いた低い声が彼女の謝罪の言葉に覆いかぶさるようにして人混みの注意を引いた。人の壁の隙間から、かろうじてその上半身だけが見て取れる。頭にバンダナを巻いた、見るからにガラの悪そうな、屈強な大男だった。


「その、私本当に、全然気づかなくって……」

「気づかないで済む問題じゃねぇだろう? どうしてくれんだよ? なぁ?」


 その言葉で、状況は何となく読めた。おそらくマルグリットが何かの拍子に、商人の品物を台無しにしてしまったのだろう。

 路肩で店のようなものは見えないが、出稼ぎの露天商か何かだろうか。とにかく、もっと近づかない事には状況を把握しきれない。僕は人の間を押し分けるようにして、現場へ赴こうと試みる……が、祭りで賑わうこの通りで発生した人混みを前に、それはなかなか思う通りにはいかなかった。


「友人の不注意は、わたくしも心からお詫びを申し上げます」


 人の波の中でもみくちゃにされながらその透き通った聴いて、僕はさぁっと顔から血の気が引くのを感じていた。


「往来のど真ん中で、あまり事を大きくしたくはないのですが……どう償わせて頂ければよろしいでしょうか?」


 聞き間違える事なんか無い。シルフェリア様の声だ。

 そりゃそうだ。二人は一緒に歩いていたのだから、マルグリットが居れば彼女も居る。そして、僕だけが取り残された。


「クソッ……通してくれ!」


 僕は焦りを覚えながら、乱暴に人の垣根に分け入っていく。でも乱暴に進めば進むほど、人々はより密集し行く手を遮った。


「こいつはどれも、はるばる東の国から船で仕入れた、この辺りじゃ一品ものレベルのガラス皿だ。祭りだからと持ってきたが、庶民じゃ見栄を張って一枚買えるかどうか……そういう代物なんだよ、嬢ちゃん」


 行商の声が腹の底に響く。


「見た所……まあ、そんなに貧乏って感じでも無さそうだな。どこかの小金持ちの家のモンか。なら、壊した分全部纏めて金で弁償して貰っても構わねぇぜ?」

「いくらでしょう?」

「金貨三枚。それが二〇皿分で、六〇枚って所だ」

「六〇――っ」


 マルグリットの悲鳴にも似た声が漏れた。

 金貨六〇枚だって――馬鹿な。庶民なら贅沢しないで三年は食い繋げる金額だ。


「それで、許して頂けるのですね?」

「おう、耳を揃えて払えるんならな」


 姫様はあくまで落ち着いて、そう口にした。払うつもりなのだろうか。確かに一国の王族なら余裕で払える金額だろうが――

 兎に角、音だけではなんとも判断ができない。とは言っても、相変わらずぐいぐいと人を押しのけて進もうともがく事しかできなかったが。


「金貨三枚――そう申しましたね?」

「おう。幾らもまける事はできねぇぜ」

「……そうですか」


 カチャカチャと、ガラス片を拾い集めるような音が聞こえた。

 何をしているんだろう。くそ……相変わらずオッサンしか見えやしない。


「――分かりました。お支払いしましょう」

「シ、シルフィさん……!」


 姫様が告げると、行商が静かに口の端を釣り上げるのが見えた。


「ただし、全部合わせて金貨二〇枚。この商品にそれ以上はお出しできません」

「……なんだと?」


 彼女の言葉に、行商の表情は一変、声色が変わった。


「今、枚数を数えますからお待ちください」


 一拍置いて、喧騒の中に小さな金属音が混じり始めていた。


「い、いやまて、何を言ってるんだ嬢ちゃん。まけられないって言ったハズだぞ」


 あまりに自然に話を進める姫様に、一瞬呆気に取られていた行商は、慌てた様子で詰め寄った。遠巻きから僅かに感じた険悪な空気に、思わず冷汗が頬を伝う。


「まずい……!」


 僕は見物人に罵られるのも覚悟して、乱暴に人混みを突き進んだ。


「わたくしは正当な価格を支払う、と申し上げているのです。高価なガラス製と言えど、この品物に金貨五枚は高すぎます。銀貨十枚でも良いくらいの品でしょうが、此度の騒動はわたくし共に非がございますので……そのお詫びを乗せて金貨一枚。合わせて二十枚と言うのが相場と言った所では無いでしょうか」


 抑揚のない口調で淡々と告げた姫様は「いち、に、さん、し」と小さく口にしながら金貨の枚数を確認する。


「そ、粗悪品だぁ? 言ってくれるじゃねぇか! こちとらわざわざ肌が焼けるような暑さの東の国まで船を出して手に入れて来たんだ! それを商売も知らねぇメスガキに粗悪品だの言われて引き下がってられるかよ! 話の分かる大人を連れて来な!」

「どうぞ。二十枚、お確かめください」

「受け取れねぇな!」

「見逃してくださるんですか? お心遣い、痛み入ります」

「そんな額じゃ受け取らねぇって言ってんだ! 話聞いてんのか!?」


 行商の方はどんどんヒートアップしていく一方で、姫様はどんどん淡泊になっていく。いよいよ本格的にまずい。このままじゃ危険だ――


「こっちはテメェよりも小さい、右も左も分からねぇガキの頃から航海に出てんだ! 目利きの腕だってずっと磨いて来た! あ? 確かにコレは見立て通り、東じゃ金貨一枚程度で取引されてるモンらしい……だが、その仕入れに掛かった費用やらなんやら乗せて売るのが商売ってモンだ! んな基礎も分からねぇガキの言葉を鵜呑みにできる商人がどこにいる!? あ? 慈善事業じゃねぇんだよ! これだから、エーテル濃度しか取り得のない田舎の国は――」


 ――不意に、大量の金属音が辺りにこだました。それが金貨を十数枚、石畳にこぼした音だと気づくのにそう時間は必要無かった。

 純度の高い金属だからこそ発するその音に、誰もが一瞬、息を飲んでその音に聞き惚れた。見物人も、わたわたしていたマルグリットも、行商も、そして僕も。

 僕は、残り僅かとなった人の壁を掻きわけるのを諦めて、ただ天を仰いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。