↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金烏の花嫁  作者: 朱音ゆうひ@8/5『桜の嫁入り』コミカライズ連載スタート
4章、墨色の蝶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/42

34、やっちゃえ、金烏

「【寂しいんやろ? 羨ましかったんやろ? 嫉妬してしまうんやろ? 醜い自分がわかってる、可愛い可愛い、ええ子やねえ】」


 男は笑む。葵は自分が蝶子夫人になった錯覚に陥った。


 夫人は愛が欲しかった。

 手に入れるため、琢朗に抱き着いた。

 琢朗が自分に笑いかけてくれると、ときめいた。

 彼は自分の大切な居場所であってほしかった。

 その場所に彼が他の女を招き入れると傷ついた。嫌だった……。


「【憎しみを燃やせ。奪われる前に奪え。独占してしまえ。衝動のままに暴れて、何もかもを思い通りにしてしまえ】」


 呪詛が真っ黒な煙の鎖になって葵に向かってくる。

 

 あれを受け入れれば、きっと呪術が使えるようになる。

 強い力が手に入る。けれど、そうして手に入れた力は、葵自身の魂も傷つけ、がんじがらめにして闇に堕とすのだろう。


 誘惑の波が身のうちで暴れる。

 ——波美子はなんでも持っている。言霊の異能も、うらやましい。私も特別な力を奮いたい。

 

「だめ……」

 

 葵は震える指を手のひらに織り込み、手を握った。

 視界いっぱいに光が咲いたのは、そのときだった。

 

「【私の娘に、手を出さないで】」 


 女性の声がして、子供の体が誰かに抱きしめられる。

 

 初めて聞く女性の声は、よく響いた。

 

 葵はこんな風に響かせる能力を知っている。

 人の心にぐさりと刺さり、支配する強さがある——波美子が昔使った【言霊】といわれる異能だ。


 長くて美しい艶髪が視界に零れて、心臓がとくんと脈打った。


 女性は葵の耳元で、そよ風みたいに囁く。


「愛しているわ」


 それが誰なのか、葵にはわかった。 

  

「——お母様……!」

「あれは、墨染の王。心を明け渡しては駄目よ」

 

 母はそう言って、空気に溶けるように消えた。

 あとには優しく清らかな花の香りと、目の前で「ほう」と目を見開く墨染の王が残る。


 気づけば、葵は成長した現在の姿になっていた。

 立ち上がって墨染の王を睨むと、王は煙管を指先で弄んでまわし、ゆっくりと腰を上げる。


「【思い出したわ。お前の母は人魚憑きやったな】」

「人魚憑き……?」

「せや。想い人への愛情を厚くするほどに命が削られて、しまいには泡となって消える。消える際には強力な守護の力をひとりに授けられるんや」


 葵は息を詰まらせた。

 母は、きっと父と恋に落ちて——葵に守護を授けて、死んだのだ。


「わしはあの人魚憑き——人魚姫を救ってやろうとしたのになあ。人間ではなく、あやかしを愛せば、人魚の呪いは発現せぬ。せやから、わしと(つが)おうと求婚したのに」 

 

 とうの昔に失くしたお気に入りの玩具を慈しみ、惜しむ声で言い、王は喉を鳴らす。

 気分しだいで牙を剥く自由な猛獣に似た唸り声が、その喉から漏れた。


「【あれは、哀れで綺麗な人魚姫やった。失うてしもうたことを惜しいと思うていた】」


 目の前にいるのは、父が教えてくれたあやかしだ。

 このあやかしに、もしかしたら蝶子夫人も——ふと、葵はそう思った。

 

 王の眼差しには色がある。

 とろりと甘い蜜のように絡みつくその視線は、不快だった。

 

「【娘も美しく育ったもんやな。人魚の守護はうっとおしいが、可憐な薔薇には棘があるもんや。わしの花嫁に迎えてやろう。来い。永遠の夢を見せてやる】」

 

「お断りです」

 

 葵は首を横に振った。

 その耳に聞きなれた青年の声が届く。


「……さん。葵さん」

「丙様!」


 後ろから聞こえる気がして、振り返る。けれど、背後には何も見えない。

 ——否。

 金色に輝く弓矢が暗闇の中にぽっかりと生まれて、照準を定めようとしている。


「君は悪夢に囚われている。僕は今から夢魔を祓おうと思うのだが……」

「……はい!」

  

 丙の声に、葵は懸命に返事をした。

 やはり、ここは夢の世界なのだ。おそらく墨染の王の仕業だ。


「……ああ、葵さんの声が聞こえた。よかった。そこにいるんだね」

 

 葵の返事が聞こえて安堵する気配を感じさせてから、丙は困った声になる。


「葵さん、敵はどこにいるの? 僕には見えないものだから……」 


 くっ、と笑いをこらえきれずに噴き出す墨染の王が腹立たしい。


 ——あいつめ、見てろ。

「葵さん?」

「あ、いえ」

 

 葵は内心の毒が丙に伝わらないように取り繕い、弓の後ろにまわって矢に触れた。

 神秘的な弓矢は、触れると手に馴染む。矢の持ち手を握ったときには、目に見えない丙の手がそこにあるように感じられた。


「私があなたの目になります」

 矢の切っ先を墨染の王に向けると、王は肩を竦める。

 葵の目には、泰然としていた王の細目に黄金の矢を厭う感情が垣間見えた。


「照準を合わせました、丙様」

「【やめ、やめ。金烏の嘴でつつかれるのは、ぞっとせんわ】」


 矢が放たれる。

 黄金の光がまっすぐに駆け抜ける。葵はふと武政の気持ちがわかる気がした。


「やっちゃえ、金烏!」 

「【退散、退散——】」


 視界が黄金の光で染まる。


 ——まぶしい。

 

 矢が当たったのか、逃げられたのか、わからない。

 目がくらんで、ぎゅっと閉じて、再び開けたとき、葵はするりと悪夢から覚めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。