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金烏の花嫁  作者: 朱音ゆうひ@8/5『桜の嫁入り』コミカライズ連載スタート
1章、姉妹と兄弟

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6、やってしまったな

 琢朗は、それからすぐ意識を回復させた。

 瞼がゆっくりと持ち上がり、焦点の定まらない瞳が瞬きをする。


「む……」 

 

 お父様、と葵が声をかけるより早く、波美子がやってくる。

 

「……お父様っ!」


 父を呼ぶ波美子の目に堰を切ったように涙があふれる。

 一緒に泣いてしまいそうになって、葵は指先で耳たぶをつまんだ。

 

「私が不甲斐ない父親ですまない。苦労させてしまった……ようだ」


 掠れ声でようやく声を発する父に縋りつき喜ぶ波美子と、その背を撫でる葵。その後ろで武政と丙が小声で話す。


「兄さん、縁談は今度にしたら? 父娘の感動的な再会を邪魔するのはかわいそうだよ」

「丙よ、縁を結ぶ神に後ろ髪がない、という話を知っているか? 奴は前からやってきて、すれ違った後に引き留めようにも後ろ髪を掴めないのだ」

「髪を掴むなんて紳士的じゃないよ。言葉で呼び止めたらいいと思う」 

「屁理屈をこねるな、めんどくさいやつめ」

 

 武政は弟の反対を無視して、琢朗の前に進み出た。


「尭司家当主の琢朗殿でいらっしゃいますね。俺は樹宮武政と申します。こちらは俺の後援者である芦屋家からの紹介状です」

「兄さん、琢朗殿はまだ……」

「芦屋家は尭司家を全面的に支援します。その代わりに、縁談を受け入れていただきたい」


 丙が止めようとしたとき、琢朗はひとりで身を起こして紹介状を受け取った。そして、筆跡を見て懐かしげな顔をする。


「これは、芦屋怜士殿からの紹介状か。そうか。あの方が……」

「波美子お嬢さんを俺にください。俺にはお嬢さんが必要です」


 武政のまっすぐな申し込みに、波美子は頬を紅潮させた。それを見て、葵はにやりとする。


 いい感じじゃない? きっと幸せになれそう。 

 波美子、お幸せに。


 傍観者気分で見守っていると、不意に肩を軽く叩かれた。

「ん?」

 顔を上げると、丙は悪戯を思いついたように目をきらきらさせている。

 

「葵さん、芦屋家は尭司家と同じくらい由緒正しい家柄で、珍しい書物がいっぱいあるんだ。興味ないかな?」

「それは、ありますが」

「帝都を観光してみたくない? 都会への憧れは?」 

「なんですか、矢継ぎ早に質問ばかり、不気味です」

  

 興味、憧れ? そんなの、あるに決まっている。

 葵は琢朗が若かりし頃に帝都に初めていった時の日記を何度も読んで、想像で胸をときめかせたのだ。


 その心を見透かしたように、丙は自分の人差し指を内緒話でもするように唇にあてて、いたずらを思いついた子供のように笑った。


「じゃあ、君も来る? 僕、君が見たいものを全部見せてあげるよ」


 笑顔は優しげで、どこか底が知れない。

 迂闊に返事をすると危険な気がして困惑していると、武政が聞きとがめて割り込んでくる。


「丙。お前は使用人に何をちょっかい出しているんだ。すまないな、少年。弟は変わったところがあるものだから」

「少年じゃないよ、兄さん。失礼だな。僕のお嫁さんになる娘さんだよ」

「は?」


 奇妙な言葉が聞こえて周囲の全員が注目する中、丙は爽やかに宣言した。


「琢朗殿。こちらの使用人をください。僕のお嫁さんになってもらいたいのです」 


 ……お嫁さん?


 まあ、と波美子が目を丸くして葵と丙を見比べている。

 葵は途方に暮れて琢朗を見た。

 琢朗は面食らった顔で丙を見返し、はっと気づいた様子で事実を告げた。

 

「お待ちください。その娘は使用人ではございません。私の実の娘なのですが……?」

「え?」

 

 この日、蝶子夫人は断罪され、尭司家は長く続いた悪夢から解放された。

 

 尭司家は芦屋家という後ろ盾を見つけてお家立て直しの道を歩き始め、娘二人には縁談が申し込まれ——葵も、なぜか嫁入りすることになってしまったのである。



 ——使用人じゃなかったのか。


 丙は内心で頭を抱えた。

 

 琢朗の寝室に乗り込む際に凝らした派手な術への反応は、予想以上に丙の心をくすぐった。

 ——してやったり、といった感覚だった。

 何でも知っている顔で先導していた娘が呆然としていて、可愛いじゃないか。


 仕えている令嬢とも良い関係を築いているようで、主人と従者というよりは姉妹のよう。それが自分と兄を連想させた。

 

 世話係を嫁ぎ先に連れていく花嫁は珍しくないが、彼女たちはそれをしないようだった。

 主従関係は終わり、二人は離れ離れになってしまう。それが、丙には可哀想に思えた。

 

 あんなに仲良しなんだもの。

 一緒にいさせてあげたいよ。

 

 ちょうど丙は「兄の武政ともども良縁を得て権力の拡大を目指すべき」と説く芦屋家当主、芦屋怜士(れいじ)と、日々寄せられる縁談に辟易しているところだった。

 

 権力拡大の役に立つどころか足を引っ張るような平民の娘を嫁にすれば、怜士も諦めざるを得ないだろう。縁談を断る面倒からも解放される。


 そうだ、兄と一緒に僕も嫁を娶ればいいんだよ。 

 僕はこの子を喜ばせることができる。幸せにしてあげよう。

 

 ——それなのに、葵さんが尭司家の令嬢だなんて。

 これでは怜士様を喜ばせてしまうじゃないか。やってしまったなあ……。

 

 丙はさっそく後悔したが、一度求婚した手前、「ごめん、やっぱりやめとく」とは言いにくい。


「どうして微妙に残念そうな顔なんですか丙様? 私が尭司家の長女だと何か問題が?」

「えっ。そ、そんなことないよ。少し驚いただけさ……長女かよ」


 次女より長女のほうが格上じゃないか。

 怜士様、「兄よりも格上の嫁を取ってくるとは、やるな」とか言いそう。うわあ、いやだな。

 

「嫌そうに聞こえましたけど、丙様って、もしかして身分が低い女が好みとか……そういうご趣味でした?」

「いやだな。そんなことないよ。身分が高くていやがるとか、僕はそんな……」

 

 葵が半眼になっている。

 どうも内心が目から溢れてしまったようだった。

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