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第82話

 迷路のような廊下を逃げ回っていた弘毅だったが、

 ついに自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐きながら壁にもたれかかる。


 その時だった。


 突然、頭の奥に鋭い痛みが走った。


「うあっ……!」


 弘毅はその場に膝をついた。


 視界が揺れる。


 景色が歪む。


 そして再び、あの女性の声が聞こえてきた。


「大丈夫だから……」


 優しく語りかける声だった。


「私がいるから……」


 その声とともに、弘毅の周囲の景色は大きく歪み始めた。


 気が付くと、そこはアンドロイドの彩香と駿一が眠る部屋だった。


 静かな空間。


 時間が止まったような部屋の中央で、二人は寄り添うように横たわっている。


 弘毅は動かない彩香を見つめながら叫んだ。


「お願いだ……!」


「助けてくれ!」


 その声が届いたのか――。


 完全に機能を停止していたはずの彩香の瞳が、ゆっくりと開いた。


「……弘毅さん」


 かすかな声だった。


 彩香は震える身体を必死に動かした。


 関節が軋む。


 機械の駆動音が弱々しく響く。


 それでも彩香は諦めなかった。


 彼女はゆっくりと駿一のもとへ這うように近づいていく。


 そして――。


 駿一の頬にそっと手を添えた。


「駿一……起きて……」


 彩香はそう囁くと、自分の額を駿一の額に重ねた。


 次の瞬間。


 彩香の身体から淡い光が溢れ出した。


 残された僅かなエネルギーが、駿一へと流れ込んでいく。


 やがて彩香は静かに駿一へ口づけた。


 それは恋人としての口づけであり、


 最後に残された力を託す行為でもあった。


 しばらくして――。


 駿一の閉じられていた瞳がゆっくりと開く。


「彩香……」


 その声を聞いた彩香は、安心したように微笑んだ。


 停止していた二人の身体は、ぎこちなく動き始める。


 まるで長い眠りから目覚めたかのように。


 そして二人は、再び立ち上がろうとしていた。

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