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訛り雀がチュンと鳴く 作者:福山陽士

第2章

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2.友と妹

 ああ、涼しい。
 ようやく着いたコンビニの中は、まさに天国と呼ぶにふさわしい場所だった。夏を連想させるワードが散りばめられたJ‐POPが流れる中、数人が店内をウロウロとしている。涼しい場所で聴く夏ソングは、とりわけ爽やかに聴こえるのは俺だけだろうか。
 盛況なのはやはり飲料の置かれている棚で、先ほどからバタンバタンと扉の開閉の音が続いている。俺の目的はアイスだが、ついでにジュースも何本か買って帰ろう。

「悠護。涼しいからみんなこの建物の中に集まっとるんか?」
「うーん、凉しいのもあるかもしれないけれど、ここはお店なんだ。食べ物とか日用品とか、欲しい物をお金を出して手に入れる場所だよ」

 俺は小声でチュンに答える。少し騒がしめな、アップテンポな歌が店内に流れていて助かった。きっと他のお客さんには聞こえなかったはず。チュンは俺にしか見えないからな。『いきなり独り言を喋りだした怪しい少年』に見られてしまう機会は極力減らしたいのだ。

「ほう。じゃあ勝手に持っていったらおえんのか。爺と一緒におる時はこういう建物の中には入らんかったけんのう。人間の生活もなかなか面倒なんじゃな」

 俺の頭から下りて、店内を興味深そうに見て回るチュン。今店のことは話したばかりだし、目を離しても勝手に商品に手は出さないだろう。
 何にしようかとジュースの棚を食い入るように見つめていると、そこでまた来店を知らせるチャイムが響いた。
 コンビニって不思議な空間だと思う。店員でもないのにこの音がすると、誰が入ってきたのかをついチラリと見てしまう。その新たに入ってきた客を見て、俺は思わず声を出してしまった。

「仲安じゃん」

 前の席の友人とこんな所で会うとは。中学が違ったから、あいつがどこに住んでいるのか実は知らないんだよな。案外近くに住んでいるのだろうか。
 向こうも俺に気付いたのか、真一文字に結ばれていた口の端が、みるみるうちに上がっていった。

「波崎」

 会うのは終業式以来だ。自然とお互いに笑顔で近付いていく。最初は棚に隠れて見えなかったが、仲安の隣には髪を二つにくくった小学生くらいの女の子がいた。『仲安の奴、実はそんな趣味が――?』と微塵も思わなかったのは、ひとえにその子が仲安とそっくりな顔をしていたからだ。これはどう見ても兄妹。

「仲安、妹がいたんだな。何歳?」
「七歳。一年生だ」

 歳の離れた妹か。いいなあ。俺は一人っ子だから少し羨ましい。でも今は、チュンが妹の代わりになっていると言えばそうなのかもしれないけれど。

「こんにちは」

 挨拶を投げかけてみるが、妹は仲安の手を握ったまま俯いている。恥ずかしいのかな。仲安は頭を掻きながら眉を下げた。

「すまん、ちょっと今機嫌がな……。それより買い物してたんだろ?」
「あ、うん」

 構わずに買い物を続けろ、と仲安の顔に書いてあったので、俺はとりあえず彼らから離れた。仲安は妹の機嫌を取るために何か買いにきたのだろうか? それだったら邪魔したら悪いし、これ以上話しかけるのはやめておこう。
 俺は目的のアイスとおまけ付きのジュースを二本手に取り、会計を済ませた。仲安と妹は、なぜかつまみコーナーの前で止まっていた。仲安に片手を上げるだけの挨拶をすると、向こうも同じ動作を返してきた。俺が自動ドアに向かうと、「置いていくなや」とチュンが慌てて飛んでくる。もちろん、置いていくつもりなど毛頭ない。というか、絶対にチュンならば着いてくるだろうと思っての行動だ。なにせ俺は取り憑かれているからな……。
 外に出ると、むわっとした空気がまた全身に絡みつく。太陽の死角、横の軒下の日陰をゲットした俺は、コンビニの壁に背を預けた。コンクリートの壁はひんやりとして気持ちが良い。

「帰らんのんか?」
「この気温だと、家に帰っている間にアイスが溶けちゃうからな。今食べてしまわないと」

 チュンに応えながら、俺はごそごそとアイスの袋を空ける。怪訝な顔で首を傾げるチュンを尻目に、早速俺はアイスに齧りついた。
 口の中が一瞬で北極になったかのような、キンとした冷たさ。うん、これだよこれ。俺が求めていた涼はまさにこれだ。現代の日本の夏、って感じがする。何より、ソーダアイスと氷の粒の共演はやはり素晴らしい。だが、この味をじっくりと堪能している時間はなさそうだ。暑さに負けて、みるみるうちにアイスが柔らかくなっていくのだ。俺は急いでアイスを口の中に詰め込んでいく。頬が冷たい。
 口の中がこれ以上ない幸せに満たされたところで、仲安と妹が店から出てきた。来た時と同じように二人は手を繋いでいる。仲安のもう片方の手には白の袋がぶら下がっていた。中には二本のペットボトルと、お菓子らしき袋が入っている。こちらに気付いた仲安は、袋を持ったままひらひらと手を降った。

「またなー波崎」
「おう」

 返事をしてから、俺はアイスの袋と棒をゴミ箱へと投げ入れる。チュンは、仲安と妹の後ろ姿をじっと眺めていた。

「どうした?」
「なんか、ええのう」
「何が?」

 チュンは答えない。無言のまま、しばらく俺を見つめてくるだけ。
 うっ……。やはりその黒々とした目でじっと見つめられると、ちょっと怖いです。
 そんなたじろぐ俺の片手を取ったチュン。そのままきゅっと手を握ってきた。

「チュン?」
「えへへ。わしもやってみたくなった」

 照れくさそうに笑うチュンを見て、俺はようやく彼女の行動が理解できた。
 当然だが、雀には手はない。代わりにあるのは、空を飛ぶための羽。だからチュンには今まで『手を繋ぐ』という概念はなかったんだと思う。でも仲良く手を繋ぐ仲安兄妹を見て、そこから二人の心の繋がりを感じ取ったのではないだろうか。俺も少し羨ましく思ったくらいだし。
 そういえば、チュンも仲安の妹と同じくらいの背丈だな。
 妹、か……。

「ダメかのう?」

 反応を示さない俺を見て不安になったのか、少ししょんぼりとしながら言うチュン。俺は苦笑しながらチュンの茶色の頭をくしゃりと撫でた。

「だめじゃないよ。じゃあ、このまま帰ろうか」

 俺が答えると、チュンの顔は花のようにぱあっと明るくなった。
 うん、妹……。そう思うと可愛いかもしれないな。
 握ったチュンの手はさっき食べたアイスほどではないものの、それでもかなりひんやりとしていた。だがその冷たさをすぐに忘れてしまうくらい、俺の心はくすぐったさでいっぱいになっていたのだった。
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