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1.炎天下の鼠

 七月の終わり。

 まさに夏! という真昼の日射しの下、俺とチュンは車の往来激しい通りに面した、歩道を歩いていた。いや、正確に言うと歩いているのは俺だけなんだけど。チュンはすっかり定位置となった、俺の頭の上で座っている。だいぶこの状態にも慣れてきてしまったから、人間って適応力あるなぁと自分で自分にしみじみとする。

 なぜ俺がこんな真昼に外を歩いているのかというと、どうしてもアイスが食べたくなったからだ。

 全ての元凶は、昼食時に見ていたテレビCM。爽やかな水色にコーティングされた、かき氷状のアイスバー。バックには清涼感たっぷりな北極の映像が流れ、キャッチーなメロディーで謳われる商品名。そのCMを見て心を動かされたのは、全国に何千人といることだろう。俺もその一人として、スポンサーの罠にまんまと嵌りたくなった。

 しかし残念ながら、我が家の冷凍庫の中には氷と肉しか入っていなかった。アイスは昨日食べた分で、ちょうど在庫切れになってしまったのだ。というわけで、俺はアイスをゲットするべくコンビニに向かっているところだった。ついでだから今週発売の週刊誌も立ち読みするつもりだ。

 もう少しコンビニが家から近かったらなあ。暑さにやられそうな頭でそんなことを考えていると、頭上のチュンがもそりと動いた。


「暑いのう……」


 チュンの声と同時に改めて視線を前方に送ると、見知った顔がこちらに向かって歩いてきていた。

 金剛地絵梨だ。

 今日の彼女は淡い水色のTシャツに、カーキ色のショートパンツという格好だった。Tシャツの色が俺の求めているアイスを彷彿とさせた。色って重要だよな。青系の色を見るだけで少し涼しくなる気がするもん。

 図書館で会った時と同じように斜めがけのカバンを肩からぶら下げており、耳にはイヤホンがはめられていた。


「あ」


 音楽に集中していたのか、彼女が俺のことに気付いたのはかなり接近してからだった。金剛地は声と同時に足を止める。


「今日も図書館で勉強?」


 無言のままやり過ごすのもおかしい気がしたので、思い切って話しかけてみた。


「うん。波崎君は、どこかにお出かけ?」

「お出かけっていうか、ちょっとコンビニに」

「そっか」


 それとなくお爺さんのことを訊き出したかったのだが、会話はそこで終了してしまった。

 どうしよう。これを逃すと、夏休みが終わるまで彼女と話す機会はないかもしれないのに。かといって連絡先を訊くのもちょっと……。

 足元にわずかな違和感を覚えたのは、その時だった。


「ん?」


 まるで水をかけられたように、一瞬ひんやりとした気がしたのだが。下を見ても、足元には熱そうなアスファルトがあるばかり。濡れてもいないし、何もいない。


「どうしたの?」

「いや。気のせいだったみたい」

「ふうん?」


 金剛地は首を傾げた後、軽く手を振った。


「それじゃあ」

「あ、うん。また」


 ……行ってしまった。仕方ないよなぁ。いきなり「金剛地のお爺さんって亡くなってる?」なんて訊けるわけがないし。そもそも全く別人の可能性が高いのに、俺がそこまでやる義理もないよな。せっかくできた数少ない女子の友達なわけだし、まぁそれは機会ができたらということで。それに爺さん自身がその『えり』って子を見つけるかもしれないしな。

 金剛地の後ろ姿を見ながらそんなことを考えていると、服の裾をつんと引っ張られた。今度は気のせいではない。何事かと振り返るとチュンがいた。いつの間に俺の頭から下りていたんだ。


「悠護、気のせいじゃねえ。さっきのはこれじゃ」

「え?」


 チュンの手には、小さな生き物がぶら下がっていた。チュンに首根っこを掴まれているのは、白と茶色のまだら模様にボタンのようにまん丸な黒い目を持つアレ。

 どう見てもハムスターだ。


「うわ、可愛いな。どうしたんだそいつ。脱走してきたのかな」

「さっきから悠護の足元でチョロチョロしてたけぇ、捕まえたんじゃ。こいつ妖怪じゃな。しかもなったばかりの」

「ええええっ!?」


 ちょっと待て。まさか、これも妖怪!? ハムスターも妖怪になんの!? 妖怪って日本的な生き物しかならないと思っていたんだけど! 妖怪界にも洋風の波が来ているということなのか!?

 首根っこを摘まれたハムスターが、そこで威嚇するようにキシャーと口を開けた。普通のハムスターではないことを俺はその姿を見てやっと納得した。愛嬌のある長い前歯はない。大きく開いた口の中には普通のハムスターとは違う、鮫のように鋭い歯がいくつも並んでいたのだ。小さいけれど、確かにこいつも妖怪のようだ。

 ハムスター妖怪は手足をジタバタとさせている。口は少し不気味だが、正直に言うと可愛い。大きさも大きさだし。


「チュン、放してあげれば?」

「ああ、すまん。わしより低級な妖怪を見るのは初めてじゃけん、つい観察してしもうた。悠護がそう言うんなら放してやるわ」


 チュンが手を放すと、ハムスター妖怪は脱兎の如く道を駆けて行ってしまった。


「ありゃ、逃げてしもうたか。悠護が『見える』人間だと気付いたから寄って来たように見えたんじゃがのう」


 顎に手をやり呟くチュン。ということは、あのハムスターも『トラ』みたいな苦しみがあって妖怪になってしまったというのか?

 針で刺されたかのように、俺の心がチクリとした。


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