24、踊れ、金烏
「葵さん。僕たちも外に出よう」
丙は葵の背に手を置き、耳元で囁く。
「爆発はしないから安心して」
「今の蝶が対処してくれたんですか?」
「ああ、君って本当に目がいいね」
店の外に出ると、警察が来ていた。
逃げた客が呼んだのか、騒ぎを聞きつけて駆けつけたのかもしれない。それに。
「おおーい」
人混みの向こうから、まるで群衆の波を割るように、大柄な男が現れた。
武政だ。
串焼きを手に持っているのが、若干、緊張感を削いでくる。
「大丈夫かあ?」
「武政様!」
武政の登場に、遠くへ逃げようとしていた人々が打って変わって近くに集まってくる。本当に、この人は慕われているのだ。
「軍神様だ」
「武政様が来てくださったぞ」
「おう。来てやったぞ。皆の者、安心しろ。今んとこ何が起きたのかわかってないがな」
武政は快活な笑顔で群衆に手を振り、弟を見つけると駆け寄って肩を抱いた。
「おお、弟よ。新婚生活はどうだ? 俺の嫁は気が強くて可愛いぞ」
「兄さんは空気を読まないな。今、お店が大変なんだけど?」
「たまたま近くにいたから野次馬に来たんだ。俺に任せろ。どれを斬ればいい? 串焼き食うか?」
「いらないよ」
武政は葵に気づくと串焼きを渡そうとしてくる。
「鰻を食べたばかりですし、事件で驚いていて食べる気分じゃなくて……」
葵は遠慮しようとしたが、気づいたら手に串焼きを持たされていた。
串焼きを持って困っていると、丙が横からかじりついて食べてくれた。
「葵さんって、意外と押しに弱いよね」
警察が店から出てきたのは、ちょうどそのときだった。
警察は、心配そうに遠巻きにしている人々に「ご安心を」と声をかけた。
「調べたところ、発見されたものは簡易な時限発火装置でした。もう安全です」
店主は「これは祟りだ」と言ってこの世の終わりのような顔で座り込む。
それを見て、武政は近くに寄って励ますように肩を叩いた。
「祟りとは俺好みの言葉だな。よし、俺が助けてやろう。店主殿、詳しい話を聞かせてくれ」
周囲にいた人々はそれを聞いて妙な盛り上がりを見せていた。
「金烏の軍神様が今宵も民を脅かす怪異をお斬りになるぞ」
「いいぞー! やれやれー!」
なんだこれ。
葵がぽかんとしていると、丙は困り顔で囁いた。
「兄さんは民衆向けの芝居じみた正義の見せ方を好むのさ。街中で、そりゃもう派手に演出を凝らしてね……」
「演出、ですか」
「僕はあまりそういうの好きじゃないんだけどね」
武政は意気揚々と警察に話をつけて聴取を始めた。
葵と丙は参考人として事情を聞かれることになった。
「鰻のあやかしに祟られているんです、この店は……」
店主の話によると、数ヶ月前から店の営業時間が過ぎた頃に火の玉を見かけるようになり、街で有名な祈祷師に診てもらったところ「鰻のあやかしが同類を捌いて焼き、金儲けする店主に怒っている」と告げたらしい。
お祓いをしたが効果はなく、商売を辞めようかと検討していた矢先の事件だったのだとか。
「そんな馬鹿な話はあるまい。鮨屋も肉屋も世の中にはたんとあるぞ。その祈祷師はどこの誰だ?」
すっかり怯え切った店主に、武政は「もしあやかしなら金烏で斬ってやろう」と言って安心させている。
警察は武政を頼もしそうに見てから、丙と葵への聴取を始めた。
「ご夫妻が紙袋の第一発見者でいらっしゃるのですか?」
丙が「偶然ね」とうなずく。
「妻においしい鰻を食べさせて喜んでもらいたかったのに、危ない目に遭わせてしまった。すまなかったね」
後半は葵に向けられている。
「丙様も巻き込まれた側でしょう。謝ってもらう必要はございません」
葵が答えると、丙は警察に視線を戻した。
「僕たちは偶然目に入った忘れ物を見つけただけなのです。もう帰っても?」
「さようでしたか。それは、引き留めて申し訳ございませんでした。もしかすると必要に応じて後日またご協力をお願いする可能性もございますが」
「ええ、ええ。いつでも協力を惜しみませんとも」
帰宅を許可されたので連れだって外に出ると、店に入るときに青空のてっぺんに昇りかけていた太陽は少し傾き、下降を始めるところだった。それに、厚い雲が空を覆い、雨が降り始めている。
「降り始めたみたいだね。ちょっと待って。車までの雨除けをしよう」
丙は上着を脱いで両手で葵の上に広げ、雨除けをしてくれた。
「……ありがとうございます」
「傘を持ってくればよかったんだ。気が利かなくてすまないね」
「いえ、とんでもない。私も、念のために傘を、とご提案申し上げればよかったです」
西屋敷の車に乗り込むまでの距離はほんの数歩だ。
車内に入ると、運転手の風切が不安そうに声をかけてくる。
「何やら危ないと聞きましたが、大丈夫ですか」
車童もぴょんぴょん飛び跳ね、「おそかったでございます~どうしたでございます~」と大騒ぎだ。
「何も問題ないよ。家まで頼む」
丙は本当に何もなかったような顔で言い、葵を見て眉を下げた。
「危険な事態に巻き込んでしまって、本当にすまなかったね。怖かったろう」
それを聞いて、風切と車童が呆れた声を挟む。
「やっぱり危なかったんじゃないですか」
「あぶなかったんでございます……?」
風切の声に肩をすくめて、丙は少し車窓の外を見て指先を虚空に滑らせた。見逃しそうな小さな動きだが、葵にはそれが何かの術を使う仕草に思えた。
——何をなさってるんだろう。
そう思った瞬間、外が金色に光って歓声が湧く。
なんだろう、と車窓から確認すると、夜の暗さを退けるような金色の花びらが一面を舞い、その中心で武政が刀を華麗に舞わせていた。
「踊れ、金烏」
切っ先が裂くのは何もない空間だ。けれど、まるで何かを斬ったように武政は刀を納め、肩をそびやかす。
「蒲焼きのあやかしは、この武政が成敗したぞ。ここにいる全員が見届け人だ!」
「兄さん、鰻のあやかしだよ。蒲焼きのあやかしってなんだよ。いるかもしれないけどさ」
丙は小声でつぶやき、頭を抱えてくっくっと笑った。




