27、僕は変わるべきなのだろうか
翌日、まだ日の高い時刻に、丙は芦屋家の本邸へと顔を出した。
芦屋家の当主による招集で、本日は二点の知らせがもたらされる当主御前集会だ。
丙がすべきことは、集まっている親族と一緒に神妙な顔で話を聞くだけ。つまみや酒が出てくる、それほど堅苦しくない集まりだ。
これは芦屋家の先祖が決めた方針で、定期的に集まって飲み食い歓談することで一族の結束を強める意図があるのだとか。
隣には兄が座り「バナナ食うか」と差し出してくる。兄は市場でもどこでもバナナを見つけるたびにウッキッキと手を伸ばすゴリラのような男だ。
ごりらが好物を分けてくれるのは最大限の好意の表明なので、丙はありがたくバナナをいただく。
「俺の嫁はバナナを食わないのだが、パフェーに入っているバナナは喜んで食うのだ。あれはなぜなのだろうな」
「小さく切ってあげたらいいんじゃないかな」
兄はいつもたわわなバナナを丸ごと豪快に渡す。お嬢様育ちの兄嫁はそれが嫌なのかもしれない。丙は推理しつつ、「葵さんはどうだろう」と考えた。その耳に、兄は奔放に嫁の話を吹き込んでくる。
「俺は怖がらせないように四つん這いになって視線を低め、慎重に距離を詰めたんだ。するとあいつはソファの裏側に身を隠し、顔だけ少し出して威嚇するように俺を睨み……」
「兄さん、それってお嫁さんの話だよね? 実は拾った猫の話をしてる?」
バナナを頬張りながら見渡す本邸の和洋折衷の広間には、黒縮緬の着物に縞袴で揃えた親族が集まっている。
太い木造の柱の隙間を埋め尽くすように集い座す参加者の頭上には、橙色の光を灯す吊り下げ式のシャンデリアがあり、格子状に区切られた天井板の一枚一枚に宝相華の装飾が入り、群青や緑青、金茶などで彩色されている。
左右の障子は雪輪の透かし模様入りで、丙は障子を開けて帰りたくなる気持ちを抑えて唇を引き結んだ。
こういった集まりは、眠くなる。
気を抜くと欠伸をしてしまいそうだ。
「先日、神裔名家当主会において、我らが先祖代々宿敵として追ってきた、あやかしの王の出没情報が共有された。我が家でも、同件に該当すると判断される事案を報告している」
威厳のある声で話すのは、芦屋家の当主、芦屋怜士だ。
丙が思うに、人の上に立つ者としてふさわしい素質は、こんな風に皆の前で自分が話そうと自分から思える気質ではないだろうか。
例えば、兄、武政はそんな男だ。
そして自分は、できればご遠慮したい。
こういうことを言うと、他の者——とりわけ怜士からは「それでも男か」とか「情けない」とか言われてしまう。
……葵さんもそう思うだろうか。
僕は変わるべきなのだろうか。
以前は自分の気質があまり気にならなかった丙だが、最近は葵がどう思うかが、気になって仕方ない。
芦屋怜士の演説は、続いている。
「芦屋家が支援する武政様はおおいに名声を高められた。誠に喜ばしいことだ」
隣に座ってぐい呑みで清酒を呷っていた兄、武政がすっくと立ちあがる。兄が一礼すると、拍手が湧いた。
丙は拍手を送りながら、自問していた。
——僕は、兄のようになるべきなのだろうか。
「丙、そういえば、お前の嫁から『東屋敷を訪問したい』という手紙が届いていたぞ」
拍手が収まり、兄は再びあぐらを掻いて座る。そして、つまみの奈良漬けと焼きするめが乗った小皿を丙に向けた。
丙は焼きするめをいただき、顎を引いた。
「うなぎ屋の事件の日、兄さんと波美子さんにお土産を買ったんだ。それに、葵さんと波美子さんは仲のいい姉妹だろ。せっかく同じ芦屋家にいるんだもの。気安く行き来して話したらいいと思うんだよ」
今日はこのあと、予定もない。
丙はぐい呑みを持ち上げて内側で揺れる透明な清酒を味わった。
「別に構わないが、あいつは最近、俺を嫌ってるからなあ……。俺の悪口を吹き込みそうだ。下手すると『一緒に家出しましょう』とか誘うかもしれんぞ」
「兄さんの悪口なら、僕も毎日言ってるから問題ないね。家出は困るけど」
「お前、俺の悪口を嫁に吹き込んでるのかよ。言っておくが、他人の悪口ばかり言う男は嫁に嫌がられるぞ。楽しい話をして喜ばせろよ」
兄は悪口を言われたことに腹は立てない。
それを言うことで丙が嫌われることを心配してくれる——丙はくすくすと笑い、「冗談だよ」と明かした。




