第8話
「きみ、本当に大丈夫かね? 家まで送ろうか?」
警察官は心配そうに弘毅を見つめていた。
「……きみの家は?」
その言葉に、弘毅は息を詰まらせる。
家。
その単語を聞いた瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走った。
思い出せない。
自分が何処から来たのか。
何処へ帰ればいいのか。
何もわからない。
だが、本当のことを言えるはずもなかった。
未来から来た――などと言えば、完全に頭のおかしい人間だと思われるだろう。
「だ、大丈夫です……!」
弘毅は慌てて頭を下げる。
「一人で帰れますから」
そう言うと、逃げるように公園を後にした。
背後で警察官がまだ何か言っていた気がしたが、弘毅は振り返らなかった。
◇
夜の東京は、眩しかった。
公園を出た瞬間、無数のネオンが視界へ飛び込んでくる。
高層ビル。
大型ビジョン。
車のヘッドライト。
人、人、人――。
未来の静まり返った世界とは違う。
街全体が、生き物みたいに脈打っていた。
弘毅は立ち止まり、見上げる。
巨大なビル群が夜空を覆っている。
「……ここ、何処なんだ」
小さく呟く。
だが、当然答える者はいない。
人の流れに押されるように歩き続けるうち、弘毅はようやく自分が新宿付近にいることに気付いた。
巨大な電光掲示板。
駅前の雑踏。
眠らない街の喧騒。
「新宿……」
その名前には、微かな覚えがあった。
だが、それ以上は思い出せない。
『どうして俺は、こんな場所にいるんだ……?』
頭の中が混乱する。
『俺は、ギャラクシアに乗っていたんじゃ……』
その瞬間だった。
ズキン――。
「っ……!」
激しい頭痛が弘毅を襲う。
視界が揺れる。
耳鳴りが響く。
無数の人混みが歪んで見えた。
その時。
『……大丈夫』
不意に、頭の奥で声が響く。
『私が付いているから……』
「……彩香」
弘毅は無意識にその名前を呟いていた。
銀色の髪。
小さな手。
優しい声。
思い出そうとする度に、胸が締め付けられる。
痛みと眩暈に耐え切れず、弘毅はその場にしゃがみ込んだ。
周囲の人々が、不思議そうに弘毅を見る。
だが、誰も立ち止まらない。
都会は、他人に無関心だった。
「だ、大丈夫ですか?」
その時だった。
柔らかな女性の声が頭上から降ってくる。
弘毅がゆっくり顔を上げると、一人の女性が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
二十代前半くらいだろうか。
丸顔で、どこか親しみやすい雰囲気の女性だった。
肩まで伸びた髪。
落ち着いた色のカーディガン。
派手ではないが、優しそうな笑顔が印象的だった。
「顔色、すごく悪いですよ?」
女性――奈津は、本当に心配そうに弘毅を見つめていた。
その優しい眼差しを見た瞬間。
張り詰めていた何かが、少しだけ緩みそうになる。
だが同時に、弘毅は強い不安を感じていた。
この時代で、自分はいったい何者なのか。
それすら、まだわからないのだから。




