解呪
子どものように飛び跳ねるクラウディア。今は年相応の姿なので違和感はない。しかし、ニコニコしているユートとは違い、ルーシーはおかしなことに気づいていた。
(クラウディアは、大魔王に呪いをかけられた時、この年齢だったのか?)
クラウディアは勇者パーティの一員で何年も旅をして、ついには大魔王を倒した。大魔法使いだったと伝承されている人物が12,3歳の子供だったということは受け入れがたいことだ。
だが、ユートは全くそんな疑問をもっていないようだ。
「よかったですね。クラウディアさん、それでお願いがあるのですが」
また空気を読まないユート。クラウディアは「きっ」とユートを睨む。
「なぜ、私の呪いが解けたのかは不明なのですわ。ですが、あなたが事もあろうにこの大魔導士クラウディア・マナウスの頭に勇者の小便を浴びせたことは事実なのですわ。この屈辱、お前の血でもってあがないなさい!」
クラウディアは姿見があるところから、瞬間に移動した。真祖の吸血鬼がもつ特殊能力だ。
ユートの背後にまわり、その首筋にカプリと噛みついた。
「お、お前、人間の血を飲まないと決めてたんじゃないのか!」
ルーシーは慌ててクラウディアをユートから引きはがそうとした。しかし、老婆から少女の姿に戻ったクラウディアの身体能力は何倍にも上がっている。
ルーシーが引っ張ったところで、両手足でクモが獲物をがっちり掴むようにユートに抱き着いているクラウディアをはがすことはできない。
さすがのユートも背後を取られた。そして血を吸われようとしている。
ルーシーは必死に引きはがすことを続ける。もしかしたら、ユートを上回る力をクラウディアはもっているのではないかと不安になる。
「止めてください、くすぐったいですよ~」
しかしルーシーの不安は徒労に終わった。ユートに危機感はこれっぽちもない。まるで猫とじゃれ合っている体である。
「はれ?」
またまた間抜けな声を上げたのはクラウディア。
首筋に噛みついたのに止めてしまった。それどころか、手で自分の八重歯を確認している。
ユートの首筋には2つの噛み傷が付いている。確かに吸血鬼の牙で噛まれた跡だ。血も少し滲んでいる。
「ない、ない、ない……牙が……」
クラウディアはへなへなと座り込んだ。
「吸血鬼から元に戻ったのですわ。元の人間に戻れた~っ」
両手を天に突き上げてそう叫んだ。歓喜の涙である。
クラウディアは魔王から2つの強力な呪いをかけられていた。
1つは老化の呪い。クラウディアはこの呪いで100歳の老婆へと変えられた。そこで時は止まり、300年も100歳の体で過ごしてきたのである。これは精神的にも肉体的にも耐えがたい苦痛であった。
そして2つ目は吸血鬼化。定期的に人間の血を飲まないと体が維持できない。そして血を飲むと徐々に心は魔族へと変わる。自分を見捨てた人間への恨みと血の誘惑で魔族の一員となるはずであった。
しかし、クラウディアは耐えた。人の血はトマトジュースで代用。定期的に飲めば喉が渇くことはなかった。
トマトは城のガーディアンとして創作したスケルトンやゴーレムに命じて作らせていた。古城の中庭には畑や温室が作られ、年中トマトが収穫できるようになっていた。
自分を退治しようとやってきた冒険者は、ガーディアンで追っ払った。それでもしつこい冒険者は、クラウディアの魔法で遠くへ飛ばした。
自分を殺そうとする強力な冒険者だけと戦い、時にはワープの魔法で遠くへ飛ばし、どうしても無理な場合だけ死力を尽くして戦った。
先ほど襲ってきたワイトはその冒険者のなれの果てだ。
「魔王は私に呪いをかけるときにこういったのですわ。老化の魔法は強力な解呪があれば取り除けるが、吸血鬼化の解呪は2つしかないと。この魔王アトゥムスの血を飲むか、我と同等かそれ以上の者の血を飲むしかない。それは不可能と言うことと同義だと……でも、いたのですわ」
クラウディアはそう言ってユートの手を握る。クラウディアの方がユートよりも小柄である。
「この大魔導士クラウディア・マナウス。12歳。今日から、あなた様の押しかけ女房になります!」
「ええええええっ……」
ルーシーは予想斜め上の展開に思わず叫ぶ。
「ど、どうしてそうなる!」
「だって、あなた様は私を永遠に苦しめる2つの呪いから救ってくださったのですわ。それに吸血鬼の呪いが解けたということは、あなた様は魔王と同等の力をもつということ。もうこの身も心もユート様に捧げるしかありません!」
(おいおい……お前の呪いを解いたのは勇者のしょん……聖水のおかげじゃないのかよ!)
ルーシーはそう突っ込みたかったが、グッと言葉を飲みこんだ。これ以上、物事をややこしくするのは御免こうむりたい。
「お断りします」
そんなルーシーの葛藤はつゆ知らず、きっぱりとユートは断った。
あまりに一刀両断でクラウディアはきょとんとした。冷たい風が二人の間を流れていく。
「そ、そんな。お願いします。クラウをあなた様のお嫁さんに……」
「無理です」
(が~ん)
へなへなと崩れ落ちるクラウディア。しかし、300年も吸血鬼として生きてきた彼女がこんなことでへこたれるわけがない。
「そうですわ。私はまだ12歳。あなた様も13歳。これではまだ夫婦になるには早すぎますわね。では、彼女と言うことで……」
「それも無理です。僕はアリナ様にすべてを捧げていますから、彼女さんは不必要です」
またへなへなと座り込む。だが、それでも立ち上がるクラウディア。
「では、まずは友達ということでどうです?」
「ふ~ん。友達ね……」
ユートが考えている。これは手ごたえありだ感じたのか、クラウディアはほくそ笑んだ。
「いいですよ。では、友達ということで。あ、ついでにルーシーさんも友達です」
「ついでかよ!」




